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シルヴィ・ハートは魔王の子である。認知は多分されていない  作者: たけのこ
皇国政変編

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61.無能皇子

カルステッド視点


【――さぁ、カルステッド様も決断なされよ】


 得意げな顔でそう嘯く天使の事を忌々しいと思っていても、今のカルステッドには頭を抱えて俯く事しか出来なかった。

 何故なら原因は自分にあると、自分が銀色の少女に面と向かって拒絶されショックを受けた勢いのまま、不用意に世間に混乱を齎す情報を漏らしてしまったからだと理解しているからだ。

 昔から自分はそうだ。能力も高くなければ要領も良くない。真の友や臣下と呼べる存在は居らず、ただ自分の立場に付随する権威のおこぼれを狙っておべっかを使う小物か、自分を都合のいい駒として操ろうとする大人ばかりに囲まれていたと。


【皇子の齎した混乱のお陰でワタシの権能もすこぶる調子がイイ……アナタのお陰で多くの民衆が不安を抱き、救いを求めた】


 こんな筈ではなかったと苦悩する自分へ言葉で追い討ちをかけるこの天使も、気が付けば傍に居て、制御も出来ないままここまで来た。

 自分で追い出す力も無いクセに弟に助けを求めるのもプライドが許さかなった。

 そもそも自分が皇位を得ようとしているのに、競争相手に助けを求めた時点で敗北だと考えていた。

 カルステッドに天使を共通の敵として定め、自分の経歴に傷を付ける事なく、相手の力を利用し、功績を山分けして貸し借りを無しにする様な器用な立ち回りなど出来ない。


「お前が洗脳し、支配しただけだろ……」


【いいえ? ワタシの権能は〝慰撫〟――洗脳や支配は本質ではありません】


「何が違うんだ」


【ワタシの権能は道に迷い、救いを求める人々へそっと道を指し示すこと……ワタシの胸に抱かれた者は視野が狭まり、示された唯一の解に向かって自らの意思で全力でひた走る】


「だからこの反乱騒ぎか?」


 古都コーポディアを始めとして、今では皇国の中央部を中心にいたるところで『魔王から聖女様をお救いするため』という名目で武装蜂起が起きている。

 武装蜂起が起きた場所とは、即ちシルヴィが魔王と聖女の娘かもしれないという情報が渡った地域だった。

 英雄が魔王になり、相次いで聖女が行方を晦ました大事件は未だに民衆の心に深い傷と恐怖を遺している。


【反乱などとんでもない。あれらは聖女様をお救いせんと立ち上がった有志達ですよ? 先代聖女ダイナ・ハートが魔王に奪われた事を直視したくない、先代聖女の代わりになる新たな聖女をまた魔王の血に奪われたくない、そうした恐怖に怯える民衆の心をそっと〝慰撫〟しただけです】


「そんな事をして何になる!? 俺の故郷を荒らして何がしたい……!?」


【いえいえ、ただ私はカルステッド様のお手伝いをしたいだけですよ】


「確かに俺は玉座を望んだ! だが同じ国の者同士を争わせたい訳じゃない!」


【ですが、この状況を招いたのはカルステッド様ですよ?】


「……っ、俺のせいだとでも……!」


【だってそうじゃないですか――】


 悔しげに顔を歪めるカルステッドの前で、緩慢な動作でゆっくりと王冠を象った駒を執務机の上の地図に乗せる。


【皇太子不在の城内を完全には掌握できず――】


 妖精を象った駒を大樹海の場所に置く。


【大樹海の攻略も、ルゥールー様の確保も出来ないまま時間切れ――】


 そうして次は聖職者の駒を手に取る。


【ギルベルト様よりも先に接触し、目を付けておきながらシルヴィ様に逃げられ――】


 王冠を象った駒をまた持ち上げる。


【それでも玉座を諦められない――】


 カルステッドの目前で集めた駒を片手で握り潰しながら、そっと耳元で囁く。


【――いったいどれだけ失敗すれば気が済むのですか?】


 アナタは昔からそうだ、いつもそう……最初の失敗を思い出してご覧なさい――目元を隠され、心の深い部分まで届くその言葉にカルステッドの過去が強制的に呼び起こされる。

 嫌だ、やめろ、お願いだから……そんな懇願を無視して天使は彼の柔らかい傷を掘り起こす――




 僕が躓く様になったのは何時からだろう――幼い頃は毎日が楽しかった。周囲の人間から本物の愛情を注がれ、何をしても褒められていた気がする。

 皇王の孫なのだから、いずれ僕が国を継ぐのだと誰もが言っていた。

 いずれお前が継ぐ国を、街を、土地を見なさいと幼いうちはよく連れ回されていたのを覚えている。


『お父様、あの子達はどうしたのですか?』


『ん? ……あぁ、あれらは税を納めぬグズ共、お前の視界に入れるべきではない存在だ』


 視界の端に映り込んだ浮浪児たちがどうしても気になり、僕は興味本位でお父様に尋ねた。

 途端にお父様は不機嫌になり、僕の軽率な質問のせいであの子達は警備の兵士によって追い払われ、警備責任者はそれ以来姿を見せなくなった。

 自分よりも小さな子ども達が蔑ろにされ、大人達からも粗末に扱われる光景は僕の心の部分に根付いて離れない。

 いずれ僕が継ぐ国に住まう者ならば、あの子達の事も助けたい……そうは思ってもお父様が怒るので口には出せなかった。


『今日からお前の弟になるギルベルトだ』


 だから新しくできた家族を代わりに、少し早い予行演習だと思って庇護した。

 特にお父様は常日頃から『なぜ父上は私ではなく、あんな素性不明の男をッ!!』と、そう怒鳴って家の者や調度品にあたる事が度々あったからだ。

 当時はよく分からなかったが、皇王であるお祖父様はお父様ではなく、娘を嫁がせたギルベルトの本当の父親に国を導いて欲しいと考えていたこと、それを不満に思いつつも『次期皇王の父親にはなれるかも知れない』という理由で両親を失ったギルベルトは我が家に引き取られたらしい。

 そのせいでみんな家の主であるお父様の機嫌を損ねまいと周囲の者達は殊更僕の事を次期皇王だと持ち上げ、そしてあからさまにギルベルトを冷遇した。


『うっ、うぅ……お父様……お母様……お姉様……』


 魔王の子でもあったギルベルトには何処に居ても、家の中でさえ安心して過ごせる場所はなかった。

 一人で膝を抱え、誰も通らないような馬小屋の裏で泣くギルベルトはいつの日かの浮浪児達と重なって見えた。

 あれは――いずれ国を継ぐ僕が庇護するべき存在ではないかと。


『何を泣いているんだ?』


『――っ!?』


『お前は僕の――いや、俺の弟で皇室男児だろ? だったら泣いてはダメだ!』


『え……?』


『さぁ、立て! お前はぼ、俺が守ってやる!』


 あぁ、そうだ、この日からだ……一人称も改め、自分に出来る精一杯の方法でギルベルトに誇れる兄に成ろうとより一層の努力を自分に課したのは。

 エルフの姫君で、ギルベルトと父親が同じらしい姉には負けないように、会う事が難しくなったルゥ姉様とやらよりも尊敬して貰えるようにと。


『まぁ! ギルベルト様は賢くていらっしゃいますね!』


『ほほう、ギルベルト様は筋がよろしい』


 でもそんな努力が実を結ぶ事は決してなかった。

 時が経ち、ギルベルトにも教師が付けられるとあの子は見る見るうちに才覚を発揮しだした。

 僕が何度も間違えるような問題を一発で解き、僕が何年やっても覚えない剣術の型をすぐに覚え、礼儀作法や社交だってそつなくこなす。


『……』


 何時からか、お父様も家の使用人もギルばかりを構って僕を視界に入れなくなった。


『あれ、おかしいな……』


 僕はよく躓く様になった。


『流石はカルステッド様ですな、成績優秀でいらっしゃる』


 付けられる教師もおべんちゃらばかりで、本当に優秀な者は全てギルベルトに付けられるようになった。

 僕がどれだけ努力しても弟に追い付けず、ならばと自分に向いた物が何か無いか探し、やっと人よりも上手く出来ると思ったピアノもギルが披露した『異世界の音楽』ばかりに注目が集まる。


『余計な事はしてくれるな』


 頑張って認めて貰おう、お父様に僕の事を思い出して貰おう――そう思って空回った結果、僕は一つの大事な取り引きを台無しにしてしまった。

 久しぶりに僕を視界に入れたお父様の目は侮蔑と怒りに満ちていて、罰として背中を鞭で十回叩かれた。

 その日の晩から暫く、僕は背中が触れないようにうつ伏せで寝るしかなかった。


『……あの子達は……その子も……』


 気分を入れ替えようと皇都内を馬車で走り、視界の端に入った浮浪児……大人にこき使われ、鞭で叩かれながら重労働をする貧民の子らを見て、いつしか彼らと重なるのはギルベルトではなく自分だと気付いた。

 大人から庇護されず、蔑ろにされ、最低限の物だけを与えて飼い殺されるその姿は、それ以外を許されない能無しは自分だと。


『僕が、僕の……僕がこの国を継ぐんだ……僕なんだ……』


 ギルベルトが人望を集め、彼を称賛する声を耳にする度に胸の内にドロドロとした感情が吹き出てくる。

 自分の周囲に居た筈の護衛や従者に囲まれている彼の姿を見る度に、そこは自分の場所だと叫びたくなる。

 一人、また一人と僕の傍から離れ、一人、また一人とろくでもない奴らが集まって来る度に自分の身の丈を突き付けられている様な気がしてジワジワと目頭が熱くなる。


『僕はその器ではなかった……それだけだ……だから仕方ないんだ!!』


 一度は諦めかけた。惨めな思いをし続けるくらいならば、いっそ素直に負けを認めればどうかと。

 けれど、それは出来なかった――


(オレ)は魔王の子を、自分のきょうだい達を集めていずれ世界を一つにする』


『何を、言っている……?』


『兄貴も手伝ってくれ、今の魔王に対抗するには強き国にしなければならない。他の国々が要らないって言うなら、魔王の子は我が国が貰い受ける』


 そんな事を許容できる筈がなかった。自分よりも遥かに優秀なギルベルトが、何の考えもなくそんな事を口にするとは思えなかった。

 けれど、それでも、ギルベルトの目指す強き国に、僕のような無能の居場所はあるのか?

 強さを追い求め、他国から危険視されるような国に……あの子達が笑って暮らせるような未来があるのか?


『……何を言っている? この国の次期皇王はこの俺だ』


『兄貴?』


『断じてお前などではないッ!! お前では!! この俺が継ぐべき国だッ!!』


 相変わらずの無能だった。内心はどうあれ、ここで明確に敵対するべきではなかった。

 獅子身中の虫として立ち回るなり、皇兄の立場からギルベルトの過激な政策を遅らせるなり、出来る事は沢山あった筈だ。

 湧き出す感情に突き動かされるまま決裂したせいで、僕は他の大貴族が振り回す軽い旗になるしか道は無くなったのだから。


『ギルベルトの政策を採用する』

『討伐軍の将をギルベルトに一任する』

『ギルベルト、何か意見はないか?』


 ギルベルトばかり、ギルベルトばかりが頼られる……僕だってお祖父様のすぐ近くに居るのに。


『カルステッド、其方はギルベルトのスペアであり、皇族を増やす役割しか期待していない』


 だから余計な対抗心を燃やすなと御前会議で釘を刺された事もある。

 無能に厳しいのも、僕に向ける視線もお父様とそっくりだった。

 この国は上から下まで、弱者や無能に対して酷く厳しい。




【可哀想なカルステッド様――大丈夫ですよ、このワタシがアナタを皇位へと就かせてあげます】


 痛む胸を抑え、涙を流すカルステッドの目からは羽毛が溢れていた。

『皇国政変編.38.断じて誰にも渡すつもりはない』で周囲に居た護衛や従者は一人残らずギルベルトの部下になっています。

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― 新着の感想 ―
カルステッドくんめっちゃ推せる。 自分の弱さや無能さを自覚してて、自分よりも相手が圧倒的に優れてると気づいてて、それでもなお諦めきれず、勝てないと分かってても自滅だとしても足掻いてしまうところがとても…
[気になる点] 目から羽毛!? これは悪魔化とかそういう事なんだろうか??
[一言] ああ、あの言葉って周りに聞かせたくて聞かせたんじゃなくて漏れ出た物だったのか
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