52.ゆうきは こんらんしている!
やっぱりなろうテンプレと言えば決闘イベントは外せないよね!
「何か面白いのあった?」
自らの兄と対面した日より数日後――王宮図書館で静かに本を読む事に飽きたのか、シルヴィは優希の髪の毛を弄りながらそう声を掛ける。
彼女は既に本を何処まで積み上げられるのか試したり、本棚の間を如何に早く駆け抜けられるかを行って司書からキツい注意を受けていた。
今も図書館司書のおばちゃんはシルヴィの事を警戒した目でじっと見ている。
「面白いもの……例えば、名誉に関する法律とか?」
「名誉?」
聞き返すシルヴィの腰に差された玉の飾りを指差しながら、優希は「これは文化や風俗と関わりの深い法律だね」と説明を始める。
「城に入る資格のある人がみんな腰にぶら下げてるこの玉の飾りは、その人の身分を表すと同時に剣の代わりでもあってね」
「ほうほう」
剣の代わりと聞いて、シルヴィは確かに自分の愛用の細剣を帯びる許可を得るのに数日は掛かったなと思い出す。
「相手の目の前でこの飾りを手で弄ぶって事は、剣の柄を爪で叩いたり、刀の鯉口を切ったりする事と同義で挑発行為になるんだよ」
「へぇ」
それを聞いてシルヴィは思わず「あ、やっべ」と思った。何故なら彼女は慣れない飾りが気になって、無意識の内に手で触れている事があるからだ。
基本的にシルヴィの周囲には事情を知っている者たちしか居ないが、彼女の事をよく知らない相手と顔を合わせる事もある。
優希に付き添って図書館に出向くだけでもすれ違う兵士や侍女は居るし、今もシルヴィを睨む司書だってそうだ。
そしてシルヴィは思い出す――司書に叱られている時も弄ってたな、と……シルヴィとしては神妙な顔で『図書館では走ったりしてはいけないのかぁ』と真剣に頷いていたつもりではあったが、相手からすれば真面目な顔で話を聞いているフリをして玉の飾りに触れてバッチバチに挑発してくるヤベェ奴である。
シルヴィは「そりゃあ今も睨まれるわ」と納得の表情で頷いた。
「で、この玉の飾りを抜いて向かい合った相手の足下に叩き付けると、決闘を申し込む事になるんだよ」
「決闘?」
「そう、お互いに名誉を掛けた一騎討ちが成立してしまうんだけど、ルールは申し込まれた側が決めるんだって」
そもそも玉の飾りを腰から抜き取る事自体が目前で武器を手に取るのと同じで明確な敵対行為である事は疑いようもないが、それを足下に叩き付ける事で『お前なんか素手で十分だよ』という強烈な煽り行為となる。
ここまでされて決闘を拒否して逃げ出すのは臆病者として謗られ不名誉となるし、自ら『お前なんか素手で十分だよ』と煽っておいて対等な条件を望むのも不名誉となってしまう。
そのため決闘は申し込まれた側が細かなルールを取り決める事となり、その不利を知っているからこそ、貴族達はわざと腰の玉飾りを手で弄んで煽り、相手から決闘を申し込ませようとする。
「まぁ、それ以前に死人が出る事もあるから誰もやりたがらないし、一度申し込まれたら逃げられないから……なんていうのかな、戦う気もないのに相手を挑発するだけの『俺は決闘も辞さないぞ』っていう勇猛アピールみたいな、喧嘩をする度胸もないのにガンを飛ばし合うチンピラみたいな感じ?」
「……よく分からない」
シルヴィには何故争うつもりがないのに、わざわざ相手を怒らせようとする必要があるのか、そしてそこまでしておきながら本当に喧嘩になるのは避けたいと思う気持ちが分からなかった。
要するに相手を挑発して失言を引き出そうとしたり、自分は臆病者ではないと示す貴族外交の手段の一つでしかないのだが、流石にそこまでは優希も分からず一緒になって「なんでだろうね」と首を傾げ合う。
「まぁ、基本的に本気にする人は今ではあまり居ないけど、他人の前で玉飾りを弄ったりするのは控えておこうね」
「わかった」
とりあえずシルヴィとしても不用意に他人と争うつもりもなく、また本物お兄ちゃんの邪魔になるかも知れないので気を付けようと心に誓った――その矢先の事である。
「――お前たちが魔に与する者か?」
唐突に掛けられた声にシルヴィはマイペースにゆっくりと、優希は驚き戸惑った表情で振り返る。
そこには貴族と思しき男性が、シルヴィ達を見下した表情で睥睨していた。彼の腰に差された玉飾りを見て、優希は即座に「役職なし、位は宮中伯……身分だけは高いが、実権はほぼ無し」と読み取る。
領地も持たず、俸禄や年金だけで生活しているような力の弱い貴族だとは思うが、見掛けの爵位だけは高く、また未だに宮中の勢力図を全て把握している訳ではない優希はあまり刺激しない方が良いと判断した。
「えっと、多分違うと思いますけど……」
「ふむ? あの小魔王に味方する者たちであろう?」
やんわりと争い事を回避しようとする姿勢を見せた優希に対して、宮中伯と見られる貴族男性は嘲笑する様にギルベルトの蔑称を使い、腰の玉飾りに手を伸ばした。
仮にもこの国の王太子であり、シルヴィの兄にあたる人物を侮辱し、さらにこの国においてかなり危ない挑発行為まで加わった事で優希に緊張が走る。
突然現れた宮中伯の意図など明白で、自分では到底手出し出来ない皇太子本人ではなく、いくら挑発してもその場では何もやり返せないであろう、皇太子の身内の少女達を挑発する事で自尊心を満たそうとする典型的な嫌がらせであると推測できた。
「!!」
そんな二人のやり取りのすぐ横でシルヴィはと云うと「さっき習ったやつだ!」と興奮に目を輝かせ、何を考えているのか分からない無表情でありながら親しい人物には分かる程度にソワソワと落ち着きを無くしていた。
そんな様子に気付いた優希が思わず二度見しながらシルヴィの袖を引き「わかってるよね!? さっき教えたもんね!?」と焦った表情で目で語り掛けるが、そんな彼女に対してシルヴィは心配するなとばかりに真剣な表情で頷いて見せた。
「どうした? やはりあの小魔王に脅されて――」
――パシーン!!
その音は静かな図書館に小気味よく響いた。
その音の発生源と思われる貴族男性の足下には『役職なし、皇族の縁者』を表す玉飾りが転がっている。
「『――』」
誰もが……優希や貴族男性、成り行きを見守っていた司書などの図書館に勤める全ての者たちが絶句する中でただ一人――シルヴィだけが何かを投げたような体勢から晴れやかな顔で上体を起こす。
そう、何を隠そう――図書館に響き渡った音の正体とは、シルヴィが何の躊躇もなく腰の玉飾りを貴族男性の足下に叩き付けた事で発生した物だったのだ。
まるで一仕事終えたかのように軽く息を吐き出しながら額の汗を拭う動作をするシルヴィに対し、ここでやっと我に返った優希と貴族男性が反応をする。
「な、ななな、な、なにやってるのぉー!!??」
「き、貴様ァ!! これが何を意味するのか分かっておるのかぁ!!」
あれだけ丁寧に説明したのに何をしてくれてるんだと錯乱した優希がシルヴィの肩を掴んで振り回し、出自も正体も不明な小娘に『その喧嘩買ってやるよ』と言わんばかりに、いっそ気持ち良いくらいの勢いで玉飾りを叩き付けられた貴族男性が茹でタコのように顔を真っ赤に染め上げる。
周囲で見守っていた図書館勤務の者たちなど、シルヴィの予想外の行動に「おいおい嘘だろ、イカれてやがるぜ……」と戦慄の表情を隠せない。
その場限りの屈辱を耐えてやり過ごし、後で自分達の主人に泣き付けばそれで済む物をまさかまさかの決闘の申し込みであり、自分達の常識が全く通用しないシルヴィに彼らはそっと距離を取る。
「大丈夫だよ――」
そんな混迷を極める場に、シルヴィの鈴が鳴るような声が響き渡る。
「――意味は理解している」
「余計にダメでしょうがぁ!!!!」
優希と貴族男性の、その両方の疑問に同時に回答したシルヴィであったが、優希をさらに追い詰め、貴族男性を絶句させる結果となった。
つまるところ、玉飾りを相手に叩き付ける意味を理解して行っているし、マジのマジで売られた喧嘩を買ってやっただけなのだと、そうシルヴィは答えたのだ。
「あのね? あのねシルヴィちゃん? あれはね、ただのアピールなの! 実際に決闘なんてする度胸はないけど、自分はお前なんかに臆さねぇぜっていう意地の張り合いなの!」
ゆうきは こんらんしている!
わけも わからず きぞくだんせいを ついげきした!
きぞくだんせいの ほほがひきつる!
「えっ、でも……その気もないのに、武器をチラつかせるのは……ちょっと、ダサい……よ?」
シルヴィは大真面目に、困ったような声で優希を上目遣いで見詰める。
「ダサいよ!? ダサいけどそういうものなの! あんなの気が済むまでやらせておけば良いんだよ!」
「ええい! 煩い煩い! いったいどれほど儂を侮辱すれば気が済むのだッ!!」
流石に我慢できなくなった宮中伯が地団駄を踏みながら怒声を上げ、シルヴィ……というより優希を思いっ切り睨み付けた。
「もう許さん! 覚悟しておれ! 絶対に後悔させてやるわッ!!」
最後にシルヴィから叩き付けられた玉飾りを勢いよく踏み付け、怒り冷めやらぬといった様子でその場から立ち去っていく貴族男性を見送り、シルヴィはボソッと一言だけ呟く――
「――ユウキ、流石に言い過ぎだよ」
――優希の血管がはち切れる音が響いた。
ちなみにシルヴィちゃんは大谷〇平ばりのフォームで玉飾りを叩き付けました()
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