細工は流々
久しぶりに改稿しました。
これまで書いてあった最後まで改稿できましたら、また新しく追加いたします。
またおつきあいいただければ嬉しく思います。
エルシード号出航の日。私とサラは朝早く、エルシード号の停泊地にやってきた。出航前に、保険対象品目リストに載っているものが実際に積み込まれたかどうかを確認する必要があったのだが、荷物の積み込みが終わったとの連絡が来たのは昨日の夕方であったため、こんなギリギリのタイミングになってしまった。私たちは、船主のステファネッリと船長に挨拶を済ませて確認作業に入ったのだが、そこで一つ気づいたことがあった。エルシード号で働いている船員は、船長以外は全員外国人だったのだ。私はこれを見て、ははんと得心がいった。ステファネッリに保険の説明をした際、被害の発生原因が天候ではないと説明できる場合の例として、船員の証言を挙げたのだが、外国人が船員であることは、これへの対応策なのだろう。つまり、この外国人の船員は、私が証言を得ようとしたその時には、外国の航路で仕事をしていてほとんど捕まえることができないのだと思う。更にもう一つ言えば、こうした外国人の船員はこの地が本拠地というわけでもないだろうから、おそらくは知人もおらず行方を調べるのも極めて難しくなっているはずだ。なるほど、それで船員を集めるのに時間がかかり、荷物の積み込みも遅くなったのだ。まったくご苦労様である。私は船員の証言を例に挙げたけれど、実のところ証人を探すつもりは初めからなかった。証言が食い違った場合、どの証言が正しいのかを判断するために、結局は証拠を探す必要が出てくるし、竜巻のように極めて局所的な天候もあるので、証言が食い違っていても、どちらも正しいという場合も考えられる。そんなことなら、最初から何か別の証拠を用意する方が時間と労力を節約できると思う。
さて、私たちが積荷の確認を終え、追加の発信機もこっそり設置して船から出てきたとき、15名ほどの騎士に護衛された馬車が2台、港にやってきた。馬車は目の覚めるような白で、ドアの部分には、大地聖教会の紋章である球体を抱いた女神が描かれている。サラの依頼で来てくれた大司教様だろう。馬車は私たちから20メートルぐらい離れた所で停止し、最初の馬車から、騎士のエスコートによって一人の女性が降りてきた。予想どおり王都教会の大司教、ソフィアさんだ。今日は公式の場であるためか、大司教を示す冠と祭服を着用している。彼女は馬車を降りてあたりを見回し、サラと目が合うと、本当に嬉しそうににっこり微笑んで小走りにやってきた。サラは如才なく一歩進み出ると、大司教様の手を取って感謝を伝えた。
「大司教様、ご自身で来てくださったんですね。ありがとうございます。皆さんも感激すること間違いなしです。」
「サラの頼みでしたら、私、どこへでも参りますわ。」
「まぁ、そんなこと言われると照れますね。」
大司教様がサラと話をしている間に、大司教様が乗っていた馬車からは2人のシスターが、そしてもう一台の馬車からは3人の神父様が降りてきた。神父様の一人はやや大きな箱を捧げ持っており、残り二人は、布を掛けた籠のようなものをそれぞれ一つずつ持っている。大きな箱の中身は、サラを通じて私が依頼した女神様の聖像のはずだ。そして、二つある籠のようなものは、緊急連絡用のフクロウだと思う。これらが、私が考えた詐欺の意思を暴く道具である。
私はこんなふうに考えた。エルシード号が造船所で押さえられる前の段階では、エルシード号は天候の急変で沈没したという筋書きになっているはずだから、造船所に入った船がエルシード号であるという証拠はいち早く消し去りたいだろう。私はその消し去りたくなる証拠を、大地聖教会が設置した女神像という形でエルシード号に乗せ、女神像に内臓されたセンサー・発信機で撤去されたかどうかをわかるようにしたのである。女神像は誰が考えても船の航行とは無関係であるので、船を修理するために撤去する必要は全くないが、一方、この船をエルシード号と断定するためのわかり易い特徴となる。だから、エルシード号が造船所に入って真っ先にこの女神像を撤去したというのであれば、それは、ステファネッリと造船所との間に、壊れた船の修理とは別の話があったものと、強く疑わせる証拠になると考えたのだ。一つだけ危惧していたのは、この女神像が航海中に捨てられてしまうことだったが、これに対しては、船乗りたちの信心深さを利用することにした。つまり、女神像設置の際に大仰な儀式を執り行って航海の安全を願うという形を取れば、航海中にこの女神像を捨てるということは、まずしないはずと考えた。
更に私は確実を期すために、ステファネッリの名前で、船が造船所に入ったら真っ先にこの女神像を撤去せよ、との指示を書いた手紙を造船所に出すことにした。裁判になったらこの手紙は当然偽物とバレるが、ステファネッリのものと考えた手紙に従った事実が重要であるから、その手紙が実際にはステファネッリのものでなくとも問題ないはずである。なお、手紙を届けることは既に手配済みで、エルシード号が造船所に入る前に造船所の所長に渡るようにしてある。
サラと話を終えた大司教様は、教会のメンバーを引き連れて船主のステファネッリと船長に挨拶し、出航に先立って航海の安全を願う儀式を執り行い、女神像を航行の邪魔にならない船尾に設置したいと申し出た。
「まぁ、大司教様が自ら!それは、ありがたいことでございます。もちろん喜んでお受けいたします。ですが、大司教様は何故この船に祝福を与えていただけるのでしょう?全ての船にそうなさるわけでもないでしょうに。」
「あら、それは私の友人から特別の依頼があったからですわ。なんでも初仕事だから、万全を期したいのだそうです。」
大司教様は、コロコロと笑いながらあっさり答えた。ステファネッリはこれを聞いてい私の方に視線を向けたので、私たちは会釈でこれに答えた。私たちの会釈を見たステファネッリの表情は、心なしか忌々しそうであった。
大司教様達はエルシード号に乗り込み、箱から女神像を取り出して設置の儀式を開始した。それは本当に厳かな儀式だった。天候は曇天であったのだが、儀式を始める正にその時、雲間から日の光が射して大司教様と女神像を浮かびあがらせた。観ている者は全員固唾を飲み、その緊張感を孕んだ静けさの中で、大司教様は祈りを捧げ女神像と船に祝福を与えた。大司教様の挙措はとても優雅で美しく、発する声は耳に快く、見ている者全員を完全に魅了するものであった。この場には女神の分身とも言えるサラも居ることから、もしかすると女神からも何らかの寄与があったのかもしれない。大司教様の説明によれば、この女神像は、船に宿る精霊の意識を呼び覚まし遭難を回避させ、万一遭難しても行方知れずにならないようにさせる力を与えるとのことだった。甲板に集う全ての乗組員が神妙な表情で大司教様の話を聴いているのに対し、ステファネッリだけが終始冷たい表情で立っており、話が終わった一瞬、侮蔑の色を微かに滲ませたことを私は見逃さなかった。
最後に職人が女神像の台座をしっかりと固定して儀式は終了。大司教様は聖像設置の儀をやり切ると、自分でも満足がいったのか、嬉しそうな顔をサラに向けて軽く頷くのだった。
「大司教様、なかなかやるわね。」
「ええ、あの方は、本当に優秀な方なんですよ。それに、純粋でとても可愛いんです。私のことでルナさんには対抗心をお持ちのようですけど、きっと良いお友達になれると思います。今度お家に招待されてはどうでしょう。」
「わかったわ。私たちのお仕事が軌道に乗ったら、一度誘ってみるわ。」
一連の儀式が終わって、神父様からエルシード号の船長にフクロウの籠二つが手渡された。エルシード号が遭難した際に、この二羽に手紙を託して放してもらえば、王都の大地聖教会でいち早く遭難したことの連絡を受けられるというわけだ。正直、どんな効果が得られるのか自信はないが、少なくとも、向こうが遭難を伝えてきた事実は後で証拠として使えるし、フクロウを放つ場所が造船所であった場合などは、逆算したら遭難はありえないという証拠になるかもしれない。更には、エルシード号遭難の連絡をできる限り早めさせることで、向こうの選択肢を狭められたら良いと思っている。十分時間を与えてしまうと、小細工をされかねない。このフクロウを使わない可能性もあるが、第三者が提供した遭難の連絡手段としてちょうど良いので、たぶん活用する気になるのではないかと踏んでいる。
エルシード号は出航して行った。後は向こうの出方を待つだけだ。エルシード号がこのまま無事にメリア大陸のショープルトン港に到着し、正規の料金を受け取るのも良し。また、私たちを騙そうとして大火傷を負うのも良し。サラに言わせれば、向こうに詐欺を働く隙をわざと見せるなんて、私はステファネッリ以上に悪どい女らしい。
「さぁ、これで仕掛けは全部済んだわ。造船所までの行動はもう予定されているはずだから、後はステファネッリがどう申し立てするかにかかってくるわけね。」
「ステファネッリはルナさんの手の内が全くわかっていないから、絶対に天候の急変で船が行方不明になったと主張するんじゃないですか?その時に、詐欺の意図を証明できるように動いてくれると良いのですが。」
「それはきっと大丈夫よ。大司教様が上手く役割をこなしてくれたから、女神像は造船所までは無事に運ばれると思うわ。」
「大司教様へのお礼ですが、一週間ぐらい教会に滞在することになるかもしれません。その間、お食事は月のウサギ亭にでも行ってください。」
悪戯っぽく笑いながらサラが言う。
「はいはい。今回は大司教様にも活躍してもらったから、我慢するわ。」
私はちょっと膨れながらも、サラの言葉を肯定した。
「うふふ…。一週間なんて嘘です。せいぜい三日。それ以上は私がルナさんと会いたくなります。」
サラの言葉に、思わず顔が紅くなってしまう。もう、この子にはホントやられるわ。




