7.ゲルレイズの激情
一方その頃
――ドンッ!!
まるで攻城兵器を城門へと打ち付けるかの如き爆音が夜空へと響き渡る。
何度吹き飛ばされようともゲルレイズは空中で体勢を立て直し、地面に着地すると同時に弾き出されるかの様に突撃を繰り返す。
彼が剣を振るう度に空気は破裂し、風圧に家屋が軋みをあげる……周囲へと衝撃波を撒き散らしながら結界の境界線を殴り続けていた。
「チィッ! 魔剣でも削り切れねぇか!」
「……」
魔剣――それは魔力という、魔王の瘴気から生まれるあらゆる事象に侵食し、歪に書き換える忌むべき力を内包した禁器の一つ。
何処でそんな力を保持した魔剣を手に入れたのかは知らないが、確かにその魔力によって秩序の円を維持するシルヴィの聖気は必要以上に削られていた。
「……?」
さて、それでシルヴィが困ったかと言うとそうでもない。
彼女はもともとゲルレイズの事を魔王の子の一人であり、自分の兄かも知れないと考えていたからだ。
魔王の子ども達にはそれぞれちぃと能力なる物があるらしいと聞いていたシルヴィは、秩序の円がそれによって完全に破壊される事も視野に入れていた。
彼女自身は自分がどんなちぃと能力を持っているのか、そもそもちぃと能力とはどのような力なのかも分かってはいなかったが、それでも凄まじい力を持っているらしい事は母から聞かされている。
その為に優希を逃がし、自分一人で囮になる様な真似をしているのだ。
だからこそシルヴィはむしろ困惑しており、結界の内側から必死に魔剣を振り続けるゲルレイズを見てはつい口を開く――
「……なんで、ちぃと能力を使わないの?」
「ッ!!」
首を傾げたシルヴィの、思わずといった様子で漏れ出た意図しない呟き。
それを聞いたゲルレイズは奥歯を噛み締める。
「っるせぇ!! 俺が持ってる側の人間に見えんのかよッ!!」
「……」
「なにがお兄ちゃんだ、なにが魔王討伐だ……あんなのに勝てる訳がないだろッ!! ガキが夢見てんじゃねぇッ!!」
何がゲルレイズの怒りに触れたのか、彼は唾を飛ばしながら怒号を響かせる。
「死ねッ!! 死ねよッ!! お前の、お前達のせいで俺はッ!!」
「……」
ゲルレイズが何に対して怒っているのか……それはシルヴィには全く分からなかったが、彼が自分を通して父や母を見ている事だけは分かった。
自分とは初対面なはずの兄(かも知れない人)が、自分を通して父や母に憤っている……と、そこまで考えて自称IQ300超えのシルヴィに一つの解答が浮かび上がった――
「――親子喧嘩でも、した?」
「ちっげぇよ、バァーカッ!!」
「……」
違ったらしい。
自分の兄かも知れない人に馬鹿呼ばわりされてシルヴィは少し傷付いた。
「クソっ! このままじゃ埒があかねぇ……」
額に青筋を立てながらも幾ばくかの冷静さを取り戻したらしいゲルレイズは、そのまま静かに魔剣を大上段に構える。
「『喰らい尽くせ――オーバーイーター』」
ゲルレイズがその言葉を放った瞬間……魔剣の黒い刀身が湯気の様に解け、天へと立ち昇っていく。
ユラユラと形を持たない黒い靄が大きくなる程にゲルレイズの髪が白く染まる。
「……死ぬよ?」
「うるせぇ、テメェの内臓で『生まれてきてごめんなさい』って並べてやるよ」
何をそんなに憤っているのかは知らないが、魔剣を構えるゲルレイズの様子にシルヴィは『これはもう、何を言っても聞かないな』という事を感じ取る。
「――死ね」
「……」
仕方がないので魔剣が振り下ろされると同時に、シルヴィは秩序の円を解除する事にした。
あやふやな魔剣の刀身が触れる直前に境界は消え失せ、受け止め先が無くなった力の奔流はそのままの勢いで大気を吹き飛ばしては大地を抉り取る。
一拍置いて真空状態となった魔剣の通り道へと強烈な暴風が吹き荒れ、破壊的な一撃を半歩横にズレる事で躱したシルヴィの髪を乱していく。
「ひ、ひぃっ!?」
ただ後に残ったのは乱れた髪を手櫛で整えるシルヴィと、額の青筋を増やしたゲルレイズ……そして今まで見た事のない強大な力に腰を抜かして動けなくなる村人達だけだった。
「……テメェ、何のつもりだ?」
「……」
「なぜ直前になって結界を消した?! 言えッ!!」
なぜ結界を消したのかと問われても、シルヴィは至極当然の事を答えるしかない――
「――反射で、死ぬから?」
「……っ」
確かに魔剣の一撃は強力ではあった……ゲルレイズの寿命を啜って放たれたそれは対軍規模の破壊力を持っていた――が、シルヴィにとってはそれだけである。
「……それ、貴方に従ってない……よ?」
小首を傾げ、上目遣いに恐る恐るといった様子でシルヴィは告げる。
魔剣は従属しておらず、魔力もきちんと扱えていない……ただ力の大きさに任せて破壊という事象を撒き散らしただけ。
反射してしまうとゲルレイズのみならず、周囲の村人達にまで被害が及んでしまう……シルヴィが結界を解除した理由など、ただそれだけである。
――ギリッ
そんな様子のシルヴィを見て、ゲルレイズは奥歯を噛み締める。
らしくなく熱くなっている自覚はある。けれども彼には自分の激情を抑えられない。
目の前のコイツの、コイツの親のせいで自分は多くのモノを失った。故郷を、家族を、戦友を……手元に残ったのは自分の身と、逃亡する際に盗んだ魔剣だけ。
これが八つ当たりである事も、魔王軍が迫って来ている今シルヴィただ一人に拘っている場合ではない事も理解しているが、それでも目の前の存在は許し難かった。
「アイツらの娘が何も知らねぇ、純粋な目をしやがって……!!」
自分は大事なモノを全て失った。それこそ高潔な人間であろうと、誇り高い騎士であろうと努める気概すらも奪われた。
その自分からあらゆるモノを奪った奴らの娘が、何も知らない顔して魔王を倒すなんて子どもの理想みたいな事を呑気に言っている。
許せなかった、許せる筈がなかった……けれども現状はどうだ。
「どうして届かねぇ……!!」
魔剣を使用した破壊力のある一撃は最低限の動作で躱され、それ以外の攻撃は全て反射されてしまう。それどころか――
「危ない、よ?」
懐に潜り込んだシルヴィが、ゲルレイズの胸を指先でそっと叩く……ただそれだけの事で魔剣から溢れ出る魔力がシルヴィの聖気で浄化される。
「なっ――?!」
そのあまりの現実離れした光景に言葉を失うほど驚きながらも、油断なく即座にその場を飛び退いて離れる。
「……」
自らが飛び退くのをただ黙って見送ったシルヴィに隠し切れない警戒感を滲ませつつ、再度魔剣から魔力を絞り出す。
まだ勝機を失った訳では無い。あれだけの魔力を一気に浄化したなら相応に疲弊している筈だと、そう自分に言い聞かせながら思考を巡らせる。
(どうして攻撃して来ない? いや、出来ないのか?)
有り得そうだと思った。聖職者の連中は護り、癒す事には長けているが、暴力行為を忌避する傾向にある。
罪人への罰や、邪悪に対する破滅など全く無い訳でも出来ない訳でもないが、自らの力を神から与えられた祝福、奇跡であると認識している彼らは祝祷術を攻撃に転用したがらない。
(だとしたら勝機はある――俺の命と、奴の聖気……どちらが先に尽きるかの泥仕合に引きずり込んでやる)
自分の寿命が有る限り、魔剣はそれらを魔力として変換して供給してくれる。
仮にこの勝負に敗れたとしても、戦闘後に祝祷術を使う余力など残っていないだろう。
(そうなったら仲良く魔王軍に蹂躙されようや)
どうやら目の前の少女は近くに魔王軍が来ている事をまだ知らないのか、その後の事を何も考えていないかの様に自分に向き合い続けている……これはゲルレイズにとって好都合だった。
相変わらず何を考えているのか分からない顔で佇んでいる姿には苛立ちが募るが、それらをおくびにも出さず相手を威圧する為に余裕の表情を浮かべて見せる。
「来ないのか? ……なら、何度でも挑んでやる」
「お兄ちゃん、もう止めよう」
「うるせぇ!!」
シルヴィの制止の声も無視し、怒声を上げながらゲルレイズが突撃する――と、そんな時だった。
「――シルヴィちゃん!!」
いつの間にか戻って来ていた優希が投げた愛剣を、シルヴィが手に取る――その瞬間ゲルレイズの全身が総毛立つ。
新しい顔よ!
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