74.兄と弟
力の差は歴然だが、果たして――
「うおおおおぉおおお!!!!」
「……」
立ち会い人は居ない。ただ二人が剣を抜いたその瞬間から始まっていた。
カルステッドの雄叫びを耳にしたギルベルトは、反射的に受け止めようとして――以前とは背の高さが違うと気付いて位置を修正する。
『はァ!』
『うわわっ!?』
在りし日の記憶が蘇る。まだ剣を習いたてで幼かったギルベルトは、体格も経験も上だったカルステッドの打ち下ろしで簡単に体勢を崩していた。
「ぐっ……!」
「……」
打ち下ろしを受けると同時に力を抜く事でカルステッドが前につんのめる。完全に威力を殺され、体勢も崩し、力の込められていない剣の腹を強く叩かれ弾かれる。
『ならこれはどうだ!』
『ま、待ってよ! うわっ!』
打ち下ろしのみで勝てなくなっても、剣を弾かれてもカルステッドは諦めない。
幼い義弟から受けた勢いを利用して回し蹴りだって放ってみせる。
「――ガッ!?」
「……」
足首を掴まれ、瓦礫の山へと投げ付けられる。
昔とは違い、掴まれた足首にも違和感が生じる程の膂力で投げられたカルステッドは、城壁だった物を顔面で砕いた。
『油断したな!』
『剣を投げるなんて卑怯だよ!』
倒れたまま動かないと油断していた幼いギルベルトは木剣を投げ付けられ、有効打を取られた事に文句を言っていた。
たった一年でここまで追い詰められる様になった義兄の内心など知りもせずに。
「――っうらぁ!」
「……」
砂埃の中から飛来する長剣を、ギルベルトはその場から動きもせず刃先を二本の指で挟んで受け止めた。
『両手に剣を持っても胴体がガラ空きだ!』
『わわっ!』
咄嗟に投げ付けられた木剣を掴み取ってしまった幼い義弟の、そのガラ空きになった胴体へタックルをして抑え込んだカルステッドは内心の安堵をおくびにも出さずに勝ち誇ってみせた。
「ぶッ!?」
「……」
ギルベルトの胴体へと、両腕を広げて突っ込んだカルステッドはそのまま顎に膝蹴りのカウンターを食らい、後ろに倒れてしまう。
『――光を』
『うわっ! 眩しいよぉ!』
『隙ありだ!』
『もう! 祝祷術なんて使えなかったじゃんか!』
『ふふん! 練習したんだぜ!』
今度こそ勝ったと目を見開いた義弟へと容赦なく目眩しをお見舞いし、純粋な剣技や身体能力ではもう勝てない事を幼いカルステッドは悟った。
「――【光、を……】」
「……」
いつの頃からか、必死になって覚えた自分の祈りは神に届かなくなっていた。
不貞腐れ、性根が歪み、恨み言しか吐かない心では神も応えてはくれないのだろう。
久方ぶり発動した最も基本的な祝祷術で生み出した光は弱々しく、初めて義弟に披露した時と比べても小さくて頼りなくて……目眩しに使うには不足していた。
『兄上! 今日も稽古を付けて下さらないんですか?』
『……俺は忙しいんだ、ギルには優秀な教師が付いているだろ』
『……わかりました』
二年も経てば自分が幼い義弟に勝てるとはもう思えなかった。
義弟の後ろで迷惑そうに、義弟の誘いを、お願いを断るように視線を送る剣術教師に逆らってまで、兄として最後の威厳まで喪う気にはなれなかったからだ。
幼い――いや、青年になったカルステッドは勝ち逃げする事を選んだ。選んでしまった。
「ジィっ、いい……が、ぶぅ……」
「……」
本来ならば目眩しの後で速攻を仕掛けるつもりだったのに、昔のように身体は動いてくれない。
吐き出す息に合わせて、食いしばった歯の隙間から血と混ざった唾液が飛沫のように飛び出す。
割れて歪んだ顎の痛みに呻き、鼻と口から血を噴き出す。
それでも諦めず、砂埃で金髪を汚し、鈍痛が鳴り止まない胸に空気を送り込んで、震える手と折れた足で身体を起こす。
「がァっ!」
跳ねるように飛んだカルステッドは腰の入っていない、騎士達から見れば遅い拳を放つ。
「ぶっ――ごほっ!?」
簡単に見切られ、剣柄で顔の中心を殴られ、伸び切ったままの腕を取られ硬い石の床へと背負い投げられる。
肺の中の空気が強制的に押し出され、全身へ渡る衝撃に視界が瞬いた気がした。
「……ふっ」
いつの間にか自分の手から剣が無くなっている事に気付き、そして一瞬の交差で何とか叩き落とした自分の剣をよろよろと手にするカルステッドの姿を見て、ギルベルトの顔に知らず笑みが浮かんだ。
「――あぁ!!」
何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も倒されては立ち上がり、立ち上がる度に精度が落ちていく拙い攻撃を繰り返す。
血と砂埃で汚れた頭部に、歪な曲がり方をした手の指や足首、ボロボロに破れた服の下から覗く酷い内出血の数々。
それでも、殆ど開けていない目を真っ直ぐにギルベルトへと向け続ける。
「惨すぎる」
「必要以上に甚振る必要が何処にあるのか」
「早くとどめを刺して終わらせるべきだ」
それまで二人の闘いを何も言わず見ていた周囲から声が漏れる。
次第に何度も諦めずに立ち上がるカルステッドに同情の眼差しが、逆にギルベルトには非難の目が向けられた。
もう勝敗は付いているだろうと、それ以上は見ていられないと。
「ど、どうしたら……」
「大丈夫だよ、ユウキ」
「シルヴィちゃん……」
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんのお兄ちゃんの全てを受け止めるつもり」
暴力沙汰に慣れていない優希を安心させるべく、シルヴィがそっと彼女の手を握る。
「何かあれば私が止める。私が癒す」
「……うん、わかった」
カルステッドはこのままでは駄目だと理解していた。
剣を振るうのではなく、振り回されている状況……柄をしっかりと握り込めず持ち上げる事すら億劫で、剣先が地に付いてしまっている。
剣を振るう事が出来るのは次が最後だろうと、次で決められなければ自分はただみっともない姿を晒し続けただけで、無様な終わりを迎えてしまうと。
「……ギル、次で最後だ」
「……来い」
半分閉じている目で最初の位置から動いていない義弟を見据え、カルステッドは上段に構える――結局は自分が一番得意な打ち下ろしに落ち着いた。
最初の一合で一切通用しないと分かり切っていたのに、自分にはこれしか出来る事がない。
「――くなぃ」
剣を支える手に力を込める。
「――僕は負けたくないッ!!」
泣き叫び、激しくうねりを上げる感情に流されるまま駆け出す。
「うおおおおぉァァアアア!!!!」
誰もが今までと同じ結果になるだろうと思った。
それはカルステッド自身も同じで、自分の捨て身の一撃でさえも容易く対処され、そして拳一つで意識を刈り取られるだろうと頭の冷静な部分が判断していた。
だからこそ予想外の結果に全員が息を呑んだ。
「なん、で……」
今まで全く通用しなかった攻撃が通った――ギルベルトの肩から胸にかけてカルステッドの剣が食い込んでいた。
思わず漏れるカルステッドの疑問の声と、周囲からの悲鳴。
自ら無防備に剣を受けておきながら、そんな周囲の反応を気にせずギルベルトは静かに問い掛けた――「そこまで、この地が惜しいか」と。
「当たり前だ! ……当たり前だ……俺の……僕の受け継ぐ筈だった故郷だ……ずっとそう言われて生きてきた……」
そんな事を問われては、答えなど決まり切っていた。
「僕のように内心で人々に見下され蔑まれ、誰からも鑑みられないような無能の声でも拾い上げてくれるような、強き国ではなく……優しい国にしたかった……」
「そうか……」
それを聞いて短く呟いたギルベルトは数秒ほど目を閉じ、続けて「ならば暫くの間、兄上に預けよう」などと言い出した。
「――僕は、兄上のように迫害される兄弟達を庇いたかった」
「――」
二人にしか聞き取れないのような声量で心情を吐露され、目を見開くカルステッドに哀しく寂しそうな目を向け……そして視線を外した。
周囲に居並ぶ自らの臣下や騎士達をグルりと見回し、大きく息を吸って叫ぶ。
「一太刀入れた褒美として今暫くは我の国を預けよう! だが! それも魔王を討伐するまでの間のみだ!」
その唐突な宣言に玉座の間にどよめきが起こる。
「第三皇子に取り憑いていた悪魔は去った! 此度の決闘で覚悟と根性を示した! ならば何の問題はない!」
問題がない訳がない。けれどもそういう事にするのだ。
全てはあの暴走した堕天使と、そんな存在に盲目に付き従ったアルトゥールのせいだと。
「玉座を譲った訳ではない。そこは間違えるな」
所詮は我の代理人でしかないと、我の優秀な臣下や側近達が周囲に侍り監視はすると。
「敵対派閥の者に囲まれながら、国を富ませ、魔王討伐を終えた我が戻った際には速やかに臣籍降下する――それを以って此度の騒動の罰とする」
それだけを一方的に捲し立てると、ギルベルトは自らの側近と派閥の者たちを一人一人見回す。
「――良いな!?」
「『はっ!』」
声の揃った返事に満足げに頷き、未だ呆けた顔をする義兄へと向き直る。
「じゃあ、勝たせて貰うぜ」
「っ、あ、待っ――」
面倒臭い説明を求められる前に義兄を拳一つで気絶させ、名実共に決闘の勝利者となったギルベルトが胸に剣を突き刺したまま部屋の出口へと歩き出す。
癒しを与えようとするシルヴィを義兄の方へと押し寄せ、困った顔をする姉に「式典は欠席だ。代わりにアレが出る」とシルヴィに癒される義兄を顎で指し示した。
「はぁ〜、仕方ないね」
「城下町に宿を取って待っておくが、あんまり待たせるなよ」
「この騒動の後だよ? お城もボロボロだし、予定通りに式典が開催されるとは思えないんだけど?」
「我の部下は優秀な奴らを揃えてるからな、何とかして貰う」
「うわぁ〜」
思わずそんな声が漏れ出たが、唐突の主からの無茶ぶりに視線を彷徨わせながらも、何故かやる気を漲らせる大人達を見回してルゥールーも肩をすくめるしかなかった。
「じゃあなお前ら、暫しの別れだ――」
ギルベルト「あかん、剣を抜いたら血がたくさん出て来た……死にそう……」
ルゥールー「シルヴィちゃーん! このカッコつけお馬鹿ちゃんを治してー! ついでに馬鹿を治す祝祷術とかない!?」
シルヴィ「? 何を言ってるの?」
ルゥールー「……ごめんね、焦ってお姉ちゃんも馬鹿になってたみたい」
シルヴィ「ユウキ、は……ばかを治せる?」
優希「興奮してたり、雰囲気に酔ってるだけだと思うから冷静にさせれば治ると思うよ」
シルヴィ「さすがユウキ」




