66.落ちちゃった
さぁ、連絡は取れたのか!?
「はぁ、シルヴィちゃん達は大丈夫かな」
古都コーポディアから少し離れたところに設営された天幕で、ルゥールーが分かりやすく溜め息を吐きながら心配事を口にする。
彼女は新しく存在が判明した妹と、自分の父親と同じ境遇の少女を思い浮かべて気を揉んでいた。
特に新しい妹は本当に何をしでかすのかが分からず、何を考えているのか分からない無表情で突飛な言動をする。
優希というストッパーが付いているとはいえ、情勢が不安定な城に二人だけを残す事に本当は反対だったルゥールーはここまで来ても不安そうに皇都の方角を見ていた。
「いい加減に鬱陶しいぞ」
「ギルちゃんは心配じゃないの?」
「心配するだけ無駄だ。天使や悪魔を抑え込める術を持つ奴がどちらにも一人は必要で、そして反乱軍を鎮めるってのに我が出ない訳にはいかねぇし、姉貴とユウキは自分の身を守るのが苦手、だったらもうこの組み合わせは仕方ない事だろうが」
「相変わらず割り切りが良いね」
この件に関して可愛い弟からの共感や同意は得られそうにないと、ルゥールーは寂しそうに肩を落とした。
「……チッ、さっさと終わらせて早く帰れば良いだけだろうが」
「ギルちゃん……んふふ〜、そうだねぇ、早く帰れば良いだけだもんねぇ〜」
「だるコイツ」
小さかった頃と変わらない、優しい子のまま大きくなってくれてお姉ちゃんは嬉しいよオーラを全身から放出しながらルゥールーは途端に機嫌良さげな顔をする。
心配してソワソワしたり、不安から溜め息を吐かれるのとどっちがマシだったのか、ギルベルトには判断が付かない。
「ご歓談中のところ失礼いたします。反乱軍が壁外へと出て来ました」
「あん? 籠城しねぇのか?」
「忍ばせた密偵によりますと、籠城する際に必要な食料等の備蓄もなく、また殿下のお力の前では大きな城壁も意味を為さないという事です」
「天使とやらは馬鹿なのか?」
「……神官は従軍していないとはいえ、お控えください」
「ふん、まぁいい」
どのみち壁の外に出て来たんなら話は早いと、そのままぶつかり合えばほぼ民兵のみの反乱軍と職業軍人のみで構成された正規軍では基本的に後者の方が圧倒的に強い。
元々自国民を相手にちぃと能力を使うつもりは無かったが、相手が勝手に恐れて穴蔵から出て来る分には手間が省けて助かるとギルベルトは全軍に出撃準備を命じた。
「姉貴はどうする?」
「ギルちゃんの傍が一番安全だから近くに居るよ」
「そうか、ならいい……親父の力は使うなよ?」
「緊急時以外は使わないから安心して」
「なら行くか」
そう言うや否やギルベルトはルゥールーの腰に腕を回し、まるで荷物のように持ち上げた。
「……ギルちゃん、これはなに?」
「姉貴は歩くのが遅いからな」
「ぐっ、それは……でも……くっ……」
いつもなら身長やら育ちが遅い事に言及されると怒ってしまうが、今はそんな事でいちいちキレている場合ではないし、ギルベルトは至って真面目に周囲の軍勢と足並みを揃える事を重視しているだけなのが分かるため、ルゥールーは言いたい事を全て呑み込んだ。
彼女はいつか自分も高身長ナイスバディの素敵なお姉さんになる夢を諦めてはいないが、今はまだ成長途中なだけだから仕方ないのたと自分に言い聞かせていた。
「? なんか騒がしいな……」
ギルベルト達に用意されていた天幕から出て、そのまま軍が整列し始めている場所へと側近達を伴って移動しようとしたところで、軍勢の方からどよめきの声が上がった。
それからざわめきは段々と大きくなり、遂には各指揮官の怒号や悲鳴まで聞こえるようになってきたのだ。
「予想外の伏兵でも居て奇襲でも受けたか?」
「周囲に大軍が隠れられる場所はございませんし、少数の工作部隊が潜んでいないか見回りを強化しておりますので可能性は低いかと」
「じゃあ、あの騒ぎはなんだ」
「そろそろ緊急時の伝令が来る頃かと――来たようですね」
側近の一人とやり取りをしているうちに、軍勢の方から一人の伝令が馬で駆けて来るのが見えた。
「ほ、報告! 反乱軍の前線に三人のアルトゥール様が!」
その場で報告を聞いていた者たちは一瞬何を言われたのか理解が出来なかった。
「……はぁ?」
「え? なに? 三人のアルトゥールさん?」
三人のアルトゥールに奇襲され、前線が混乱しているという報告がなされるがギルベルトにも意味が分からず困惑するしかない。
確かに皇国最強の騎士が三人も居て、それらが急に襲ってくれば前線は混乱するだろう事は分かるが、何故奴が三人に増えてるのかが分からなかった。
「これも天使の権能か?」
「その可能性はあるけど、そういう祝祷術じゃない?」
「なんか知ってるのか?」
「うーんとね、確か私のお母さんが複数人のダイナさんに追い掛けられた事があるって話してた記憶がある」
分身してエルフの姫君を追い掛けるとか先代聖女は何をしてんだという言葉を呑み込み、ギルベルトは「だったらシルヴィに詳細を聞けねぇか」と尋ねる。
「お城の中にも私の子ども達を置けたら自由に連絡が出来たんだけどねぇ〜、シルヴィちゃん達が自発的に皇都の周囲に置いた子に話し掛けてくれないとこっちから連絡は取れないかな」
「花束や鉢植えじゃダメなのか」
「ちゃんと生きてないとダメだし、間接的にでも私と繋がってないとだから地に根を張ってないと難しいかな……お城の庭とかに植えるのは許可が出なかったし」
「面倒だな」
「そうだね――と、話してたらシルヴィちゃんから連絡が来た」
その言葉にギルベルトは眉を顰めた。連絡が取りたいと話していたところなので都合はいいが、先ほどコチラから連絡を取るのは難しいと教えられたところ。
つまるところ相手から連絡が来るのを待つしかなく、そして相手から連絡をして来るという事は向こうでも何か問題が起きた可能性があると気付いたからだ。
『お姉ちゃん、聞こえる?』
地面に手を付き、ルゥールーがその場に生やした小さな芽から澄んだ声が発せられる。
そのあまりにも危機感の無さそうな声の調子に、もしや大した理由もなく連絡して来たのではないかという疑惑が生まれた。
「聞こえるよ〜」
あの妹の事だからこっちが忙しいのにも拘わらず何となくで連絡して来てもおかしくはない、いやその可能性の方が高いと気付いたルゥールーも気の抜けた返事をする。
前線では部下の兵士達がやられているといのに、うちの女共は……とギルベルトが苛立ちつつも、相手の情報を得られるかも知れないと自分に我慢を言い聞かせていた時の事だった。
『お城が落ちちゃった』
「ごめん、なんて?」
落ちちゃった(はぁと)




