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月のウサギ亭にて

これまで気になっていた部分を改作します。

最後のエピソードまで行ったら、新エピソードも書いてゆきます。

見守っていてください。

船長たちと別れて私は、早速その月のウサギという宿屋に向けて歩き出した。

港では特に入国審査というようなものもなく、外国から来た人間が自由に出入りできるらしい。外国との摩擦がないのか随分のんびりしている。でもまぁ、私としてはその方が助かる。何しろ、身元を保証するようなものは何も持っていないから。

1時間ほど歩いた頃に、船長の言ったとおり右手に、月とウサギが組み合わされた小さな看板を掲げた建物に辿り着いた。あたりはすっかり夕暮れの風景で、窓からオレンジ色の光が漏れているのが心を温める。チラッと見た感じでは、どうやら1階は帳場と食堂になっているようだ。

ふーん。なかなか居心地の良さそうなところ。じゃぁ入ってみますか。

大きなドアを押して中に入ると、カラランという乾いた音に、帳場で何か見ていたポニーテールの娘さんが顔を上げる。

「こんばんは。いらっしゃいませ。お泊まりですか、それともお食事だけ?」

「泊まりです。当面は三日間でお願いしたいのだけど、それ以降はまだ決まってないから延びる可能性があるわ。」

「ありがとうございます。じゃぁ、帳簿にお名前を書いてください。どんなお部屋がよろしいでしょう?お風呂あり、無し。広め、普通とございますけど。」

「お風呂ありは絶対ね。せっかくだから広めにしようかしら。」

「わかりました。一泊23000ルードです。食事は、よかったら下の食堂をお使いください。朝もやってますよ。食事のお支払いはその都度お願いします。では早速お部屋にご案内しますね。」

案内された部屋は端部屋で、2面ある窓の一つからは裏の山並みを見ることができた。どうやら高価な部類の部屋のようだ。入り口近くにトイレとお風呂が付いている。家具は、ベッド、ソファ、テーブル、それと書き物机があった。

なかなか立派なお部屋だ。これなら価格に見合った金額と言える。でも、ずっとここに泊まるわけにもいかない。不動産屋を紹介してもらって適切な住まいを探す必要がある。

自由になった私がこの国に腰を落ち着けようと思った理由は、かつての恋人と交わした約束を果たそうと考えたためだ。彼女は、約300年前のマパロヴァ王朝リグヴェール王国の王女で、私と共に20年の長きに亘って上下水道の普及に尽くしたのだが、上下水道の普及が一段落した時に、私は任務でリグヴェール王国を離れることとなった。その際、私が帰ってきたら「隠された聖地にて選ばれた聖女が祈りを捧げれば神の啓示が得られる」という伝説の解明に二人で取り組むという約束を交わしたのだった。この約束は、二人で楽しむ謎解きという性格が強かったが、もし本当に神の啓示が得られるのであれば、国を治める一つの指針が得られるかもしれないという期待もあった。彼女は私と知り合って私の来歴を理解したことで、この伝説が旧文明とも関連した一定の真実を含んでいるのではないかと思っていたようである。

残念なことには、私がリグヴェール王国を離れている間に、彼女は事故で亡くなり、私たちの約束は結局果たされないままに残って今日に至っている。私としては、私一人でもこの謎解きを完了して、この国の行く末を想った彼女の気持ちに応えたかった。

現時点では手がかりは何もないため資料集めから始める必要があるが、かつて彼女が集めた資料が保管されているのだとすれば、それはこの国の王室かあるいは公共機関が保管しているはずだ。なので、先ずは前王朝から現王朝への移行がどのように行われたのかを調べる必要があった。

さて、宿に入って一息ついたところでお腹が空いてきた。この宿屋は肉料理が美味しいとのことだったので楽しみだ。早速食堂に行ってみることにした。

階下の食堂には4人がけの座席が10席あったが、お客さんは私を除くと3組だけで、そのうち2組も、そそくさと代金を払ってお店を出ようとしていた。

「あら?評判の宿にしてはちょっとお客さんの入りが寂しいわね。今日はたまたまなのかしら…」

つい口に出た。

席の一つに着いてメニューを見ていると、給仕の女の子がやってきた。

「お泊まりのお客さんですね。うちはお料理が自慢なんですよ。何にします?」

愛想の良い可憐な娘さんだ。こういう子と触れ合うと心が和む。

「えーとね、香草のサラダ、人参のクリームスープ、豚のフィレ肉ステーキ500g、牛スネ肉と野菜のシチュー。オムレツもいいわね。あとは…チャーハンでおまかせデザートにします。あ、それと最初にエールを」

「え?お客さんお一人でしたよね。そんなに食べられないでしょう?」

給仕の娘さんは本当に驚いた様子だ。

「大丈夫、大丈夫、私は大食いなんだから。このぐらい軽いもんよ。大食いコンテストでも軽く優勝しちゃうぐらいなの。」

「何ですか?その大食いコンテストって。でも、たくさん注文してくれて嬉しいです。」

そう言うと、給仕の子はいそいそと厨房の方に戻って行った。


それにしても、本当にお客さんが少ない。さっきまでいた2組も、夜7時が近づくと慌ててお勘定を済ませて出ていった。今やホールに残っているのは、私ともう一組み。私と同じ泊客なのだろうか?

出されたチーズを肴にエールを飲んでいると、料理が運ばれてきた。

「はい、お待ちどおさま。まずは香草のサラダです。これから順番にお料理持ってきますからね。」

給仕の娘さんの手で、注文した料理が間隔をあけて運ばれてくる。私は大食いなのは間違いないが、食べる速度はに人並みなので、手付かずの料理も出てきて、広めのテーブルが料理でいっぱいになった。どれも美味しそうな見た目で良い香りを放っている。

デザートの前の最後の料理を持ってきたとき、給仕の娘さんがあきれたように言った。

「こうやって見ると凄い量ですね。本当にこれを一人で食べられるんですか?」

「うふふ。大丈夫よ、このぐらい。ねぇ、それより、お客様も少ないから少し話相手になってくれないかしら。」

「良いと思いますけど、ちょっと訊いてきますね。」

娘さんは了解を得て戻ってくると、テーブルを挟んで私の右斜め前の席に座ってくれた。

「私ね、あるお仕事でこれまでずっと旅をしてきたんだけど、そのお仕事も終わったから何か新しい仕事に就いて、このあたりに腰を落ち着けようと思っているの。それで、この国の今の状況について教えていただけないかしら?」

「ええ、いいですよ。何なりと訊いてください。分かる範囲でお答えしますから。」

「ありがとう、助かるわ。ちょっと基本的過ぎて恥ずかしいんだけど、この国ってどういった方が治めているわけ?」

「このナポリエール王国は、約250年前に興ったペルセラリア家が代々治めている王国です。今の王様はアリストゥス・ユリウス・ペルセラリア。40代半ばの王様です。」

「施政はどう?みんなに優しい?」

「そうですねぇ…お仕事に困ることはないし、重税を課されているわけでもないんですけど、最近は治安が悪くなってる気がします。それに、王室と教会が対立することが多くてちょっと不安ですね。」

「治安が悪くなってるというのは、具体的にはどんな感じなの?例えば、暴動が起こりそうな感じとか。」

「そうではないですけど…ゴロツキみたいな人が目につくし、詐欺事件も多いみたい。現にこのお店にもタチの悪そうな人たちが来るようになって、お客が減ってしまいました。」

「あら、そうなの?懲らしめてあげましょうか?」

「お客さん、危ないですよ。その人たち本当に危険だと思います。ガラが悪くて腕に覚えもあるみたい。それに人数も多いから一人で向かったらすぐにやられちゃいますよ。」

「まぁ、実際に来たら見せてあげるわ。私、こう見えても強いもの。それはそうと、そういうゴロツキはどうして野放しにされてるわけ?」

「もともと、警察は人殺しみたいな重大犯罪が起こった時にしか動きませんからね。嫌がらせ程度は自分で解決しろって言われちゃいます。」

「そうなんだ。じゃぁ、困ってる人も多いでしょうね。詐欺の方はどうなのよ?一般の人たちが被害を受けてるわけ?」

「詐欺の方は、新聞に書いてある限りでは、主に商売の契約書上のことが多いみたいですね。誤解させるような表現とか、気づきにくい条件とかで騙すんです。」

「正直者がバカを見るっていうのはやりきれないわねぇ。」

「ほんとですよね。まぁ、私たちが詐欺に逢う可能性は低いんですけど。」

「王室と教会の対立っていうのは?」

「この国には、聖アウグストゥス教会と、大地聖教会という二つの教会があるんですけど、王室と対立が多くなっているのは聖アウグストゥス教会の方です。この教会の教義では、人々に階級が付くのは神の意思の表れだとしているため、貴族にとっては都合が良いので、ほとんどの貴族はこの教会の信徒になっています。そういった貴族たちは連名で、貴族を優遇する法律を制定するよう王室に要求してくるらしいです。一方、王室が信仰しているのは大地聖教会の方で、神の恩寵は全ての者に平等に降り注ぐとされているので、貴族たちの身勝手な要求はこれまでほとんど受け入れられて来ませんでした。でも最近は、聖アウグストゥス教会が貴族側の要望を叶えるよう、色々圧力をかけるようになってきたので、王室としてはそのことを煙たがって対立が深まっている感じです。」

「なるほど、そういう事情なのね。最近になって教会が圧力をかけるようになってきた理由は何か聞いてる?」

「よくわからないんですけど、もしかしたら教皇が変わったかという噂も出てますね。。」

「そうかもしれないわね。それにしても、何で王室は大地聖教会を信仰してるのかしら。他の貴族と同様に、聖アウグストゥス教会の方が都合が良いような気がするけど?」

「それは、王家が伝承していることに関係するらしいと言われてますけど、私にはよくわかりません。」

「王家の伝承…ちょっと興味あるわね。まぁ、それは追い追い調べましょう。農作物の出来とか疫病の流行とかはどうなの?」

「農作物は普通のできですね。特に値段が上がって困ってることもありません。疫病は数年前に風邪のような症状から死に至る病が流行しましたが、今は収まってます。当時は本当に悲惨でしたけど。」

「あぁ、それは私も聞いたわ。その時は遠い所にいたから、何もしてあげられなくて残念だった。」

「近くにいたらうつっちゃったかもしれないから、それでよかったと思いますよ?お姉さん、優しいんですね。」

その後私は、流行の服、演劇、食べ物など、人々の暮らしに関するようなことを次から次へと訊いていった。

そうやって給仕の子とお話していると、入り口のドアが乱暴に開けられ、大声で話しながら、男性6人のグループが入ってきた。給仕の子は、その一行が入ってくるのを見るとビクっとして、嫌そうな表情を見せたが、立ち上がって対応に行った。どうやら、彼女が言っていたタチの悪そうな人たちのようだ。

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