大司教2
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ルナ様のお家を見せていただいた後は晩餐となった。
晩餐の場所は、ルナ様たちが普段食事をしているお部屋だそうだ。
「この家は貴族のお家のように来客用のダイニングルームがなくて困ります。」
と、面目なさそうに言っていたが、広さは十分あり、飾り付けにも気遣いが感じられて、私には居心地よいものに思えた。
席に就くとすぐ、馴染みの食堂から派遣されてきたという二人の給仕さんが、お酒を注いでくれた。なかなか質の高いワインのようだ。
そこで改めてルナ様から今回の助力に対する感謝の言葉があり、今後も良い関係を保ってゆきたいとの希望が告げられた。
乾杯をした後は、順次料理が運ばれてきた。前の料理が無くなる前に次が来るので、テーブルは賑やか。それがフランクな雰囲気を醸し出している。前菜からして、かなり美味しい。これも沙羅が作ったのかしらと思い、話題を振ってみた。
「今日は沙羅が幾つかお料理を作ると伺いましたけど?」
すると沙羅は、
「あ、少し間違っていますね。少しではなく殆んど私が作りました。仕上げのために時々席を立つのをお許しくださいね。因みに、今日作ってないのは、最後のデザートだけです。」
「え!驚いたわ。貴女、宮廷の料理人でもやって行けるわよ。」
私がそう言うと、お付きの子たちも口々に沙羅の料理を誉めそやす。
「ありがとうございます。下積み時代にかなりしごかれた甲斐がありました。お料理って、私には合ってたみたい。」
下積み時代?そういえば、この子はどこで下積みしたのかしら?また謎が増えてしまった。料理が次々と運び込まれるに連れ、バリエーションもとても豊富であることがわかって来た。外国風の料理も幾つかあるのだ。種類が多いのに対応して、個々の量は少な目にしてあるようだ。だから色々な料理が楽しめて楽しい。お酒も異なるものが出されるので、ついついグラスが進み、私たちはすっかり良い気持ちになってしまった。
食事中の話題として、エルシード号事件のその後についても話が出た。ルナ様が言うには、ステファネッリは審判の結果、ペナルティとして支払うこととなった10億ルードを、自分が保有する財産の一部を売却することで確保し、ルナ様の口座に振り込んで来たそうた。それと同時に、マリッツィアーノ男爵がペナルティの一部を負担すべきだとの訴えも起こしたらしい。その訴えの行方は、ステファネッリがどの程度証拠を提示できるかにかかっているらしいが、そこまではルナ様も情報をつかんではいないそうだ。
それと、新しい保険の引き合いを受けたとのこと。商工会の意見によれば、ステファネッリと同様要注意の依頼人であるらしい。二人は既に不正を暴くことでペナルティルを取る気満々のようだ。そんなにうまく行くのだろうか?ちょっと気がかりである。ルナ様と沙羅に被害がないと良いのだが。
最後にデザートとコーヒーが出て晩餐会は締めくくられた。それにしても、沙羅の料理の腕はたいしたものである。毎日料理を作るのかと訊いてみたら、週に2~3回とのこと。それ以外の時は懇意にしている食堂に行くのだそうだ。ルナ様が作るときもあるが頻度は少ないらしい。腕はそうたいしたことないみたいで、情報収集も兼ねて食堂に行く方が、リーズナブルと考えているようだ。
さて、晩餐が終わって、改めてルナ様から二人で話したいとのご要望があったので、私とルナ様はルナ様の個室に行くこととした。お付きの子二人は興味深々だったお風呂を体験して貰うことになった。沙羅が付き合ってくれるそうだ。ルナ様は沙羅に、手を出しちゃだめよと釘を刺していたが、そんなに手が早いのだろうか。
ルナ様の個室には、ダブルサイズのベッドに書き物机、ソファとサイドテーブルが置いてあり、絵とお話が飾ってあったりして、二人きりで過ごすには良い雰囲気の部屋だった。ルナ様と沙羅が二人で過ごすのかと思うと、胸の奥がチクリとする。ルナ様は私をソファに座らせ、グラスにブランデーを注いで、自分も同じグラスを持って書き物机の椅子に腰かけた。
「最初に、私と沙羅との関係をはっきりさせておきますね。ソフィア様はそれが気がかりでしょうし、紗羅との関係を理解していただくことが、私への理解にも繋がりますので。紗羅は恋人ではない。けれど、私の長い人生の旅路を一緒に歩いてくれる連れ合い、といったところです。」
「恋人ではないけど、連れ合い…?」
「ええ。以前沙羅が私について説明した時、アスタルテ様から世話をするよう頼まれたと言ったのを覚えてます?」
「ええ、覚えています。」
「あれは、私が生きている間ずっとという意味なの。だから連れ合い。」
「え、そんなことがあるんですか?私はてっきり、ルナ様がこの辺りの生活に慣れるまでの間のことと思っていました。」
「アスタルテ様が私の境遇を思いやってくれて、このようなことになったの。」
「境遇?」
「ソフィア様は、2万5千年ほど前に、今とは別の文明があったのをご存じですか?」
「話に聞いたことはあります。ごくたまに遺跡が発掘されたりもしているみたいですね。」
「私は、その文明の生き残りと言っても良い存在なの。人間と言えるかは微妙なのですけど。高度に発達した当時の科学技術のお陰で、私は殆んど歳をとりません。」
「まさか…そんな…」
驚きのあまり、私はこれ以上の言葉を発することができなかった。
「私は、今から5000年ほど前に長い冬眠から目覚めて、それ以来、この星の環境を悪化させる企みを潰す仕事に奔走してきたのですけど、この度その契約期間が明けて、好きなことをして過ごせるようになったんです。アスタルテ様は、私のこれまでの貢献を認めてくれて、そのお礼にと、今後いつ止むとも知れない私の長い人生の伴侶として沙羅を付けてくれました。」
「では…沙羅も、ルナ様と同じように?」
「ええ。お気付きのことかとは思いますけど、沙羅も老いることがない。あの子は本当に神の眷属と言っても良い存在だから。」
「そうなんですね…紗羅について私が不可解だと思っていた部分か、ようやく少し理解できた気がします。」
理解はしたものの、私の心はかなり打ちひしがれた感じだ。自分は付いて行けない。もし付いて行けるとするなら、ルナ様のように老いない体をもっている者のみなのだと思った。
「沙羅がお好きなのでしょう?でも付いて行けないことへの無念さ。わかります。300年前に、私は逆の立場を味わいましたから。」
「逆の立場?」
「ええ。恋人が居たんです。この家で暮らしてました。でも彼女は普通の人間でしたから。それに私には任務があった。それで出会ってから20年ほどで別れました。あの時は悲しかったな。」
見るとルナ様は瞳に涙を溜めている。
「ですからね。今できる最大限のことをすれば良いのではないでしょうか?そして、いつかその関係性が崩れても、その最大限で得られたことは、きっと永遠に価値のあるものになると思います。」
「今できる、最大限のこと…」
私は、ルナ様の言葉を噛み締めてみる。歳をとらない者に対して、歳をとってゆく者の想いは届くのか?たぶん届くのだろう。誰かへの想いは、それがどういった者のものであるかは関係ないはずだから。確かに置かれた状況によっては、ごく短い期間しか関係を維持できないことはあるだろう。しかしそのことは、想いの強さを減じる要因にはならず、むしろ強まって、より深い関係性に行き着ける可能性さえあるはずだ。はるほと。では、私が紗羅の長い命に付き合うことができないとしても、ルナ様とは異なる、私なりの関係性を構築できるはず。そしてそれが長く紗羅の心に留まってくれたなら、私は満足である。
「それにね。今の沙羅の中では、ソフィア様はかなりのウェイトを占めていると思いますよ?」
「え、それはどういうことでしょう?」
「だってあの子、私の家で眠るのは週に3日ほどで、ソフィア様とは週に2日ほどでしょう?あとの2日はどうしてるか知らないけど。」
「まぁ!こんな素敵なお家があるのに行方不明の日が2日もあるんですか?」
私は?あまりにも沙羅らしい行動に思わず笑みが溢れてしまった。
「ええ。一体どこに行ってるのやら。」
ルナ様も笑っている。
「アスタルテ様の言い付けだから、私の所で眠る日の方が多いですけど、その上で週に2日もソフィア様と一緒に過ごすのは、ソフィア様のことをかなり気に入っているんだと思います。」
「そうでしょうか。もしそうなら嬉しい。」
「ですからね、ソフィア様の感じるとおり行動して、想いを沙羅にぶつければよいと思います。私のことは気にする必要はありませんから。」
私の心にわだかまっていた気持ちは、こうして溶けて流れるように消えていったのだ。
「あの…もうひとつ伺っていいですか?」
「どうぞなんなりと。」
「どうして天気を予測できたり、遠くのことがわかったりするんですか?」
「あぁ、それは、この星の回りに無数の衛星がありまして、それを介して色々な情報が集まるようになってるんです。その情報に基づき天気などを予測するわけ。」
「衛星?」
「空の高いところを飛び回っている前文明の遺産ですよ。私はそれを使うことができる。」
「何だかよくはわかりませんけど、ルナ様が使える道具かあるのですね。」
「まぁ、そういうこと。ソフィア様も遠くのことで知りたい情報があったら私に訊いてみてください。最大限ご協力しますから。ところで、もうお互いに様を付けて呼ぶのはやめませんか?呼び捨てもなんだから、さん付けで。」
「ふふ…そうですわね。では私のことはソフィアさんね。」
「私はルナさんとお呼びください。さあ、戻りましょうか。」
私はにっこり微笑むと、はい、と答えてルナさんの部屋を後にしたのだった。
私たちが客間に戻ってみると、お付きの子達はちょうどお風呂から戻って来た所だつた。
「貴女たち、お風呂はどうでしたか?」
「もう、最高です。大司教様。外のお風呂があんなに開放感を味わえてリラックスできるなんて知りませんでした。」
「お勤めのあと、毎日来てしまいたくなります。何か、肌にも良いそうで。ツルツルしますよ。」
「それは良かったわね。でも、裸で外に出るなんて、恥ずかしくなかったの?」
「あ、それは覗かれる心配はないって心に言い聞かせましたから大丈夫でした。ただ…」
「ただ、何よ?」
「沙羅様の裸があまりにも綺麗で、その点だけは、ちょっと恥ずかしかったです。」
あぁ、それはそうでしょうよ、と私は思った。私も沙羅と入浴したことはあるが、人間とは思えない美しさを感じるもの。自分のことを思うと少し悲しくなることもあったけど、沙羅は特別な存在。今は私の全てを受け入れて欲しいと願うだけだ。
「ソフィア様も今からルナさんと一緒に入られてはいかがですか?その間に騎士の方たちを呼ぶようにいたしますので。」
この沙羅の提案に私は乗ることにした。
「ルナさん、ご一緒いただけます?」
ルナさんは快く引き受けてくれた。
脱衣室で髪をまとめてから、二人で着ているものを脱いで、タオル一枚を持って湯船のある屋外へと出た。言われたとおり体を軽く洗ってからお湯に浸かった。その体験は、確かにお付きの子たちが言うように素晴らしいものであった。とにかく視線が遠くまで届くし、肌が大気に直に触れている清々しさは、自分を解放してくれる。また、気温と湯温の差が大きいことが心地よさを倍増しているようである。これは病み付きになるな。気付いた点をルナさんに言うと嬉しそうに頷いてくれた。
「ここは屋根があるから静かな雨の日なら入ることができるんです。そういった日もまた素敵です。」
胸元から上だけが見えているルナさんの容貌は、切れ長の目に通った鼻筋、ふっくらした唇。白い肌。私たちとは異なる民族の独特の雰囲気を纏ってはいるが、引き込まれるような美しさがあった。顔から視線を下げてお湯の中を見ていたら、指でチャパっとお湯をかけられた。
「もう!これはもうしょうがないの。ずっと変わらないんだから。」
どうやら、勝った?と思って顔がにやけてたらしい。この後は、私の普段の生活のことや、お化粧やら衣服のことや、たわいないことでおしゃべりしていたが、のぼせて来そうになったのて上がることにした。
衣服を整えて客間に戻ると、もう騎士のメンバーも到着していて、すっかり帰り支度ができていた。
「では、今日はこれでお暇します。色々ありがとうございました。」
「いつでもお越しくださいね。お忍びなら、私がよく行く食堂などもご案内しますよ。」
「大司教様、そのときは私たちが一緒でないとダメですからね!」
「まぁ、沙羅と私が居れば、よっぽど大丈夫です。」
騎士団長さんをこっそり見ると渋い顔をしている。その時は彼には黙って来ないといけないわね。
騎士団に守られながら馬車は動き出した。暫く行くと前方と後方で同時に辺りが一瞬眩しく光った。雷?って思っていると人声がして、騎士団が誰かを蹴散らしている。どうやら、賊が私たちを狙っていたらしい。前後から挟み撃ちするつもりだったようだか、最初の落雷?で各集団の統率者を含む数名がやられ、あとは私たちの方に近づいて来た残党が、騎士団に掃討されたみたいだ。
「さっきの雷って、もしかしてルナ様のお家を守ってる雷でしょうか?」
ジュスティーヌの疑問の答えはルナさんに訊いてみないとわからないけど、多分そうなのだろう。
だって、二ヶ所の賊の統率者がほとんど同時に落雷に逢うなんて、偶然にしては確率低すぎますもの。
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「大司教様はいかがでした?」
「良い方じゃない。純粋というのか、気持ちがストレートに伝わって来て。私、好きだわ。沙羅のことが大好きみたいよ。」
「ええ、私も好きです。私たちみたいな特殊な存在を上手く受け入れてくださると良いのですが。」
「まぁ、それは今後何年もかけて関係を築いてく他はないわね。でも既にある程度は受け入れてくれてるんじゃないかしら。ところで、馬車を狙ってる賊の一味がいたから、この家を守護しているガードステーションを馬車に付いて行かせたわ。もうじき攻撃があると思う。」
「騎士7名だけだと、相手が舐める場合もありますからね。」
「ウチに来て貰う場合は、いつもガードステーションを付けましょう。この家が手薄になっても、私が家に居ればたいてい対処できるでしょうから。」
「私からもそのようにお願いいたします。ソフィア様を傷つけたくはないですからね。」
「当然よ。そんなことより、また一緒に遊ぶ企画を考えてよ。」
「うふふ、そうですわね。思い切り楽しめる企画を考えてみますから、ルナさんも考えておいてくださいね。」
その時、王都の方角が俄に光り、落雷にも似た衝撃音が空気を震わせた。
「狙いどおりやっつけたみたい。」
AIヘルメスからの報告内容を、私は沙羅に告げたのだった。




