76.不死者
一方その頃ギルちゃんは――
「アイツら真面目にやってんだろうな……」
大きな荷物を持ち運びながらそんな事をボヤくのはギルベルト――否、旅人のギルである。
「兄ちゃんありがとぉね、この歳になると腰が辛くて辛くて」
「礼なんか良いからさっさと案内しろや、何処まで運べば良いんだよ」
皇族として相応しい装いではなく、旅に出るのに丁度いい服装の彼は少し育ちの良い行商人程度にしか周囲には思われていなかった。
大方貴族や大商店の次男か三男辺りだろうと当たりをつけられ、ギルは既に下町にめちゃくちゃ馴染んでいた。
そんな彼はシルヴィ達が迎えに来るのをただ待つだけというのも暇なので、こうして自分が治めていた街を見て歩き、そして何故か人助けをよく頼まれる様になっていた。
「チッ、これで最後だからな……」
しばらくお前ら下々の面倒を見る事が出来ねぇからな、だから特別に付き合ってやるんだからな、そんな誰に対するものか分からない言い訳をしながらギルは目的地まで荷物を運び終えた。
普段から鍛えているギルにとっては軽い運動にもなりはしない程度の重さではあったが、年寄りが運ぶには重すぎる荷物に顔を顰める。
「あらぁ、ありがとうね! 助かっちゃったわ!」
「ババァ、次からは息子か孫に頼むんだな」
「今は丁度仕入れに行っててねぇ……それよりもはい! これ!」
いつの間にか手を取られ、何かを握り込ませられるギル。
「んだよこれ」
「お礼の飴ちゃんあげるわ!」
「要らねぇよ! そんな歳じゃねぇよ!」
「いいからいいから! 若い子が遠慮しないの!」
いくらギルが拒絶しても凄まじい強引さで一歩も引かず、老婆は半ば無理やり飴ちゃんを押し付けてさっさと建物の中に入ってしまう。
「んだってんだよ……いや甘っ」
飴が甘すぎて面食らうギルだった。
「知ってっか? アイツらって結構図太いんだぜ?」
老婆の荷物運びを手伝い、幼女と迷子の猫を探し、そしてギルベルトの顔を知らない末端の警邏隊に「人相が悪い」という理由で職質された帰りの足で貴人専用の墓地の一角でそんな事をボヤく。
彼の目の前には真新しい墓が用意されており、そこには『忠義のジェシカ ここに眠る』と彫られていた。
「この馬鹿みてぇに甘い飴と丁度いい木の枝、お前にもやるよ」
老婆と幼女から俺に貰った物の一部を墓に備え、それから少しばかり無言の時間が流れる。
「……お前が死ぬとは思わなかった」
ポツリと漏れたその呟きには、様々な感情が込められていた。
遠征中の留守番ならまだしも、魔王討伐の旅という長い期間の留守番を我慢できずに付いて来そうだと思っていたと。
「……で、そんなお前が死別を我慢できる筈もなかったな」
「……」
いつの間にかギルベルトの背後に立っていた不死者――ジェシカだった者は黙して語らない。
ただじっとその場に、ギルベルトの背後に控え続けるのみで微動だにせず。
その目は濁り、生気はなく、肌もひび割れてボロボロと地に欠片が落ちているというのに気にした様子もない。
欠損していた筈の手指などは、子どもが下手なりにぬいぐるみを縫合したかのような歪さでくっ付いていた。
「そんな姿になっても……いや、そんな姿になったからこそ連れて行けねぇぞ」
「……」
「特にシルヴィに見付かったら何しでかすか……姉貴も良い顔はしないだろう」
新しく判明した妹のシルヴィについて、ギルベルトは未だにその行動原理などを把握しきれていない。
元聖女であった母親、そしてその母親が隠遁生活を送る上で信頼して一緒に過ごしていた聖職者達に育てられてきた事は分かっている。
そんな彼女が不死者となったジェシカを見た時に何を思うのか? 即座に浄化すべきと言うかも知れないし、また一緒に過ごせる事に喜ぶかも知れない、もしくは何の興味も示さないかも知れない……どう転ぶのかがさっぱり分からない。
それに何より、死んでも尚その魂を縛って働かせるとなればルゥールーはジェシカ本人の意向を尊重しつつも、ギルベルトが責任持って未練を断ち切ってやれと説教するだろう。
「人望があり過ぎるのも考えものだな――」
そう溜め息を吐こうとしたギルベルトを、ジェシカだった存在は無言で後ろから抱き締めた。
「……そうか、そうだったか……気が付かなくて悪かったな」
ギュッと、ギルベルトを抱き締める力が強くなる。
生前よりも手加減が利かないのか、ギルベルトをして少し苦しいと思わせる怪力だったが彼は何も言わずにそれを受け入れた。
「そろそろアイツらが来る。お前は隠れて後ろからコッソリ付いて来い」
「……」
抱き締める力が強くなる。
「そんな姿になったんだ、アイツらには任せられねぇ後ろ暗い仕事をやらせてやるから覚悟しとけよ」
「……」
腕に篭める力を一瞬だけ強め、そして名残惜しそうに離れてからジェシカだった者は何処となく嬉しげな雰囲気を漂わせ、その場から消え去った。
「……あんなストレートに自己主張する奴だったか?」
一回死んだ事で色々と吹っ切れたのか、それとも不死者となった事で理性が弱くなってるのか。
どちらにせよ、死してなお自分に付いて来ようとする昔馴染みの姿にギルベルトは珍しく対処に困った顔になった。
「あぁー! ここに居たー!」
「あん? 式典は終わったのか?」
「終わったのか? じゃないよ! 宿で待ってるって言ってたのに!」
頬を膨らませ、プリプリ怒った様子のルゥールーにギルベルトは素知らぬ顔で「偶然だ偶然。偶然不在時に重なっただけ」だと言い張る。
「ねぇ」
「なんだ」
「なにか居た?」
じっと自分を見上げるシルヴィにギルベルトは目を細め、「だったらなんだ」とぶっきらぼうに返す。
「……」
「……」
急に何故か剣呑な雰囲気になった二人に驚き、優希とルゥールーはお互いに「何か知ってる?」と顔を見合わせた。
「……わかった」
「あん?」
「今はそれでいい」
「……そうかよ」
それっきり一切の興味を失ったシルヴィはジェシカの墓前で祈り始める。
そんな彼女の様子にギルベルトは「何を考えてるのか分からねぇ」と、良いのか悪いのかハッキリしないため、やはり暫くは不死者を前に出さない方が良いと判断した。
「じゃあ行こう」
優希とルゥールーも一緒になってジェシカの安寧を祈り、それらが終わると見るやいなや即座に旅に出ようとするシルヴィをギルベルトが呼び止める。
「待て待て、他の兄弟が何処に居んのかお前知ってんのか?」
「……知らない」
「手掛かりもなく何処に行くつもりだったんだコラ」
お兄ちゃんから怒られて、シルヴィは少し視線を彷徨わせた。
「シルヴィちゃん、お母さんのお手紙とか見てみれば? まだ読んでないのがあるでしょ?」
「そうだった」
小声で助け舟を出してくれた優希に感謝しつつ、シルヴィは自分の鞄から母親の手紙を取り出した。
「有るんなら最初から出せや」
「こらギルちゃん! もっと優しく言いなさい!」
「へーへー」
姉と兄のそんなやり取りを尻目に、シルヴィは取り出した手紙を読み上げ始めた。
愛犬ジェシカもコッソリ付いて行きます()




