6.小さな勇気
優希ちゃんパート
「……どうしよう」
情けない、私はなんて情けないのだろう……自分とそう歳も変わらないだろうシルヴィに慰められ、あまつさえ彼女を囮に逃げるしかない状況に優希は涙する。
鉛の様に重い足取りで、シルヴィが放った魔法の光に先導されるがままに夜闇の木々を掻き分けて進むも、その速度はとても速いとは言えなかった。
自分はこんな惨めな気持ちになる為に今まで勉強して来たのか? 訳も分からず牢屋に入れられてしまったのはシルヴィちゃんだって同じな筈なのに――そう、思考がグルグルと回る。
「私、は……私は……」
優希には迷いがあった――シルヴィが掛けてくれた魔法のお陰なのか、小さな光が夜闇を先導してくれて逃げられるというのに、彼女を置いて自分だけ助かっても良いのかという迷いから足がなかなか前へと進まない。
逃げるなら逃げる、助けたいなら助ける……どっち付かずのままでは彼女の献身が無駄になってしまうというのに。
――それでもやはり怖かった。
現代日本で一般的な、暖かな家庭で育った優希はそもそも他人と争うという事自体が縁遠かった。
文化も文明も、人種も暮らしも何もかもが違うと一目で分かる見知らぬ場所で、見知らぬ成人男性に暴力に晒されて、優希は怖気付いてしまっていた。
そもそも何故こんな場所に居るのかもさっぱり分からなかった。
「お家に帰りたいよ……どうやったら帰れるの……」
誰か正解を教えて欲しい、今の状況を正確に教えて欲しい、困っている私を助けて欲しい――
『そうか、優希は弁護士になりたいのか』
――脳裏に思い浮かぶ優しげな父の顔。
『うん、困ってる人を助けるお父さんみたいな弁護士に成りたい!』
……ふと、唐突に幼い頃のやり取りを思い出した。
「……」
今ここで逃げてはダメな気がする。初対面で泣きじゃくる自分を慰めてくれて、そして囮になってまで逃がそうとしてくれた女の子を見捨てたら、自分はもう立ち直れないかも知れない。
そんな確信にも似た予感が優希の胸を占め、彼女の足を止めさせる。
「あれ、は……」
その時ふと優希は気付く――山の麓にナニカが大勢ひしめいている事に。
【……】
先ほどまで道を先導していた光は、優希に警告するかの様に頭上をゆっくりと回っている。
シルヴィが放ったこの光の影響なのかどうなのかは分からないが、優希は直感であれらが人ならざるものもので害ある存在だと確信する。
そんな人外の群れが真っ直ぐに、先ほどまで自分が捕らえられていた村の方へと登って来るのが確認できた。
「……シルヴィちゃん」
後ろを振り返る。
夜の闇に塗り潰された木々の隙間から村を照らす明るい光が、成人男性の怒号が響き渡ってくる。
激しい怒りに突き動かされるがままに吐き出された様な罵倒と、何かを打ち付ける様な鈍い音が優希の耳に滑り込んで来る。
「――助けなきゃ」
気が付けば優希の足は村の方へと向いていた。
そうだ、そうだよ……シルヴィちゃんは武器なんて持って居なかったし、私自身も彼女の細腕で剣なんて振るえる筈がないと考えていたじゃないかと、そんな女の子一人で怖い成人男性を複数も相手なんて出来る訳がないと。
「……ねぇ、私が進むべき道は何処?」
【……】
頭上の光は優希のその問い掛けに対し、迷いなく村のある場所へと導いた――その後を追う足取りに迷いは微塵もない。
「はぁ、はぁ……」
優希は運動が得意な訳ではない。部活動もせず、ずっと司法試験の勉強ばかりして来た彼女に山や森の中を歩くのは酷く重労働だった。
逃げる為に降りていた時も膝に来ていたが、立ち向かう為に登るのもまた普段使わない筋肉を酷使して腰に来る。
頭上の灯火のお陰で何とか足下はかろうじて視認できるが、それでもふかふかの腐葉土と木の根に足を取られて歩きづらい。
制服も夏服だったせいか、生い茂る草木に肌が露出している部分を傷付けられる。
「まだ、まだ間に合う……」
少し息を整えるついでに後ろを振り返れば、まだ正体不明の群団は山村に向けて移動を開始したばかりだった。
あれらよりも早く村に戻り、シルヴィが騙し取られたらしい剣を取り戻し、そして危機を伝えて彼女と共に逃げるのが優希の狙いである。
「ひっ! ……あっ、虫か……」
早く、早く……時折耳に届いてくる野獣の唸り声や、顔の近くを飛ぶ虫の羽音に怯え、目に涙を溜めつつも小さな勇気を振り絞って彼女は村に辿り着く。
「はぁ、はぁ……シルヴィちゃんの剣……何処だろ……」
荒くなった呼吸を落ち着け、村の外周に一番近い家屋の背後に隠れつつ夜空に浮かぶ光球を頼りに村全体を覗き見る。
「うひゃっ?!」
その瞬間である――腹の底に響く様な一際激しい爆発音が周辺の大地を揺らす。
「ば、爆撃?! 爆弾?!」
そんな大層な物を所持している雰囲気は無かったが、優希には剣や拳のみでここまで大きな音を出せるとは俄には考えられなかった。
「い、急がないと……」
もうここまで引き返して来たなら最後までやり遂げるしかないと、優希は恐怖に涙をポロポロと零しながら姿勢を低くして村の中を歩く。
目的はシルヴィの剣の在り処……訳も分からず連れて来られ、そのまま牢屋に入れられてしまった彼女に村の地理など全く分からなかったが、何も言わずとも頭上の灯火が先導してくれる。
灯火が導く先にシルヴィの剣があるかは自信が無かったが、何も手掛かりが無い中で闇雲に探すよりはマシだった。
「待っててね、シルヴィちゃん――」
改めて気合いを入れ直し、優希は歩き出す。
自分の為に怖い大人に丸腰で挑んだ歳下の少女の為に。
小さな優希ちゃんが、小さな勇気を振り絞って……(涙ホロホロ)
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