パブロッティ商会
「ジョルジ、この新聞記事見たか?あの女、また、やりやがった。」
私は、商会長室のソファにかけて、朝のコーヒーを飲みながら、商会長補佐のジョルジオーニが持って来た新聞記事を読んでいた。
「あの女…あの女とは、天候を予測して安全な船の運航スケジュールを提案している方のことでしょうか?」
「そうとも。提案どおりの運航スケジュールに従ったのに損害が発生したら、その原因が天候以外によるものと説明できない場合は損害を補填するっていう話なんだが…原因を特定できない状況なんていくらでも作れるから、まぁ、詐欺師に目をつけられると思うだろう?」
「そうでございますね。嵐で沈没したことにして、積荷は目的地とは違う港で売りさばき、船自体は艤装しなおして別の船にしてしまえば良いと考える者もいるでしょう。」
「そうなんだ。実際にそういう手口で保険金をまきあげようっていうやつらが、これまで3人いたんだが…あの女、予定していた航路から外れた途端に、航路を外れたことを商工会に連絡した上で、予想される寄港地の商工会にも連絡して、3件とも全て詐偽を見破ったっていうんだ。それで、今日の記事にはこれまでとは違う手口の詐欺についても見破ったって書いてある。」
「今回はどんな手口だったんでしょう?」
「今回は、積荷は小さいが非常に高価なものだったらしい。それこそ船を本当に沈めてもお釣りがくるような。だから、外洋に出たところで、仲間の船とコンタクトして積荷を渡し、自分たちの船はその場で自沈させたんだと。それなら、航路が変わるわけではないから、バレないと思ったんだろうな。」
「自分たちの船を沈めてしまうとは…なかなか思い切った手口だったんですね。それで、彼の女性はどんなふうに詐偽を見破られたのでしょう?」
「それがな…船が沈没したことと、その直前に別の船とコンタクトしたことがわかったらしい。それで今度はその別の船の寄港地に連絡が行ったんだと。そこで積み荷を押さえられた。珍しいものだから言い逃れできなかったらしいな。だが、一連の出来事をどうやって知ったのかは秘密なんだそうだ。どうしてそう見て来たみたいにわかるのか不思議じゃないか?」
「神がかっているようですね。きっとカラクリがあるのでしょうが…私にはさっぱりです。」
「この記事を書いた記者の意見では、大地聖教会の神託によるものじゃないか、ということなんだが…この女には大地聖教会の特別枢機卿と称する者がいつも一緒にいるらしい。教会に尋ねると、特別枢機卿に関する情報は出せませんの一点張りらしいから、何か秘密があるのかもしれないがね。だが神託っていうのはさすがに違うだろうよ。」
「なるほど。確かにそのカラクリは興味ありますね。どの程度信用がおけるのかはっきりすれば、本来の保険目的で使えるかもしれません。」
「そう思うだろう?だから、次の航海ではこの女を使ってみようと思ってるんだ。いろいろ話をすれば、理解も進むってもんじゃないか?もしかしたら詐欺を見破れる理由がわかるかもしれん。それに、次の航海の積荷は例の王女の涙だから、もし保険がかけられるなら、それに越したことはないだろう?だから、ジョルジ。この女と話ができるように調整してくれ。そうだな…3日後なら私は構わない。」
「かしこまりました。」
そして3日後の朝、私は商会長室のソファーに座って新聞を読みながら、彼女達が到着するのを待っていた。10時になって、客人が到着したとの連絡があり、ジョルジが彼女達二人を連れてやってきた。
「おはようございます。わざわざご足労いただいて申し訳ない。私はこのパブロッティ商会の会長、ルチアーノ・パブロッティです。」
私の挨拶に続いて、彼女達二人もそれぞれ名を名乗り、声をかけてくれたことへの感謝を伝えてきた。
聞いていたとおり二人の雰囲気は、商人にはおよそ似つかわしくないものだ。ルナという女は冒険家とか旅人といった出で立ちだし、紗羅という女はこれはもう完全に修道女だ。
「さぁ、どうぞおかけください。あなた方お二人のことは新聞にも色々書かれていて、大変興味深く思っておりました。お会いできてよかったです。」
「新聞記事には記者さんの推測というか想像も書かれていますからね。あれをそのまま鵜呑みにされないようにお願いいたします。」
「そうすると、詐欺を4件も見破られたというのは、間違い?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、詐欺を見破った方法について、紗羅がいつも一緒だから女神の神託かもしれないなどといった憶測は、新聞に載せるには不適切でしょう?紗羅本人や大地聖教会に悪い影響が及ぶかもしれませんもの。」
「確かにおっしゃるとおりだ。新聞は不特定多数の人々に情報を提供するものだから、へたな憶測は書くべきじゃない。そうですね?」
「はい、そのとおりです。だいたい、紗羅は私の商売自体にはあまり関与していないんですよ。」
「とおっしゃいますと?」
そう言うと、今度はルナさんに代わって紗羅さん自身が答えてくれた。
「ルナさんは最近この国に来た方で色々不案内なことが多いので、私がサポートするように言付かりました。社会のしくみとか、色々な手続き。あとは、掃除やら料理やら。あ、それから夜のお相手も。」
「ちょ、ちょっと、紗羅!」
ルナという女は顔を赤らめながら、慌てて口を挟んできた。
「ははは、紗羅さんは教会の方だが、世俗的なユーモアもお持ちのようですね。」
「私は教会に所属してはいますが、聖職者っていうわけでもございませんから、世俗的なことは色々と存じておりますわ。」
「ふーむ、それが特別枢機卿ということですか?聖職者でない枢機卿が特別枢機卿?」
「あら、確かにそういう解釈もできますわね。特別枢機卿って私しかおりませんから。」
「まぁいいでしょう。では、やはり詐欺を見破ったのは、ルナさんのお力ということでしょうか?」
「はい、そうです。特に紗羅や教会から情報があったというわけではありません。もちろん、何らかの情報を紗羅が掴んでくれたなら、教えてくれるでしょうけれど。」
「なるほど。詐欺を見破ることのできた理由、もしよかったら聞かせて貰えないかな?」
「うーん、そうは言われましてもね。単に遠くの状況がわかる、としか言いようがなくて。」
「それは何か異能のようなものなのですか?」
「いえ。そういった手立てが私にはある、ということですよ。詳しくはお教えできませんけど。」
「うむぅ、まあそうだろうなぁ。商売上の重要な秘密っていうわけだ。やむを得んな。では、取引について話を始めましょうか。」
「では、最初に私たちが提供するサービスの取り決めについて、説明しましょう。
私たちが提供するのは、天候予測を元にした人や商品の輸送ルート及び日程の提案です。万一天候予測が外れ、それに伴う損害が発生した場合には申告した金額を上限とした保険を、オプションとして付けられます。
料金は、輸送ルート及び日程の提案1回につき10万ルード。保険オプションについては、天候は時期や期間によって予測のしやすさが変わるので、その時に相談ですが、通常は見込まれる損害の10%前後ですね。また、保険オプションを契約される場合は、犯罪に巻き込まれないために、積荷や乗員について、色々と調べさせていただくことになります。
ざっとこんなところですけど…何か質問はございます?」
「万一、天候のせいで損害が発生した場合に、君たちが天候のせいではない、と言い張って保険金が支払われない可能性がると思うんだが、それについてはどうなるのかな?」
「相手の言い分が間違っているとの合理的理由を私たちが提示する義務を負います。その真偽の判定は商工会が担ってくれる約束になっています。損害の発生原因が天候のせいでないと判断された場合は、保険金の支払いは免除されます。なお、保険金目当ての詐欺のような場合には、10億ルードもしくは保険金額の100倍の大きい方をペナルティとして課しますよ。」
「ペナルティが厳しすぎやしないか?」
「何言ってるんですか。私たちを騙そうとしないかぎり、ペナルティが発生する可能性はゼロなんですから。このペナルティを気にするような方とは契約したくありません。」
「確かにそのとおりだ。じゃぁ今度は私の方からの依頼を説明させてもらおうか。アレクサンドリアからこの王都まで、ある有名な宝石を運ぶ仕事があるんだ。君に頼みたいのは、アレクサンドリアまで往復する船の航路と運航日程を提案してもらいたい。それと、帰路は積荷に保険をかけたい。問題なのは、帰路に運ぶことになっている宝石っていうのが、まだ入手できてなくて、現地からいつ出航できるのかわからないんだ。」
「あら、それでしたら私も一緒に行って、帰路に出航できそうな状態になった時に、航路と日程を提案することもできますけど?但し、1日につき10万ルード+宿泊費・飲食費はいただきます。無期限というのも困るから、最長三十日ですね。それと、保険金額は先に決めておく必要がありますね。商工会に供託することになりますので。」
「そうか、わかった。では君に一緒に行ってもらうことにしよう。何しろ貴重な宝石だからな。万全の対策を取っておきたいんだ。だが、保険金額がどうなるのか…何しろ10億ルードはくだらないと言われているしなぁ…」
「まぁ!そんなに高価なんですか?でも今なら大丈夫かな。何しろ、詐欺を働いたやつらからペナルティを巻き上げましたからね。結構大きな商会が絡んでいたので、取りっぱぐれなかったんです。」
「そうか、だったら良いかもしれんな。では、さっそく契約と言うことで良いのか?」
「航路と日程についてはすぐ契約でも構いませんけど、保険については、金額は最大20億ルードとして、契約は現地で現物を確認してからにしましょう。」
「わかった。そうしよう。それで、紗羅さんは同行することになるのか?」
「私はお留守番です。ルナさん、お土産よろしくお願いします。」
「沙羅のお料理が食べられないのは痛いけど、しょうがないわね。あまり長くお家を空にしたくないし。」
こうして、私たちの商談は一応まとまった。
この女と一緒の航海がどういうことになるのか、少し楽しみだ。




