44.探してる
簡単な状況説明じゃよ!
「さて、途中で降りる前に着替えろ」
暫く進み、クラウヘンの街が見えなくなってきた頃にジェシカは三人に向かってそう促す。
馬車の荷台には修道女が地方の村で使う予定の物資以外にも、シルヴィ達に必要だからと用意された木箱が幾つかある。
その中の一つを手に取り、蓋を開けてみれば、中には皇国の一般的な衣服が入っていた。
「お前達の服装に問題がある訳ではないが、皇国の民から見れば一目で他国の者だと分かる。特にルゥールー様は外套で隠しても無駄です」
「うっ……」
「というより、その幼い見た目で外套を深く着込むのは訳ありとしか映りません」
「やっぱりそうですよね……」
ズバズバと正論で射抜かれルゥールーが自らの胸を両手で抑える。
彼女も薄々は気付いていた……街で通りかかる人々が自分の方を訝しげに見ていた事を、シルヴィを捜索する兵士達が特徴の一つとして『怪しい幼子を連れている』を挙げていた事も。
自分ではこれで十分だと思っていたが、これではギルベルトの『引きこもってるから云々』という言葉にも反論が出来ない。
「これが皇国の一般的な服ですか?」
「そうだ」
「やっぱりアジア系なんですね」
優希は用意されていた服をしげしげと眺め、エルフの國で貰った民族衣装や、シルヴィが所持している彼女の着替えを思い出してはその違いを記憶する。
こうして比べてみれば、なるほど確かに皇国の住民から見れば自分達は余所者だと直ぐに分かるだろうと納得もした。
優希は衣服に関する知識は他と比べて疎いが、それでも細かな差異が分からない程でもない。
「本来ならばギルベルト様の縁者にはもっと布が多く、装飾も多い物を用意したかったが……旅装ならばこれで我慢するしかあるまい」
ジェシカの口振りから察するに、皇族であるギルベルトの姉にあたるルゥールーにはもっと貴族が着るような物を用意したかったのだろうと優希は考える。
殆ど察してはいるだろうがシルヴィも一応は妹という事になるし、ギルベルトという人物に心酔しているらしいジェシカにとっては不満が残るのだろうと。
「着方が分からない」
「手伝おう」
物怖じしないシルヴィの言葉にジェシカが応え、彼女を手伝う様を見ながら優希とルゥールーも見様見真似で着替えていく。
「着替えながら聞け。この国の状況を簡単にだが説明してやる」
その言葉に三人は静かに耳を傾ける。
「事の発端はギルベルト様が遠征に行っている最中に皇王陛下が倒れた事にある」
それを隙だと思ったのか、それとも前々から計画していたのか……第三皇子カルステッドは自らの支持者と共に立太子を宣言し、皇王の代理人を名乗り大樹海への侵攻を命じた。
何故そんな事を唐突に行ったのか、何故自らの足場を固めきる前に大樹海への侵攻に踏み切ったのか、本人に聞かねば分からない事が多々あるとジェシカは語る。
「ただ一つだけ確かな事がある。それは――」
不可解な部分が多い、第三皇子が齎した今回の混乱ではあるが、唯一判明している事があるという。
「――カルステッド様の支持者は全て反魔王派だという事だ」
首を傾げるシルヴィ、何となくの予想を付ける優希、全てを察するルゥールー……三者三様の反応を見てジェシカは補足する。
「反魔王派とは、近年世界的に支持を広めている思想でな……簡単に言えば魔王討伐の英雄の、現在の魔王の子孫を排斥しようとするモノだ」
魔王への恐怖から、英雄が魔王となりその好感情が反転して、物事の判断が付かない幼子が未知の異能を振るう事に対する実害から、その他理由は様々だが人々は魔王の血を畏れている。
「そしてギルベルト様が掲げる政策の中で最も特異な物が――皇国に魔王の子を集めるというもの」
世界的に排斥の流れが生まれている魔王の子を、常日頃から世界征服を公言して憚らない皇太子が自国に集めようとしている。
自分の国に魔王の子が集められるのを厭う者達だけでなく、危機感を覚えた他国の介入もあると見て良いと。
「何故ギルベルト様が魔王の子を集めて世界征服、などという事を公言しているのかは……私にもその心内を推し量る事は出来ん。ただ少なくとも皇王陛下はギルベルト様を皇太子に指名したし、ギルベルト様を支持する者達もまた多い」
この不安定な世界情勢にあって常に先頭に立って外敵を討ち滅ぼしてきた実績と、その分かりやすい人柄、どんなに身分や経歴が怪しくとも有能とみれば自ら赴き勧誘する柔軟さなど、皇太子として、未来の皇王としてこの国を引っ張っていく大きな器がギルベルト様にはあるとジェシカの語りに熱が入る。
だからこそ、遠征から帰るや否やカルステッド様の横暴を止める事が出来たのだと、今現在も相手派閥を牽制し、国が割れる事を水面下で防いでおられるのだと。
「大変そう」
「大変そう……まぁ、うん、そうだな」
シルヴィのあんまりな物言いに興が削がれたのか、心做しか少し落ち込んだ様子でジェシカは口の中をモゴモゴさせる。
「まぁ、その、なんだ……つまるところ、ルゥールー様達にはギルベルト様のお手伝いをして欲しいのだ」
「それは別に構いませんけど、お手伝いとは?」
家族の味方をするのは当然だとばかりにルゥールーが応えれば、シルヴィと優希もことの成り行きを見守る姿勢に入る。
「簡単な事です――ギルベルト様が安心して魔王討伐の旅に出られる様に、カルステッド様の背後でふんぞり返る能無し貴族共を排除する手助けをして欲しいのです」
その返ってきた答えに思わずシルヴィと優希は顔を見合わせる……何だか魔王討伐の旅に誘うどころではなさそうな状況だったのに、蓋を開けてみれば本人が旅に乗り気だという。
暫くは国を離れられないだろうし、下手すると自分達も長い期間拘束されかねないと思っていたところでこれだ。
問題さえ解決すれば戦力が、味方となる国が増えてリターンは大きい。排除するのを手伝えなんて言うからには、既にその段取りは付けてあるのだろう。
なんというか、優希にはシルヴィの兄に上手く転がされている気がしてならない。しかし早く問題が解決するのならそれに越した事はない。
「どうする? シルヴィちゃん達の意見も聞こうか」
「別にいいよ」
「私も構いません」
「だって」
「感謝します」
「さて、ここまで良い」
「シルヴィ様を宜しくお願いいたしますね」
「……あぁ、任せろ」
分岐路の前で馬車を停め、御者席に座る修道女とジェシカがやり取りしている。
それらのすぐ横ではシルヴィがくるくる回っては自分の服におかしな所はないか確認し、それが終われば今度は優希やルゥールーの周囲をくるくると回って顎に手を当てながら観察を始める。
何も分かっていないのにも拘わらず、これみよがしに「ほうほう」「なるほど……」などと言ってみせるシルヴィに観察される二人は呆れ顔だった。
「……どうやら教会の者はルゥールー様や私よりも、シルヴィの方を気にかけているらしいな」
通り過ぎて行く馬車を見送りながら、ジェシカが小さく漏らした声に優希が反応する。
「なにか、不味いことでもあるんですか?」
「いや、不可解なだけだ」
魔王の子であり、エルフの姫君とも言えるルゥールーや、この国の皇太子直属の騎士である自分よりも優先されているように……いや、シルヴィだけが特別扱いされている様に見えると。
そしてその理由が全く分からないと、魔王の子かも知れないというだけではないだろうとジェシカは答える。
「気を付けた方が良いですか?」
「そうだな、理由が判明するまでは完全に心を開くのは止めておいた方が賢いだろう」
「分かりました、気を付けます」
神妙な顔をした優希の顔を見下ろし、ジェシカは「この娘は気苦労が絶えないだろうな」と半ば失礼な事を考えていた。
「それでは進むぞ。多少回り道になるが、カルステッド様の支持者の領地などを迂回しながら進み、我らの軍との合流地点まで向かう。最終目的地は皇都だ。土地勘のある私が先導するので何かあれば遠慮なく言うように」
「わかった」
「了解です」
「分かりました」
こうしてジェシカの先導のもと、三人は皇都への道のりを歩み出した――
「……それは何をしているのだ?」
「マイナスイオンを探してる」
「……そうか」
――シルヴィの奇行に出鼻を挫かれながら。
マイナスイオンは何処ですか?私、探してるんです……
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