大司教1
いつも読んでくださってありがとうございます。
間違って1日早く投稿してしまいました。
基本は月曜日から火曜日に日付が変わる時に投稿したいと思っています。
私たちの馬車は、遅い午後の陽射しを受けながら、王都からエルミスの港へと続く川沿いの街道を軽やかに進んでいる。馬車には私に仕える二人の聖女が同乗し、それを大地聖教会の騎士7名がガードする、いつもの構成だ。今日は、エルシード号の件で私がミラーダ・ルナ・石動様に協力したことに対する感謝の宴を催したいとの申し出を受けて、彼女のお屋敷?に向かうところだ。
本来、大司教たる私がこうした案件に直接関与することは殆んど無いのだけれど、沙羅が頼んできたことではあるし、女神アスタルテ様ともお会いしたというルナ様の件であったため、自ら一定の役割を果たす気になったのだ。そしてもしかすると、心の奥の深い部分で、沙羅とルナ様が関わっている事案を二人だけのものにさせたく無い、という嫉妬心のようなものが働いたのかもしれない。ルナ様の出現で私は、沙羅に対する自分の気持ちと正面から向き合う必要に迫られたのだ。沙羅との付き合いはもう7年になる。私が大司教になったお祝いに教皇様が王都にいらした際、特別枢機卿だと言って沙羅を連れてきた。そしてそのまま、彼女は王都の教会に出入りするようになったのだ。私は、彼女の扱いをどうしたら良いかわからなかったため教皇様に手紙で尋ねたところ、何かの役には立つじゃろ?好きにさせなさい、という、のほほんとした返事が来たため、ずっとそのままにしている。沙羅は最近では週に二回ぐらいは王都の教会に顔を出す他、地域の炊き出しなどには必ず出席する感じで教会の活動に参加していた。しかし、それ以外の時間に何をしているのかはさっぱりわからず、それどころか、どこに住んでいるのかさえも謎のままであった。いくら訊いても、うふふと笑ってごまかされていたのだ。それがここに来て、ルナ様と一緒に住むことがはっきりしたので、私としては心がそわそわするのを抑えられなくなった。振り返ってみると、沙羅はほんとに謎めいている。そもそも、特別枢機卿という肩書きを、大司教という教会高位の役職である私が知らないのが変だ。本人に説明を求めても、普通の枢機卿にはできない特別のお仕事をするのです、と言うだけで埒が明かないので、これも教皇様に尋ねたら、そんな役割も必要じゃろう?と返ってきた。年齢もよくわからない。最初に会ったときは私と同じぐらいかなと思ってたのに、いつの間にか私が年上の感じになっている。その若さを維持してる秘訣は何なのか是非教えて欲しい。それに、どうやら語学はとんでもない実力のようだ。3年前、教会の主要メンバーが集まる会議があったのだけど、沙羅もそれに出席していて、各国の大司教とそれぞれの任地の言葉で楽しそうに話していた。その時の沙羅の話相手になった大司教は、誰もが頬を上気させて、嬉しくて仕方ないという表情をしていた。大地聖教会の大司教は全員が女性。しかも美女といえる容貌容姿なので、世俗とは隔絶した神の国か?と錯覚してしまうほどだった。大司教は必ず女神アスタルテ様と言葉を交わした者がなるのだが、全員が美女なのは、それがアスタルテ様の好みだからという意見が有力である。
しかし沙羅がいくら謎めいていても、私にとって愛しいと思える相手であることは間違いない。ルナ様という人が現れたことで、その気持ちをはっきり自覚できたのである。だから今日、ルナ様と沙羅の住まいに行くのは、私にとってはかなり微妙な気持ちになってしまう。
「大司教様、大丈夫ですか?お加減が悪いのでは?」
私が沙羅のことを考えながら、ずっと黙って窓の外ばかり眺めていたので、聖女の一人が私を気遣って声をかけてくれた。聖女というのは、大地聖教会の資格の一つで、アスタルテ様から声を掛けられても良いと思えるほど修行が進んだ者のことである。
「ありがとう。大丈夫よ。ルナ様ってどんな方かしらとか、考え事をしていただけなの。心配かけてごめんなさいね。」
「いえ、それなら良いんですけど。今日お伺いするお家って悪魔の家と噂のあった家なのでしょう?それで、何か悪いことが起こるんじゃないかと気にしていたものですから…」
「あぁ、確かにそういう噂はあったわね。なんでも、邪な者は敷地に入っただけで雷の罰を受けるとか。でも今は住む人が居るのだから、大丈夫でしょうよ。特別枢機卿の沙羅も住んでるんだもの。」
私がそう言うと、このジュスティーヌという聖女は、表情を明るくしてくれた。
「そうですわね。沙羅様が住まわれてるぐらいだから大丈夫に決ってます!」
「あら貴女、沙羅とは話したことがあるの?」
「ええ、私が大司教様のお付きの者だってご存じで、炊き出しの時には、いつも声をかけてくれるんです。」
「そうだったの。炊き出しの時は、沙羅はどんな感じ?」
「だいたいいつも、楽しげな感じです。時々お料理も作ってくださいますし。沙羅様のお料理、評判が良いんですよ。」
「そうそう。私も一度食べさせていただいたことがかあるんですけど、プロの料理人顔負けでした。」
これはもう一人の聖女であるシャーロットである。
「へぇ、知らなかったわ。だとしたら、貴女たちは運が良いかも。今日のお料理は沙羅も少し作るって言ってたわ。」
そうこうしているうちに、馬車はルナ様たちが住んでいる家にさしかかった。街道沿いの川を挟んだ土地に、時代を感じさせる二階建ての家が建っていた。王都の貴族たちのお屋敷と比べるとこじんまりした感じではあるが、平民の家には比べるまでもない大きさである。なんと言っても特徴的なのは、高い望楼が付いていることで、望楼から家の向こうに広がる広大な湿原を眺めるのは、さぞ気持ちが良いたろうと思われる。
「これが、ルナ様と沙羅のお家…」
「様式が違いますわね。」
「へー、こんなお家は見たことがありません。」
対岸に渡る橋の所に人が立って手を振っている。ルナ様のようだ。
「来てくれて有り難うございます。」
大声で言って騎士達を先導してゆく。玄関では沙羅も微笑んで出迎えてくれている。
玄関の所で馬車を降り、お互いに挨拶を終えたあと、こじんまりした客間に通された。
「先ずはお茶でも飲んで、一息つきましょう。私の故郷で飲まれている抹茶というものと、普通のお茶がありますけど?」
「では、折角なのでその抹茶を。」
私がそう答えると、お付きの子たちも抹茶が良いと言う。
「貴女たち、私に付き合う必要はないのよ?」
「折角のチャンスですから、試さない手はありわせんわ」
というのが答えだった。まぁそうてしょうね。
「ルナ様の故郷ってどこなんですか?」
「この大陸を東の果てまで行って、船で少し行った島なの。島と言ってもこの国ぐらいの大きさはあるわ。」
「想像もつかない遠さですね。」
「陸路では時間がかかりすぎるから、船で行くの。この抹茶も懇意にしてる船長さんに機会があるごとに入れてもらうようにしてるけど、なかなか手に入らないのよ。」
そう言いながら、緑色の粉を丸い容器に入れてそこにお湯を注ぎ、独特な形状の道具で泡を立てるように溶いてゆく。
「できたわ。ちょっと苦いから、この甘いイチジクを干したものを、食べながら飲むといいのよ。」
「これは…」
「深い味わいです。」
「こんな飲み物があっただなんて。」
私たちは、一発で抹茶の味わいの虜になってしまった。一緒に食べていた干しイチジクとのマッチングも絶妙である。ルナ様によれば、一緒に食べる甘味は、好きに変えていいのだそうだ。
「あの…厚かましいようですが、次からは私たちの分も手にいれていただくことはできませんか?」
「いいですよ。何時とは約束できませんけど、頼んでおきます。」
そんなに遠くの国から持ってくるのだから、きっと値が張るものに違いない。でも多少高くても、自分なら何とかなるはずだ。
私は、自室で抹茶を味わっている自分を想像して、ちょっとわくわくした気持ちになつた。
すると、お付きの子のジュスティーヌがこの家のことについて質問した。
「このお家は相当古いですよね。どんな来歴のお家かご存じですか?」
「この家は約300年前に、この地にあった王国の大賢者の任に就いていた人のお家なの。今のお家とは様式が違うでしょう?」
「よく今まで朽ちずに残っていましたね。」
「私も最初はそう思ったんだけど、私の故郷には1300年ぐらい建っている建物もありましたからね。300年くらいは楽勝でしょう。それに、この家にはその大賢者の守りみたいなものが今でも有効に働いていたから、略奪とかにも逢わなかったのよ。」
「それって、もしかして、邪な者が入ろうとすると雷に打たれるっていうお話ですか?」
「ええ。そのとおり。私はその仕組みを操る術を持っているの。だから住むことができるのよ。」
「じゃ、じやあ、今でも邪な者が入ろうとすると雷に?」
「そうよ。橋の所の碑文に書いてあるとおり。一回は脅しをかけるけど、それで引かない時は酷い目に逢うかもね。でも安心して。事前に言ってくだされば大丈夫ですよ。」
「あまり安心ではないですけど、この家の噂の正体がわかって良かったです。」
「大司教様はいつ来てくださっても大丈夫にしましたから、ご一緒されるなら大丈夫ですよ。万一脅されるなどして、無理に同行した場合は、不自然なことがあれば、やっばり攻撃されますし。」
私は驚いてしまった。沙羅も得体の知れない所があるけど、ルナ様も同じように得体か知れない方なのでは?という疑念が湧きあがる。
「ルナ様はどうしてそのようなことがお出来になったのですか?かなり先の天気も外すことなく予測できるようですし。」
「そういったこともご説明したくて、今日はお呼びしたんですよ。でもそれは後で二人だけの時に。よかったら夕食にしますけど、その前に、少しこの家をご案内しましょうか?特に望楼とお風呂は、一見の価値ありです。」
最初に案内された望楼からの眺めは確かに素晴らしかった。家の裏手が広大な湿原になっていて、そこに日暮直前の光が当たり、キラキラと輝いている。この望楼からは遥か彼方まで見通せるので、心も翼を付けて飛翔してゆく感じだ。この光景は、世界がいかに美しく守るべきものであることを実感させてくれるものだった。次に案内されたお風呂は、一風変わったものであった。更衣室と思われる小部屋を通り抜けたそこは、完全に露天といっても良い岩でできた湯ぶねがあって、そこに絶え間なく新しい湯が注がれるものだった。屋根はある。また周囲も生け垣はある。でも、そんな所で裸でお湯に浸かるのだろうか?私はちょっと引いたのだけど、お付きの子たち二人はどうやら興味を引かれたみたいで、入ってみたいなどと言う始末。ルナ様も、それならば後で沙羅がご一緒して、その間に私と二人だけでお話していましょう、と言うことになった。




