54.決闘開始
なろうテンプレの決闘について調べてたらちょっと遅くなっちゃった()
「やぁやぁ、お久しぶりですなぁジェシカ殿」
聞き覚えのあるその言葉にジェシカは一瞬だけ顔を顰める。
声のした方へと顔を向ければ、そこにはゆっくりと彼女の方へと歩いて来る一人の男性が居た。
ジェシカはこの男――アルトゥールが嫌いだった。
彼は仮にも皇太子であるギルベルトを、ジェシカが敬愛して止まない主人を軽んじる態度を隠さない。
いつも軽薄な態度で居るのも気に入らないし、この国で最強の騎士という自らの名声を理解した上で反魔王派閥に属していると吹聴して回るのもジェシカが蛇蝎のごとく嫌う理由だった。
この国の最強の騎士が、純粋な人類の中で上澄みである彼が反魔王派閥の急先鋒であるというのは想像以上の影響力があった。
「そちら側の立会人はアルトゥール殿が?」
しかしだとしても、ジェシカは自らの私情を押し殺し親しい同僚に接するのと同じ態度で対応をする。
反魔王派閥の者に下手な隙は見せられない。自らの態度が原因で主人に迷惑は掛けられないからだ。
「えぇ、えぇ、そうなんですよ、ケルン侯から見届けて来いと言われましてね」
「そうでしたか、そちらも大変ですね」
ケルン候とは反魔王派閥の重鎮であり、十三家存在する選帝侯の一角である。
次の皇王を選ぶ選挙権を持った大貴族であり、皇室直轄領を除けばこの十三家の所領だけで皇国の領土の四割を占める。
皇国に存在する貴族家の総数が千と五十二である事を考えると、その領地の広大さと権力の大きさが分かるだろう。
中央集権化と王権の強化が進んだ現在のスペード皇国に於いて、必ずしも選挙結果が絶対視される訳でもなければ、現役の皇王によって推薦された皇太子という地位を彼らが無視出来る訳でもない。
しかしだからといって今現在もその権勢は強大であり、魔王軍による脅威が日々増す中で彼らの協力は必要不可欠である。
今現在選帝侯の中で皇太子派が五家、反魔王派と中立派がそれぞれ四家と拮抗している為、敵対派閥だからと軽く扱う事は絶対に出来ないという事情があった。
「ふふふっ、どうやら決闘相手は祝祷術の稀有な使い手のようで」
「それが、どうかされましたか?」
「いえ、いえ、皇太子殿下のお知り合いを疑う訳ではないんですが、コッソリ使われないかとアバルキン宮中伯が不安がってましてね? まぁ、私は聖女の護衛騎士に選ばれた事もありますのでそんな不正は見逃す筈もないんですけれど」
そう言うアルトゥールの目は薄く細められ、ジェシカの反応を少しも見逃すまいと観察しているかの様だった。
(なるほど、確認がしたいのだろうな)
ジェシカはアルトゥールがシルヴィの素性を探りに来たのだと察した。
アルトゥールは突如として失踪した先代聖女ダイナ・ハートの護衛騎士に選ばれた事もあり、彼女と直に接した経験のある数少ない人間の一人である。
おそらくは突如として現れた稀有な祝祷術の使い手でありながら、魔王の子と一緒に行動しているシルヴィと先代聖女の関係を疑っているのだろう。
(しかし実際のところはどうなのだ?)
ジェシカとて恐らく愛娘ではないかと考えているが、確証がある訳ではない。少なくともシルヴィ自身も魔王の子で自らの主人と血の繋がりがあるという事しか分からないのだ。
故にアルトゥールがジェシカの反応を観察している様に、ジェシカもまたシルヴィと対面した時のアルトゥールの反応を細かく観察する必要があった。
「ギルベルト殿下とカルステッド殿下も御観覧するのだ。そんな誰の目にも分かりやすい不正をする筈がない」
「えぇ、えぇ、だと良いのですけどね? ほら、祝祷術は極めるとただ祈るだけで奇跡を起こせますから」
「ハハハッ、そこまでの使い手ならば教会が放っておかないでしょうし、仮にそこまでの使い手だとしても尚さら約束事を破るような主に顔向け出来ない真似はしないでしょう」
「ハハハッ、その通りですね」
我々に気付かせない様に使っても分かるぞという警告に対し、お前の方こそ経歴を利用した不正のでっち上げをするなよという牽制。
表面上は和やか出ありながら、既にこの場には水面下で争いが起きていた。
「おや、両殿下が到着されたみたいですね」
皇城の敷地内に併設された闘技場――普段は騎士達の訓練に使われ、時折こうした決闘や騎士達の武勇を賭けた催しに使われる場所にざわめきが広がり、そして直ぐに収まる。
試合場を見下ろす形に造られた観覧席にまばらに座っていた非番の騎士や、暇なご婦人方が一斉席を立つ。
彼ら彼女らの視線の先には他の席から直接赴く事は出来ず、それでいて闘技場全体を見渡せる造りになっている皇室専用の空間へと注がれている。
そんな注目の中一歩踏み出したギルベルトが手を振り下ろす動作をすれば、ジェシカとアルトゥール以外のその場に居た全ての者たちが楽な姿勢で席に着く。
本来であればこのような決闘に一々皇族が観覧に来る事はない為何も事情を知らない者たちは驚きが冷めない様子だが、今回は両者それぞれの思惑があってこの場に足を運んでいる。
ギルベルトはそんな下々の反応をグルリと一通り確認してから自らも席に着く。
「決闘を行う両者をここへ!」
皇室専用の席でカルステッドと何かしらの会話をしている様子の主人を気にしつつ、代表してジェシカが場を取仕切るように声を張り上げる。
本来の騎士としての立場的にはアルトゥールでもおかしくはないが、彼は「私はこういった事は苦手なもんで」とヘラヘラ笑いながら辞退していた。
「ふんっ」
まず先に出て来たのは挑まれた側であるアバルキン宮中伯である。
彼は後ろに自らの侍従と私兵を引き連れてこの場に現れた。
その顔は不遜を装ってはいるが、思った以上に騒ぎが大きくなってしまった事に対する動揺を隠せていない。
彼はしきりに周囲を見回し、皇族が座る席を気にしていたかと思えばアルトゥールの姿を確認してさらに顔を青ざめさせた。
「失礼、アバルキン宮中伯、その後ろに居る方々は?」
「ふ、ふんっ! ルールの範囲内だ! 自らの持てる全力を出すまでよ!」
「……そうですか」
ジェシカは一瞬だけその目に侮蔑の色を宿したが、特になにかを言うでもなく直前になっての新しい参戦者を受け入れた。
自らの主人より予め『相手の卑劣な手は全て受け入れろ。シルヴィにはその上で全て叩き潰して貰う』と聞いていたからだ。
「来たなっ……!!」
と、そんなやり取りのすぐ後にシルヴィと優希が試合場に足を踏み入れる。
シルヴィは興味深そうにキョロキョロと周囲へ視線を飛ばしているが、アバルキン宮中伯により「その場に居たのだから」と決闘相手の一人に数えられてしまった優希の顔は今にも死にそうなほど青ざめていた。
ギルベルト等は「そこまでやる必要がアバルキン視点であるのか知らんが、足手まといを追加する事で勝率を上げたいんだろう」と言っていたが何の事はない。ただ単に当時混乱していた優希の追撃が腹に据えかねただけである。
「ダイナ様――」
そんな中で自らのすぐ隣りから漏れ出る呟きに「あぁ、これで確定か」とジェシカは心の隅で思う。
普段の飄々とした態度は鳴りを潜め、アルトゥールはその薄い目を限界まで見開いてシルヴィを凝視していた。
(やはり、このシルヴィという少女は――)
目の前で少し言葉を交わしただけでアバルキン宮中伯を怒らせ、優希を慌てさせているマイペースな少女を見据えながらジェシカは何処か諦観の混じった表情を浮かべる。
(魔王の落胤であり、聖女の娘か)
そんな存在が露見すればどうなるのか、嫌な予感にジェシカは胸をザワつかせた。
作品タイトルを『魔王の落胤、聖女の娘』にしようかどうか迷ってたんだよね。




