68.開戦前
昨日は更新が出来なかくてごめんね!
靴を履いたまま玄関でぶっ倒れてたぜ!
「食糧についてはこのくらいで良いでしょう。……聞いていたな? 手配せよ」
「はっ!」
優希と食糧問題についてあらかた議論し終えたシェイエルン辺境伯は、背後に並んでいた部下の一人に早速段取りを組むように指示を出した。
「して、ユウキ殿はどの程度の規模で来ると思われるか?」
「そうですね……」
辺境伯よりどのくらいの規模でここに兵力を派遣されるのかを問われ、優希は皇都に残っている戦力を計算してみる。
ギルベルトが古都コーポディアの反乱を鎮めるために連れて行った軍勢の中にはギルベルトとカルステッドの両方の派閥の者が混在していただろうと考えられるので、そもそも城内に天使や第三皇子の命令を聞く戦力の母数はそこまで大きくはないと推測できた。
それでも堕天使の他者を操る能力が何処までの力を持っているのか分からないため、城内で拘束された者たちもそっくりそのまま相手の戦力になる可能性はある。
しかしそもそも城や都市などを制圧しておくには最低限の人員は必ず必要になってくるし、治安を維持するのも大変だろう。
しかし相手は合理性を欠いた存在であるためあまり考えても意味はないかも知れない。
そこまで瞬時に考えた優希は答える――「全軍です」と。
「全軍とな?」
「はい。シルヴィちゃんが言うには相手は合理的な動きをしない存在であり、ただ目標に向かって全力で暴走しているらしいのです」
「ふむ」
「なので私達の常識、経験からこうだろうと考えるのは危険です。なのでシルヴィちゃんの獲得、魔王の影響の排除、これらが達成されるなら後のことはどうでもいいと総攻撃を仕掛けてくると思って準備した方が良いです」
「総攻撃となると五千は居そうだな」
「そうですね、大半をギルベルト殿下が連れ出してくれたので最低限の首都防衛に残された軍団は出て来ると思います」
皇都には今回のような反乱を抑えるため、そして他国から侵攻された際に速やかに援軍を送れるように、八個の軍団を常備している。
一つの軍団にそれぞれ五千から八千の騎士が在籍しており、第一から第二軍団がギルベルト共に古都コーポディアへ、第三から第五軍団が北方に現れた魔王軍への対処、第六から第七軍団が大樹海との国境を監視していた。
そのため最低限の防衛要員として残された第八軍団が出張って来るのではないか、という予想が立つ。
「天使様の能力を考えれば皇都の民が全て敵になる可能性はどうだろうか?」
「……それは無いと思います。この大樹の周囲はシルヴィちゃんの影響下にあるので、近寄った瞬間に大半が正気に戻ってしまいます」
「では全ての大樹から皇都を再び正気に戻す事は?」
「シルヴィちゃんが直接触れている、近くに居られる一本ならともかく、全ての大樹と連結しようとするとルゥールーさん――様の協力が無いと難しいですね」
これが大樹海のエルフ達ならもっと上手く利用できるのだろうなと考えながらも、今出来ない事は仕方ないと優希は包み隠さず全てを伝える。
「それに流石に皇都の住民が敵に回ると対処が出来ないので考えません」
「ふっ、そうだな……それが賢いだろうな」
起きてしまったら詰む事態に関しては考えるだけ無駄であると、優希は最悪を想定した上でバッサリと切り捨てた。
食糧問題も完全には解決しておらず、ここに集っているのは基本的に自分の身を守る術を持たない者たちである。
貧しい暮らしをしていた者も多いため、あまり戦力としては当てにならない。
簡単な作業に従事させる、もしくは余計な事は何もしないでいて貰う事になるだろう。
「どれだけ守り切れるだろうか……」
「それは……ごめんなさい、分かりません……」
「いや良い、余計な事を言ったな」
「い、いえ! 気にしてません!」
「そうか、助かる。比較的戦えそうな者たちの指揮は任せて貰おう」
シェイエルン辺境伯との会話を終えた優希は、誰か知らない男性を困らせているシルヴィの元へと戻った。
「何してるの?」
「マイナスイオンが何処にあるのか聞いてた」
「? 肉眼だと見えないよ?」
「えっ」
人知れずショックを受けたシルヴィの横で優希は辺境伯の護衛だと名乗る男に「うちの子がすいません。もう話は終わりました」と謝罪していた。
そんな少女二人の様子に苦笑しつつ、護衛の男は「何かあったら頼ってくれて構わない」との言葉を残して辺境伯の元へと去って行った。
「シルヴィちゃん、結界はどのくらい保てそう?」
「いくらでも」
「壊される場合はある?」
「……権能か、ちぃと能力なら?」
優希は「思ってたよりも大丈夫そうだな……」とは思ったが、シルヴィは世間知らずで旅に出たタイミングは自分とそう変わらず、それでいて一緒に旅をして来て大軍とぶつかった事がないので油断は禁物だと言い聞かせる。
仮に結界が破られる事はなかったとしても、戦闘音で内部の避難民がパニックを起こす事も考えられるし、何なら夜間に結界へと断続的に攻撃を続けられたら睡眠を妨げられるだろう。
「……シルヴィちゃん、集中力が切れたら結界って維持できない? 例えば睡眠不足とか」
「分からない」
「試した事がないから?」
「うん」
「何日まで起きれる?」
「夜は寝ないとダメだよ?」
優希は「そういえばこの子、育ちが凄く良いんだったな」と思い出した。
「初めて私達が出会った村で魔王軍を撃退してたけど、それと同じ事は出来る?」
「……人は傷付けたくない」
「……そっか、ごめんね?」
「ううん、いいよ」
とりあえずシルヴィに出来ること、出来ない事がハッキリとした。
何日も結界やらを維持しながら避難民の面倒を見るよりも、さっさと撃退した方がシルヴィの負担は少ないのではないかと考えたが、本人の気質や信条で出来ないであれば仕方がない。
避難民の中で戦えそうな者たちは辺境伯が指揮を執ってくれるが、やはり相手との戦力差が怖い。
「ユウキ」
難しい顔で考え込んでいる優希の眉間を、シルヴィがそっと触れる。
「何があっても、ユウキだけは絶対に守るから安心して」
指先でグリグリと眉間を揉みほぐされながら言われた言葉に、優希は一瞬だけきょとんとした顔を作り――そしてふにゃりと笑った。
「ありがとう、シルヴィちゃん」
ゲームだと規定のターン数を生き残ればクリアみたいな感じだろうか。
避難民の生き残りが一定数を下回ってもゲームオーバーになりそう。
 




