42.情勢不安
街に着いていきなり困ったぞ!
「どうしよう……」
「どうしましょうね……」
「困ったね」
交易都市『クラウヘン』の一般的な宿の一室で黄昏れる少女が三人居た。
より正確に言うならば一人の見た目は幼女であるし、黒銀の長髪を持つ少女は本当に困っているのかどうか分からない無表情ではあるが。
それでもこうして少女達が宿の一室に籠るなり、こうして頭を抱えているのには理由がある。
「まさか、皇国で内戦が起きそうだなんて……」
「ちょっと想定外と言いますか、以前に居た時はそんな雰囲気は欠片も無かった気がします」
三人が大樹海を抜けて『クラウヘン』に着いた時その物々しい雰囲気に違和感を覚えつつも「まぁ、休戦中だしな」と大して気にも留めなかったが、三人のその何処か危機感の薄い言動を心配した親切な人に教えて貰ったのだ――「これから内戦が起きるかも知れないから、疑われるような行動は控えるんだよ」と。
寝耳に水とは正にこの事で、つい最近までエルフや魔王軍と戦闘状態にあったのに何をどうしたらそうなるんだと言いたいくらいだった。
三人は頑張った。それはもう、状況の把握に努めるべく情報収集を頑張った……しかし得られた情報は『皇太子派と第三皇子派で国が真っ二つになっている』という事と、この街が第三皇子の勢力圏であるという事のみ。
「ど、どうする?」
「どうするって、言われても……とりあえず早くこの街から脱出した方が良くないですか?」
今思えばあの皇太子を自称していた金髪の皇子様が、その第三皇子だったのだろうと優希は考える。
どの道シルヴィと優希の二人は顔が割れており、特にシルヴィに至っては祝祷術の異常さが軍にも知れ渡ってしまっている。
もしも二人を知る関係者に見付かり、第三皇子の陣営として徴兵されてしまっては堪らない。
「でもシルヴィちゃん達がこの街に居る事を察知したみたいだし、そう簡単には行かないかも」
「……ですね」
鎧戸を薄く開き、小さな隙間から街の通りを覗いてみれば兵士達が人相書きを手に住民に聞き込みをしているのが見える。
この場所がバレるのも時間の問題かも知れないと考え、しかし今出て行っても直ぐに見付かって面倒事になるのは避けられないと思い直す。
入街時と違って今頃は各門にもお触れが出ているだろうし、自分達を探している兵士達を掻い潜って脱出しようにも簡単にはいきそうにない。
「司祭を頼ってみよう」
と、そうして優希とルゥールーが頭を悩ませているとそれまで殆ど黙っていたシルヴィが口を開く。
「司祭、って……教会の?」
「そう、ファイス司祭」
ふむ、と優希は顎に手を当てて考えだす。
確かにあの司祭は人が好さそうな雰囲気であったし、教会自体が皇族からの要請を突っぱねられる程度に力があり、独立した組織だというのは何となく推測ができる。
当てもなく街の中を突っ切り、門を突破する案よりも現実的に思えた。
ただ教会も組織である。所属する人間がいくら聖人であったとしても、何らかの貸しを作る事に優希は懸念を抱く。
「……仕方ない、か……」
しかし幾ら悩んだところで他にマトモな案が出る訳でもなく、結局のところ上手く立ち回ってお互いに利用し合うしかないと結論を出す。
そうと決まれば問題はどうやって教会まで向かうかである。
優希はもう一度鎧戸の隙間から通りを覗き見るが、やはり兵士の数が多い。
「夜中に向かった方が良いかもね」
「ですね」
深夜だろうと巡回が多い街壁や門とは違い、教会の周辺であれば人通りも少なくなるだろうと優希とルゥールーは頷き合った。
その日の夜に早速行動に移した三人は宿の受付に書き置きと代金を残し、コソコソと外出する。
遠目にユラユラと揺れるカンテラの灯りを避けるように移動し続け、何とか教会へと辿り着く。
深夜だろうと開け放たれている出入り口から中へと入り、ファイス司祭へと取り次ぎを頼むべく修道女が出入りしていた礼拝所の横にある扉へと向かう。
しかし三人が奥へと進むまでもなく、目当ての人物が礼拝所で祈っていた。
「お待ちしていましたよ」
「! ……気付いてたの?」
まさか相手が自分達が来る事を予想していたとは思わず、シルヴィは不思議そうな顔で問い掛ける。
多少言葉足らずではあったがその意図はしっかりと相手にも伝わったようで、ファイス司祭は微笑みながら首を横に振った。
「いえいえ、ただ皇太子殿下から貴方達が来たらお渡しするよう手紙を預かっていましてね」
そう言って懐に手を伸ばす司祭に警戒感を出したのは優希だった。
「それって、あの金髪の方ですか?」
「……金髪? ……あぁ、カルステッド様ではございませんよ、魔王の血を引いたギルベルト様の方です」
「……そうですか、すいません」
「いえいえ、その警戒心は大事ですよ」
あの金髪の皇子の名前はカルステッドと言うらしい事を記憶に留めつつ、微笑ましい顔で自分を見詰める司祭へと優希は頭を下げた。
「そもそもの話ですがね、我々はこうして頼まれれば手紙を届けるくらいはしますが、世俗の権力争いには基本的に介入しない方針なのですよ」
「つまり敵でも味方でもないと?」
「いいえ? 味方ですよ?」
「うん?」
話が繋がらなくて思わずシルヴィは首を傾げた。
優希も訝しげに眉を顰め、話が拗れない様に黙って推移を見守っているルゥールーもフードの下でよく分からないという顔をする。
「――我々はシルヴィ様の味方ですよ」
そう口にするファイス司祭の顔は笑っているようで笑ってはおらず、シルヴィを見ている様で別の誰かを見ているような、優しいけれど何処か不気味な印象を優希とルゥールーの二人に与えた。
シルヴィだけは緩く首を傾げ、ただ呑気な調子で「どういうこと?」と直球で司祭に尋ねた。
「さて、どういう意味でしょう? ただ貴女には期待しているとだけ言っておきましょう」
ふと表情を和らげ、一転してカラカラと笑い出した司祭にシルヴィも追随して「ガハハ!」と笑い出す。
薄暗い礼拝堂に中年男性と未成年の少女の笑い声が木霊する。
「え、なにこれ……」
「えっと……シルヴィちゃんは唐突にふざけ出す時があります……」
「なるほど」
大樹海を横断する道すがらでも確かにその片鱗はあったなと、ルゥールーは納得して顔を顰める――この子も要注意人物かと、確かにダイナさんの娘だなと脱力する。
「さて、おふざけはこれくらいにして、これが私がかの方から預かった手紙です。そしてこの手紙を渡すと同時に街を出る手助けをする様にとも頼まれました」
懐から取り出した手紙をシルヴィに手渡しながらも、司祭は「どうせ気付かずにノコノコやって来て出られなくなってんだろ、と言っておりましたよ」と微笑ましい顔で伝える。
まさか自分達の状況を言い当てられるとは思わず、シルヴィが目を丸くしている横でルゥールーは何となく苦い物を飲み込んだような顔をした。
ルゥールーは長年の付き合いから気付いていた――「引き篭ってるから情勢に疎くなるんだ」という、言外の嘲笑を……恐らくわざと皇国の状況を伝えず、また何らかの方法で祖父のガァーラーにも口止めしていたのだろうと。
「それでは明日の地方の村々へ回診に合わせてお連れしますので、短い時間ではありますが今夜はもうお休み下さい。部屋を準備してあります」
「お礼はどうすれば良い?」
手際の良いその様子に、シルヴィがそう尋ねれば「そうですね、では――世界平和を祈って下さいますか?」と……ファイス司祭は、ただそれだけを言って微笑んだ。
司祭の助けを借りてとりあえず脱出だ!
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