65.聲
シルヴィと優希の二人は貴族令嬢らしい、とても綺麗な格好をしています。
――誰か助けてくれ……
「……え?」
突然耳に届いた声に優希は顔を上げる。
「どうしたの?」
「なんか、声が……」
肩越しに振り返るシルヴィに返事をしつつも、気を張り詰めていたせいで幻聴でも聞こえてしまったのかも知れないと優希は気を取り直す。
――こんな筈じゃなかった、誰か……
「! やっぱり聞こえる!」
「ユウキ?」
その場で目を瞑り、そっと耳をすませば確かに聞こえてくる。
何かを悔やんでいるような、どうにもならない現実に心を折られたような、そんな悲痛な男性の叫びが。
「誰かが助けを求めてる」
「……人の気配はない」
「シルヴィちゃんには聞こえない?」
「聞こえない」
シルヴィと優希は二人で顔を見合わせて首を傾げた。
結局のところ優希以外には聞こえないし、シルヴィが気配を探れる範囲に居ない、もしくは気配を察知されない隠形を使っているような相手を助ける事は難しい。
皇都から脱出する途中で助けが必要そうな人が居たら手を差し伸べる事に決め、二人は周囲の音に耳をそばたて、人が居ないかより注視しながら歩を進める。
【――どうして人の世で、天使や悪魔が跳梁跋扈しているのだろう】
助けを求める男性の声に混じり、老若男女が同時に発話したような声が優希の脳内で響き渡った。
「……っ」
胸の底から不安と嫌悪と無力感を掻き立てる声に、知らず知らずのうちに前を歩くシルヴィの袖を掴んだ。
「ユウキ? 大丈夫?」
「……う、うん、大丈夫だよ」
気味の悪い声すらシルヴィに聞こえていなさそうだと察して、優希は困った顔をする。
普通こういった不思議な現象とか、人間以外の声を聞くならシルヴィちゃんじゃないのかなぁと思ったからだ。
幻聴というにはハッキリと、そして断続的に聞こえ過ぎている。いったい誰が自分に語り掛けているのか、なぜ軟弱な自分に対して語り掛けるのかが優希には分からなかった。
【――■■はいったい何処に居る?】
その言葉を最後に、助けを求める声は城から離れていく毎に段々と小さく、聞き取りづらくなっていく。
「……もしかしたら、堕天使からの攻撃かも?」
「なるほど、私達を探してるのかも知れないね」
だったらシルヴィちゃんじゃなくて、ひ弱な私を狙った方が成功率は高いだろうと優希はひとまず納得した。
「……、」
納得はしたが、優希の胸には無視できない違和感が残り続けた。
「人が居なさ過ぎて目立ちそうだね」
「みたい」
皇城を囲む城壁の外へと何とか出られたのは良いものの、城の周囲に広がるのは貴族街である。
貴族は全員が馬車や馬を使い、徒歩で移動する者は下働き以外は存在しない。
そうでなくとも城の異変を薄々と察知し始めた貴族が多いのか、邸宅に閉じ篭っていて人通り自体が皆無に近かった。
「そのままの格好で来ちゃったからなぁ」
「動きづらい」
「それもあるね」
城内で過ごしていたシルヴィ達は、きちんと淑女に相応しい服装をさせられていた。
そのため彼女達をはたから見たら皇族や、それに連なる大貴族の令嬢としか思えず、そんな令嬢達が馬車に乗らず共も付けずに徒歩で移動するなど不審極まりない。
シルヴィはいざという時の動きやすさに思考が偏っているようだが、優希は何処かで着替えないと貴族街を抜けたら更に目立ちそうだと予想する。
「とりあえず貴族街はさっさと駆け抜けよう」
「バレるかも」
「図書館にあった街の見取り図を思い出す限り、貴族街は升目状にきっちり管理されてるから裏道とか無いんだよ。だから多少目立っても良いから駆け抜けた方が良いかも」
「わかった」
――か、僕を……
未だに微かに聞こえる声を頭痛と共に振り払い、優希はシルヴィに置いて行かれないようにスカートの裾を持つ。
周囲に声の主が居ない事はこれまでの道程で散々確認を取ったし、シルヴィちゃんにもこれ以上の心配をかけられないと努めて聞こえないふりをする。
そんな優希の様子に気付きながらも、自分に心配かけまいと振る舞う彼女の意を汲みシルヴィはただ黙って、早く声が聞こえなくなる距離まで先導する事に集中した。
「むっ! そこの二人! 止まれ!」
「ユウキ、光」
【――光を】
「ぐおっ!?」
貴族街を巡回していたらしい騎士に見付かり、咄嗟に優希はシルヴィの指示通りに祝祷術を行った。
これまでの訓練により、指向性を持たせる事が出来るになった光は狙いを外さず、騎士達の目元を照射した。
「ひぅっ!?」
直後にシルヴィは優希を両腕に抱え、そのまま高く跳躍して誰かの邸宅の上に着地する。
「こ、怖かった……」
「ユウキ、祈りが上手くなってた」
「え? う、うん……ありがとう……」
突然の高所に未だにバクバクする心臓を抑えながらも、確かにシルヴィに指示されて即座に祈り、祝祷術を発動できる様になっているのは進歩だなと優希は少しばかり頬を緩めた。
しかし気が緩んだのも束の間――シルヴィは当然のように「丁度いい、このまま上を走る」などと言い出した。
「え?」
「そっちの方が速い、捕まってて」
「あ、あぁ……」
優希は軽く絶望した……結局こうなっちゃうのかと。
優希ちゃんも早く自分の足で跳び回れる超人になるんだ!




