50.兄と姉
ルゥールーの頬っぺはモチモチしててよく伸びるので触り心地が最高です。
「おぅおぅ、相変わらずお前の頬をよく伸びる――なんだ?」
ルゥールーの頬を引っ張るギルベルトへと、シルヴィは懐から取り出した魔道具を翳す。
――ピンポンピンポーン!
護衛騎士が止める間もなく行われたそれに周囲が息を呑み、一気に緊張が走る場に気が抜ける音が鳴り響く。
「……なんだ、そりゃ?」
「血縁者かどうか分かる魔道具」
「ほーん? で、結果は?」
「私のお兄ちゃん」
シルヴィは相変わらず何を考えているのか分からない無表情でありながら、心做しか瞳を輝かせて華やいだ雰囲気を醸し出す。
一度偽物を引いてしまったせいからか、もしくは一緒に行動した事があるからか、どちらにせよシルヴィにとって初めて出会った本物のお兄ちゃんである。
彼女はルゥールーに高い高いをした時のように、上がったテンションに釣られるように衝動に身を任せて両手を広げて見せる……さぁ、私の胸に飛び込んで来いと言わんばかりであった。
「……コイツもふざけた妹だってのは分かった」
「おぅう??」
シルヴィの招きを無視し、ギルベルトは彼女の頭を大きな手でガシガシの撫で回しながら溜め息を吐く。
「改めて我がギルベルトだ。お前らの兄だが、スペード皇国の皇太子で超偉い存在なので敬うように」
「私も姉でエルフの姫なんですけど?」
「知らん、引き篭ってるのが悪い」
まるで拗ねた子どもの様にそっぽを向き意地を張るギルベルトの様子を見て、シルヴィは「お兄ちゃんがお姉ちゃんに相手されなくていじけてるのか」と勝手に納得していた。
突然の事に優希は一人だけオロオロとしていたが、周囲のギルベルトの側近と見られる者たちは姉弟喧嘩に慣れているのか特に変わった様子はない。
彼らは姉弟喧嘩よりも突然何をしでかすのか分からないシルヴィの方に注意を向けていた。
先ほども自らの主人に正体不明の魔道具を翳すという暴挙を許してしまい、彼らはこれ以上の失態を重ねないよう内心ピリピリしていた。
「別に引き篭ってないし!」
「じゃあなんで我まで拒絶してやがったんだ!? あぁ!?」
ルゥールーの抗弁に対し、ギルベルトは我慢ならないとばかりに怒号を上げる。
その内容に痛いところを突かれたという顔をしたルゥールーはそっと目を逸らし、聞こえにくい小さな声でごにょごにょと弁明を試みる。
「べ、別に私が設定した訳じゃないし……」
事実として、ルゥールーは自らの能力を切り分けて同族でも扱える様にしていた。國を守る結界などの一部もそれに含まれる。
「じゃあなんで我まで入れなかったのか言ってみろよ」
ルゥールーは「えぇ、それを聞いちゃう?」と渋い顔をしながら、何とか時間稼ぎが出来ないか、何とか他の話題に逸らす事が出来ないか目を泳がせながら思案する。
そんな、自分の姉の都合が悪くなった時の癖を見てギルベルトの眦がドンドン吊り上がっていく。
「てめぇ」
「うっ、だって……聞いても怒らない?」
「怒るような内容なのかよ? だったら尚更聞かないとなぁ?」
「うわっ、墓穴掘った……」
ジリジリとルゥールーを部屋の隅へと追い詰め、ドンっと壁に手を付き全身で囲むように逃げ道を塞ぎ、冷や汗を流しながら顔を逸らす彼女をを見下ろす様に凄むギルベルト。
傍から見れば完全に幼女に絡む輩でしかなかったが、この場に彼を止められる者は居ない。
「えっ〜と、そのぉ……」
「早く言えよ」
ググッと顔を寄せられ、もうこれは逃げられないと悟ったのか、ルゥールーは観念した様に溜め息を吐いてから恐る恐る答えを口にする。
「だって、ギルちゃん國の皆から嫌われてるし……」
その問いへの答えはやけに響いた。部屋の中は小さな物音一つさえ立たない異様な静けさに包まれ、まるで唾を飲み込む事さえ許されない空気が漂う。
誰も身動きが取れず、ギルベルトの次のアクションを注視する中でシルヴィが動く――
「――さぁ、答えを聞こうか」
「うぇっ?!」
シルヴィは優希を壁際まで追い込み、両手で彼女を挟み込むように囲い込みながら顔を限界まで近付ける。
まだ成人していない少女が自分よりも背が高い女性を追い詰め、まるで言い寄っていかのような構図に、突然起きた出来事に周囲の者たちの理解が追い付かない。
シルヴィは何も考えていなかった。ただただ面白そうだったからお姉ちゃんとお兄ちゃんの真似をしてみたかっただけなのだ。
「さぁ、答えを……」
「な、ななにが?! なんの!?」
シルヴィの同性でさえ見惚れる魔性の美貌を間近で直視する事になり、衆目の中で歳下の少女に迫られているという状況も相まって優希の混乱が加速する。
「やめろ」
「あでっ」
そんな彼女を救ったのは意外な事にギルベルトだった。彼はシルヴィの頭頂部に拳骨を喰らわせ、彼女を優希から引き剥がした。
そのまま疲れたように息を吐き出し、口をへの字に曲げながら自らの椅子へとドカッと座り込む。
「もういい、エルフ共も我らと同じで政情が混乱していたって事で許しておいてやる」
「あはは、ありがとうね」
寂しい時、構って貰い時に行うギルベルトの小さい頃からの癖……への字に曲げられた口元を見ながら、ルゥールーは「寂しい思いさせちゃったなぁ」と微笑む。
「なんだその顔は気色悪い」
「んふふ、本当はそう思ってないクセに〜」
「うるせぇ黙れ」
蝿を払うような仕草で周囲から注がれる生暖かい視線を散らし、誤魔化す様に咳払いをする事で場の雰囲気を変えたギルベルトが口を開く。
「――この国に悪魔が潜んでいる」
な、なんだってー!?
ちなみにお気付きでしょうが、既に書き溜めは尽きております()
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