決着
久しぶりに改稿しました。このエピソードは新しく追加しました。
これまで書いてあった最後まで改稿できましたら、また新しく追加いたします。
またおつきあいいただければ嬉しく思います。
「大司教様。コート・ロッソに移動するため、各地の教会の馬をお借りできるようにしていただけませんか?昼夜通して駆けないとたぶん間に合わないから、長くとも50kmで馬を変える必要が出てくると思うんです。」
「まぁ!それは大変ですね。途中、大地聖教会のどの教会でも馬を借りられるように、私の書状をお作りします。それをお持ちになってください。」
「ありがとうございます。それから、連絡用にフクロウ2羽をお借りできますか?娘さんを助け出せても、連れて帰るだけの時間的余裕がないから、フクロウに娘さんのメッセージと証拠になりそうなものを託して、王都の教会にお伝えしようと思います。」
「早速手配させましょう。」
「助かります。それからサラ。貴女には私が娘さんを救い出した後、この審判の私の代理人をお願いするわ。娘さんを救い出したことで、造船所の親方が証言をしてくれれば、私の代理人が居れば審判を下してもらえることになったの。私は四日後の朝には戻れないと思うから。」
「はい、わかりました。お任せください。」
「それと…今日私が移動中に食べるサンドイッチを作って貰えないかしら?」
「まぁ!この非常事態に?いくら何でも食いしん坊が過ぎますでしょ。」
サラは大げさに開いた口に手を当てて、驚きのポーズをとっている。でも目元にはいたずらそうな笑が浮かんでいる。どうも、からかわれているらしい。
「非常用のカロリー補給食は持ってるんだけど、数が限られてるからできるだけ別の食べ物を持ってゆきたいのよ。私が大量のエネルギーを消費するのはわかっているでしょう?それに…サラの作ったものは美味しいもの。」
「ふふ…了解しました。教会の台所を借りて、美味しいサンドイッチを作りますね。」
「ありがとう。恩にきます。あとね、もう一つだけ。証人のパンロッテ親方は、命を狙われる危険性があるから、四日後の審判法廷が再開されるまで私の家で保護することにしたの。そう言ったら、審判官からは信頼できる護衛を付けるように言われてしまって…手配をどうするか悩んでるのよ。」
「あら、四日間ぐらいでしたら、私の護衛騎士を派遣しますわよ?私が教会に篭っている時は彼らは訓練をするぐらいですからね。」
「本当ですか?それだととても助かります。商工会で雇った人を派遣することも考えたんですけど、本当に信頼できる人たちなのか、すぐには確認できないから困っていたんです。ソフィア様の護衛騎士の方々だったら信頼できます。」
手配を全て済ますために出発は1時間後とした。出発までにルートを確認して、どこで馬を変えるかを決めておかなければならない。教会の無いところで馬がへたばると歩かなければならなくなり、時間のロスが大きくなるからだ。私は大司教様と相談しながら、教会がある7つの街で馬を替えることとした。それ以上必要となったら出たとこ勝負だ。
移動の段取りを終えると、私はAIヘルメスに連絡を取って、造船所の親方の自宅周辺の衛星画像から娘さんの誘拐に関する情報を拾い出すよう依頼した。調査範囲はこの3日間に絞った。これは、親方が、王都に向かう船に乗り込んだ時から、法廷で娘さんが行方不明になったことを知るまでの期間である。AIヘルメスが言うには、この作業には10時間以上かかるらしい。時間的にも空間的にも調査範囲が広いためだそうだ。
やることを全て終えた私は、教会の人が連れてきてくれた馬に跨り、コート・ロッソに向けて出発した。昼夜兼行で2日間の道のりだ。私は本来、こういった持久力を要する急な任務には向いていない。エネルギー消費が大きいため補給がネックになるからだ。だが、今はそんなことも言っていられない。サラのサンドイッチと道々の食堂と手持ちの非常用のカロリー補給食で何とかする他はない。
早く早くと焦る心を抑え込み、攻め過ぎて馬がへたばってしまわないように気をつけながら、私は馬を走らせた。幸い、コート・ロッソまでの道は比較的平坦なので、馬にとっては負担が少ないと思われる。また今日明日は満月なので、夜もそれなりに走れるはずだ。最初の区間で使った、ソフィア様が貸してくれた馬は体力に恵まれていたようで、かなり飛ばすことができた。パカラッパカラッっというリズミカルな馬の足音と、顔に感じる気流が私の焦燥感を煽る。果たして、審理再開の時間までに娘さんを確保した知らせを届けられるだろうか。いや、そもそも誘拐されたとの推定が間違っていたら、全く意味のないことをやっている可能性さえあるのだ。でも今思い悩んでも仕方がない。最大限の集中力を以ってやれることをやらなければ。衛星画像の解析については、AIヘルメスから1時間おきに報告が入ったが、最初の3時間ではこれといった成果は得られなかった。
私は馬を駆けさせながら、衛星画像の解析で何らかの手がかりが得られた後、どうやったら娘さんの居処に辿り着けるかを整理した。何しろ、とりあえず飛び出してきたので、まだうまく考えがまとまっていなかったのだ。まず、幽閉場所の条件を考えてみた。考えられるのは、1. 幽閉場所は誘拐犯側とは関係が無く、2.誘拐犯の出入りに気付かれず、3. 娘さんを人目に触れないように連れ込める、即ち馬車で行ける、4. 飲み物や食料調達に不便のない所、といったものだろう。そうすると考えられるのは例えば、街からそう遠くない森の中であって、街道からは比較的近い場所にある、所有者不明の小屋などだろうか。そこで私はAIヘルメスに、コート・ロッソの都市部周辺をテラ波及び赤外線でマッピングし、可視光の画像と比較して、人質の幽閉場所として可能性のあるところをピックアップするよう指示した。テラ波は照射できる衛星が限られるが、隠れた部分の透視画像をある程度得られるメリットがある。一方、赤外線は何かに遮られると何も検知できないが、受動的な探査が可能で多くの衛星が使えるメリットがある。いずれも、衛星軌道の調整には時間を要するので、何かわかるとしても、それは私がコート・ロッソに着く頃になると思われる。その時に候補が1桁まで絞り込めるならきっと間に合うと信じて、私は馬を走らせた。
日が暮れるころ最初の中継地であるコンドゥルシという中規模都市に到着した。私はここで食事を取った。食事が終わる頃に、手がかりとなる情報が得られたとの連絡がAIヘルメスから入った。衛星画像の解析によれば、誰も出歩かないような深夜に一台の馬車が親方の家に接近し、暫くしてから離れて行った、というものである。これだけで誘拐があったかどうかを断定することはできないが、誰も出歩かない深夜の時間帯であることと、親方の家に接近してから離れるという行動は、誘拐があったのであれば、説明のつく動きである。馬車が最後にどこに行ったのかは判断できないとのことだったが、向かった方向がおおよそわかっただけでも、大きな成果と言えた。なぜなら、探索範囲が半分程度には絞り込めるからだ。
馬を替えて次の中継地へと向かう。ここからは夜間の移動となるので、月夜とはいえ、どうしても移動速度が遅くなってしまう。気は急くが、焦って鞭を当てて事故でも起こしてしたら元も子もなくなるので、ここは忍耐が必要だ。
夜の3時頃、インフェリオーレという中規模都市の教会に到着した。私は馬を下りて聖堂へと入っていった。聖堂の中は蝋燭が灯されていて、なんとか様子が見てとれた。正面の高い位置には球体を抱く女神アスタルテ像がありそこが祭壇となっている。祭壇に向き合う形で20列ほどの長椅子が設えてある。
「すみません。王都から火急の要件で参りました。どなたかいらっしゃいますか?」
私は大きな声で間をおいては何回か繰り返した。暫くすると祭壇の脇の扉が開いて、祭服を身に纏ったいかつい感じの大男が現れ、私に近づいてきた。男の表情は苦虫を噛み潰したようである。この時間では無理もない。
「私はこの教会の司祭だ。いったいこんな時間に何の用だ?」
私は、名乗った上でここに訪れた理由を簡単に述べ、大司教様の書状を見せた。だが、男の表情は相変わらず苦虫を噛み潰したままだ。
「ふん。何故このような時間にここを訪れたのか理由はわかった。だがお前さんの身元を保証するものはあるのか?」
そう言われて私はちょっと困ったが、すぐにサラがくれた身元保証書がポケットに入っていたことを思い出した。お守り代わりに持っていたのである。
「これ、大地聖教会が発行した身元保証書です。」
男は、私が差し出した身元保証書を受け取り、胡散臭そうに記載内容を読んでいたが、急に驚いた表情を浮かべて言った。
「こ、この身元保証書の保証人は、特別枢機卿サラ・セントマリアとあるぞ?」
「あ、そうなのですか?私はてっきり大地聖教会という組織が身元保証してくれたのかと思っていました。」
「身元保証は個人が個人に対して行うものだ。特別枢機卿のことは一度だけ聞いたことがある。教皇様と同じように世界で一人だけの役職らしいな。それに若い女性だとも聞く。そんな若い者が、どういう事情で高位の役職に就いたのか不思議に思うが…」
「いえ、実際はそれほど若くもないですよ。まぁ年齢の割にはとても若く見えますけど。」
「おぉ、お前さんは、特別枢機卿に会ったことがあるのだな。どんな方だ?」
「そうですねぇ…聖職者らしくない自由な人、かしら。本人も、自分は聖職者ではないって、公言してますし。」
そりゃぁ神様の化身だから聖職者とは言えないし、年もとらないでしょうよと思いながら、私は苦笑しつつ答えた。
「なるほど。一度お会いしてみたいものだな。だが全て了解したわ。馬お貸ししよう。裏の厩舎に3頭いるから、好きなやつを連れていってくれ。ここまでお前さんが乗ってきた馬は面倒を見ておく。」
「ありがとうございます。助かります。帰りにまた寄って馬をお返ししますね。」
私は3頭の中から、最もタフそうな馬を選んで馬具を付け替え、すぐに出発した。
夜が明けたその日は目覚ましい進展はなく、軌道調整できた衛星から順次マッピングのデータの取得が開始され、徐々に解析が進められた。モンタルト、サン・ブルーノといった中継地を経た頃に降り出した雨は夜に入って激しさを増し、馬の体力の消耗を早めた。このため、私は馬の速度を落とさざるを得ず、残された時間はフクロウの通信が間に合うギリギリまで切迫することとなった。その後、カーラブラ、ティアーラと過ぎて、三日目の昼過ぎ、ようやくコート・ロッソへと到着した。嬉しいことに、その時に絞り込めた人質秘匿場所の候補地は僅かに5箇所であった。私はこの中からAIヘルメスが算出した可能性の高さとルートを勘案して、各候補地を実際に確認する順番を決めた。最初の2箇所は行ってみたが、森の中で狩や採取をするための拠点として使われているようだった。3番目の候補地に着いた頃にはすでに日は傾いていた。かなり離れたところで馬を下り、私はそこに建っている小屋に注意深く近づいて、耳を壁につけて中の様子を探ってみた。音の感じからすると、どうやら二人の人間が居るようだが、何か作業をしている感じもしない。窓が無いので住居ではなく、本来は物置などに使われる小屋なのだろう。中が覗けるような隙間はなさそうなので確認はできないが、こんな場所に作業もせず二人でじっと篭っている理由は無さそうに思える。おそらくここが人質の秘匿場所だろう。私は、人質の安全を考えて、誰かが外に出てくるまで待つことにした。二人しか居ないのだから、外に出てくる人間を制圧してしまえば、後は何とでもなる。待つこと2時間、日も暮れてきて、時間もないから何か仕掛ける必要があるかなと思い出した頃、漸く小屋のドアが開いて人が出てきた。30代と思われる髭面の男だ。たぶん用を足しに出てきたのだと思う。その男が小屋の裏手に回って用を足そうとした瞬間、私は背後から喉に手を回し一気に締め落とした。こういうことは、我ながら本当に得意だと思う。私はとりあえずその男のことは放っておいて、小屋の中を確かめた。中には後ろ手に縛られ猿轡を嵌められた15歳ぐらいの少女が転がされていた。
「大丈夫。助けに来たの。今、縄を解いてあげるからね。」
そう言うと私は、少女の縄と猿轡を外し、優しく体を抱きしめてあげた。
「怖かったでしょう?怪我はない?もう大丈夫よ。」
すると少女は気丈そうな様子で答えた。
「助けてくれて、ありがとうございます。怪我はありません。転がされていたから少し身体が痛いけど、きっとすぐ良くなります。」
「そう良かったわ。貴女の誘拐をネタに貴女のお父様が脅されているのよ。だから、貴女は無事だということをすぐに連絡したいの。連絡用のフクロウを連れてきたから、手紙を書いてくれる?」
「わかりました。紙とペンがありますか?」
「はい、これ。貴女だとわかるように、お父様しか知らないことも書いてくれる?」
「だったら、私の幼少の頃の呼び名を書いておきます。」
「それでいいわ。お願いします。」
そう言うと私は、裏に転がしていた男をかついで戻ってきた。少女を縛っていた縄で男を拘束し床に転がした。
「ふーん、ベルって呼ばれていたのね。」
「ええ、そうなんです。名前がミラベルだから。」
「じゃぁ、早速この手紙を付けて飛ばしましょう。もう一羽居るから、そちらには、貴女だとわかる持ち物を付けて放したいのだけど…軽い物がいいから、その耳飾りはどう?」
「はい、わかりました。」
私は、手紙入れの筒に手紙を入れ、その手紙入れを一羽目のフクロウの足に装着して放した。次いで、二羽目のフクロウに耳飾りを装着して放そうとしたのだが、ふと気になったことがあって手を止めた。
「ねぇ。貴女を攫った人って、この男一人でした?」
「攫われた時に何人だったのかはわかりません。でも、ここにきてから、この人とは別の男の人が朝夕に一度ずつ来ていたように思います。」
なるほど。だとしたら、きっと朝夕に来る方が立場が上なのだろう。縛って転がした男はただの手下で、何も知らない可能性が高い。もう一人の男を捕まえて締め上げ、黒幕が誰かという証言を得るべきだろう。だが、もう一人の男が来るのは明日の朝になってしまうから、審判には間に合わない。そこで私はミラベルの耳飾りと一緒に、今回の誘拐事件の黒幕に関する見解を書いた手紙を一緒に送ることにした。内容は、誘拐犯の一人を捕縛したこと、黒幕と繋がっていると思われるもう一人の誘拐犯もすぐに捕縛できると考えていること。フィロポンテ男爵を重要参考人として拘束すべきこと、の三つである。フィロポンテ男爵を重要参考人としたのは、ここコート・ロッソでならず者を使えるのが、フィロポンテ男爵しか考えられないからである。最初のフクロウに遅れること30分、私は二羽目のフクロウも放った。あとは王都聖教会まで無事に到着し、審判法廷の開始に間に合うことを祈るのみである。
誘拐された造船所の親方の娘ミラベルをルナが救出した翌日、王都では朝9時から審判法廷が再開された。法廷の出席者は、ルナ以外は、傍聴人も含めて前回と同じ顔ぶれである。冒頭に、主席審判官のシェーレン・ポンティアック卿が、3日間休廷した訳を説明した。
「四日前にマリーノ・パンロッテを証人として召喚した際、私は、パンロッテの様子から家族の誰かが誘拐され、証言すれば命の保証はないと脅されて、証言ができなくなったのではないか?との疑念抱いた。同様の疑念をイスルギも持ったようだ。ことは人命に関わることであるので、我々審判官は、誘拐の真偽を確認し、もし誘拐が本当であるなら人質の救出を優先する必要があると判断した。このため、3日間を休廷とし、その間に誘拐の真偽確認と必要なら人質の救出をイスルギに託すことにした。皆に情報を伏せていたのは、おそらくパンロッテは誘拐があったことも伏せるように脅されていたと推測したからだ。」
すると、ステファネッリが異議ありとばかりに割り込んできた。
「主席審判官殿。イスルギ様は本審判の当事者ですから、イスルギ様にその役を割り当てるのは、不適切なのではありませんか?」
「そのことについては検討したが、問題なかろうと判断した。誘拐が本当で、娘の救出ができなかった場合は、イスルギの不利になる。一方、誘拐が本当であってもなくても、パンロッテの娘の無事が確認されれば、おそらく、パンロッテは証言してくれるはずだ。従って、どう転んだとしても、少なくとも貴殿の不利に働くことはないであろう?それに、我々は今日の午後には王都を出立しなければならん。娘が攫われたのはコート・ロッソと思われるから、そこまで行って期限までに事件を解決でると思う者は、まずいないと思われる。だがイスルギは、自分がやると名乗り出てくれたのだ。もっとも、パンロッテの証言が得られないのでは、この審判に勝てるかどうかはわからないとの判断があったのだとは思うがな。」
ステファネッリは反論しようとしたが、糸口が見つからず、不服そうに口を閉じるしかなかった。
「さて、イスルギの代理人のサラ・セントマリア。イスルギからの報告は、大地聖教会のフクロウで伝えられると理解している。何か連絡はあったか?」
「まだ何の連絡も入っておりません。もう少しお待ちください。どうせ昼までには決着をつけなければならないのです。連絡が入って、パンロッテ様が証言していただければそれで良し。連絡が入らなければ、イスルギの負けでよろしゅうございます。」
「ほう。なかなか肝が据わっておるな。では、審判を言い渡す時間も考慮して、11時までは待つこととしよう。」
このようなやりとりがあってすぐ、男が法廷に駆け込んで来きた。きっと全力で走ってきたのだろう。ゼイゼイと荒い息をつきながら、傍聴人席のソフィア大司教によろめくように近づいた。大司教は男から渡されたものを持って、法廷内に進み出た。
「王都の大地聖教会の大司教、ソフィアでございます。今しがた、教会のフクロウ1羽が戻ったとの由。足にこの書簡が付けられておりました。ご確認ください。」
ソフィアは筒に入ったままの書簡を法廷の事務官へ渡し、事務官はそれを、主席審判官のポンティアック卿へと渡した。ポンティアック卿は筒の中に収められた紙を広げ、記載されていることを確認した。
「マリーノ・パンロッテ。この書簡にはこのように記載されておる。お父様、私は誘拐されましたがイスルギ様に無事救出されました。安心してください。ベル。」
これを聞いて親方の表情は、黒雲が一気に吹き払われたかのように明るくなった。目にはうっすらと涙が滲んでいる。
「おぉ、ミラベル!良かった…本当によかった。」
すると、ステファネッリが口を挟んできた。
「その書簡は、本当に娘さんからのものなんですか?本来なら、娘さんがいつも身につけているものも送ってくるはずですわね。それが無いということは、実際はその手紙は娘さんが書いたものに似せてイスルギ様が書いたもの、ということも考えられますわ。何しろ彼女は、パンロッテ親方に証言をして欲しいのですから、親方の喜ぶようなことは何でもするでしょうよ。」
「パンロッテよ。この手紙は貴殿の娘が書いたものと信じられるか?」
「はい。筆跡は娘のもののようですし、ベルという呼び名は幼少の頃に使っていたものですから、本人しか知らないと思いますので。」
「そうか、貴殿の娘は無事保護されたと考えて良いのだな。だったらイスルギに感謝するが良い。誘拐が本当だったとしても、秘匿されている人質を探し出すのは難しいと思っていたのだが、見事成し遂げたというわけか。全く素晴らしい。」
「ふん。私は信じませんからね。」
するとその時、法廷に修道服を着た女性が飛び込んできた。どうやら二羽目のフクロウが到着したようだ。届けられた耳飾りと手紙は、先ほどと同じようにソフィア大司教と事務官の手を経て、ポンティアック卿へと渡って行った。ポンティアック卿は、まず耳飾りをパンロッテに渡して娘のものか確認するように言った。パンロッテはそれを間違いなく娘のものであると答えた。ポンティアック卿は嬉しさが滲み出ているパンロッテの答えに満足そうに頷きながら、手紙を読み始めた。卿は手紙を読み終わると法廷の事務官を呼んで何事かを指示した後、内容を出席者全員に説明した。
「これはイスルギからの手紙だ。誘拐犯の一人を捕縛したこと、黒幕と繋がっていると思われるもう一人の誘拐犯もすぐに捕縛できると考えていることが書かれている。この誘拐犯から辿って、罰せられるべき者が明らかになるだろう。」
ここまで言っておいてポンティアック卿は顔を上げ、傍聴人席に視線を向けた。視線の先には、そっと席を立つフィロポンテ男爵の姿があった。ポンティアック卿はニヤリと冷笑を浮かべて言葉を続けた。
「さて、条件も揃ったことであるので、審理を再開したいと思う。懸案だったパンロッテの証言からだが、単刀直入に行こう。貴殿は、エルシード号が入渠することを以前より知っていたのだな?」
「はい。知っておりました。最初は、フィロポンテ男爵から指示があったのです。改装したい船があるから2週間ほどドックを空けておくようにと。それから4〜5日して、ステファネッリ様がいらっしゃいまして、フィロポンテ男爵とエルシード号の改装について打ち合わせをしているところを目にしました。」
「目にした?貴殿は、ステファネッリの顔を知っていたのか?」
「はい、知っておりました。私は造船をやっておりますので、この王都で船を使って商売をされている大きな証人は、だいたい顔を知っております。」
「なるほど。ステファネッリはこの証言に異議はあるか?」
「ふん。親方が言っていることは嘘です。私はそんな打ち合わせに出向いたことはありません。おおかたイスルギから金銭を貰って、あることないこと証言しているんでしょう?私は認めません。」
「ステファネッリに一つ言っておくが、本件は誘拐事件と関連していることが明らかになったため、重要な案件に格上げすることになる。これがどういうことかわかるかな?」
「え、何ですって?」
そう聞いて初めて、ステファネッリは事態の重大さを初めて認識した。
「誘拐事件は重罪で黒幕には重い罰が課せられるのだ。もし言うべきことがあるなら、今のうちがチャンスだと思う。何かを隠し立てして、後からバレたとなれば、貴殿も黒幕との繋がりが深いと判断されれば、黒幕と同等の罰を課せられる可能性もあるからな。」
ステファネッリは青い顔をして微かに震えていたが、暫くして、絞り出すような微かな声で、自分が最初から詐欺を目論んでいたことを認めた。そして、詐欺の話はフィロポンテ男爵から持ちかけられたことや、エルシード号は改修して別の船として使えば損はないことを吹き込まれたとも証言した。
証言が終わったとき、遠くで何やら揉めているような声が聞こえてきた。法廷事務官が入ってきて、ポンティアック卿に何か耳打ちすると、卿は大きく頷いてガベルを打ち鳴らした。
「静粛に。これより別室にて審判官3名で協議し、審判の結果を決定する。出廷者はしばし待つように。」
ポンティアック卿は他の二人の審判官を引き連れて一旦退廷したが、10分も経たずに戻ってきた。法廷に再びガベルの音が重く響く。
「審判の結果を発表する。ステファネッリは、虚偽の理由でエルシード号の保険金を請求たことにより、ペナルティとして補償金額の10倍を支払うように。以上だ。なお、先ほど、逃亡しようとしたマリッツィアーノ・フィロポンテ男爵を、ミラベル・パンロッテ誘拐の容疑者として捕縛した。こちらの裁判については、別途審議することとなるが、イスルギが起こした訴えについてはこれで完了したものとする。」
ミラベルを解放して私は、誘拐事件の被害者として保護するよう、現地の警察機構に託した。誘拐事件は重大案件であるので警察機構が動いてくれたのだ。その4日後、私はコート・ロッソに向かった時の馬を順次回収しながら、王都に戻ってきた。その足で向かったのは、王都の大地聖教会のソフィア様のところである。今回の一連の事件ではかなりお世話になったので、借りた馬をお返して感謝を伝えるとともに、ウチにお招きしてもてなし、改めてお礼したいと提案したのだった。これはサラのアドバイスもあるが、今後、教会の力を借りるシーンも増えてくるのではないかと考えて、一度私のことをキチンと説明して彼女と交友を深めたいと考えたからである。
教会に着いてみると、驚いたことに、教会近くのカフェの屋外テラスでサラが待ってくれていた。そろそろ戻る頃だと思ってお待ちしていましたよ、とのこと。AIヘルメスからの連絡で、審判の結果は帰路の途中で知っていたが、サラからご苦労様でしたと言われて、あぁ一段落したのだなぁと改めて実感し、ほっとした。
私はサラと二人で大司教様に面会した。私の感謝の言葉を受けて、大司教様は嬉しそうな様子で
「お役に立てたこと、本当に嬉しく思います。それに、人質の方も無事保護できて、本当によかったです。ルナ様の能力はすごいですね。」
と言ってくれた。私が、一度うちにいらしてくださいな。今回の件の感謝の意味と今後の友誼のために、是非おもてなしさせていただきたいと提案すると、大司教様はどう答えたらよいのか混乱している感じであった。サラを巡って私を意識しているみたいだから、どう答えてよいかわからなかったのだろう。しかしサラが大司教様に微笑みかけて、ぜひお越しくださいというと、一瞬で表情を緩め、来てくれるとの返事を貰うことができた。お付きの聖女様によれば、一週間後の夕方であれば時間が取れそうだとのことだったので、私はその心積もりで準備を進めることにしたのであった。




