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41.ユビキリ

少しずつ関係性を煮詰めていくオタク……


「……」


 草木も眠る深夜――シルヴィは人の動く気配を感じて薄く目を開ける。

 その気配の主はまだ寝ているであろうシルヴィとルゥールーを起こさないように、なるだけ音を立てないように静かにセーフティハウスを出て行った。

 トイレに行ったのかとも思ったが暫く待っても帰って来ず、一人で夜中に外を出歩くのも不味いだろうとシルヴィもそっと起き上がる。


 ――リィー……ン、リィ〜……ン


 垂れ幕を手で退かしながら外に出ると同時に、シルヴィは心做しか空気が変わったのを感じ取った

 夜の大樹海特有の冷たい湿気に頬を撫でられながら耳を澄ませば、何処からともなく虫の鳴き声がする。

 上を向けば木漏れ日のように優しい光を放つ大きな月があり、足下が見える程度の明るさを齎してくれる。


「――……ぐすっ、すん……」


 月光を浴び、夜行性の生命が奏でる合唱を楽しみながらセーフティハウスの外周に沿うように回り込めば、そこには足場の端っこで自らの膝に顔を埋めて小さく泣く優希が居た。

 壁に凭れかかりながら数秒ほどその光景を見詰めた後に、シルヴィは自らの長い髪を耳に掛けながら泣いている少女の隣りに腰を下ろす。


「どうして泣いてるの?」


「! ……あっ、シルヴィちゃん……」


 まさか誰かが起きて来るとは思わなかったのか、声を掛けられる直前まで気付かなかった優希が驚いたように顔を上げ、そして慌てたように袖で涙を拭く。


「起きてたんだ……」


「うん、ユウキが一人で何処かに行ったまま帰って来ないから危ないと思って」


「それは……心配かけて、ごめんね」


「別にいい」


 思わぬ場面を見られたとわたわだする優希の、その様子をただ黙ってじっと見ていたシルヴィは再度問いかける。


「どうして泣いていたの?」


「それは、えっと……」


 足場から足を投げ出してプラプラと揺らし、前方に伸ばした指先に淡い光を放つ小さな虫を留まらせながら、シルヴィは優希が話し出し易いように予想を口にする。


「家に帰りたくなった? それとも怖い場面を思い出した?」


「……シルヴィちゃんは凄いね……どっちもだよ……」


 一瞬だけ虚をつかれたような顔をした優希だったが、少しして「シルヴィちゃんはこんな子だったな」と、普段は子どもっぽいのに他人の心を見透かす不思議な事をやってのける少女だという事を思い出して困った顔をする。

 何となく言い出しづらい事を言い当てられて、まるで隠れて行っていた悪戯がバレていた時のような心境に至ったのだ。


「寝る前にお兄ちゃんの話をしたせいなのか、家族と故郷が恋しくなって……」


「怖い場面っていうのは、やっぱり?」


「……うん、悪魔との戦いがフラッシュバックしちゃって」


 ふとした瞬間に駆られた郷愁を後押しするように、先日の【逆さの悪魔】との戦いで感じた恐怖を思い出してしまったのだと。

 シルヴィに担がれながら見た光景……悪魔を中心として周囲に居た人間が、エルフが一瞬で塵になっていく光景は優希にトラウマを刻み込むには十分過ぎたのだ。

 つい最近まで平和な国で暮らしていた少女にとって、目の前で多くの人間が消えていく光景と、そして自らに迫るリアルな死の恐怖は耐え難い苦痛だった。


「そしたら勝手に涙が出そうになって……けどシルヴィちゃん達を起こしちゃ悪いと思って勝手に出て来たの……心配かけちゃってごめんね」


「気にしないで」


 顔の前に持って来た指先に息を吹き掛け、停まっていた虫が宙を飛んで離れていくのを見送りながら、シルヴィは視線を一瞬だけ彷徨わせてから口を開く。


「旅を続けるの無理そう?」


 それは罪悪感から出た言葉だった……優希をこの旅に誘ったのは他ならぬシルヴィである。

 そのため、自分が危険な旅に誘ったせいで一人の少女が苦しんでいるのならどうにかしなければならないと。

 しかし、そんな彼女の想いを知ってか知らずか……優希は予想よりも強い声で応える。


「いいや、旅は絶対に続ける」


「……」


「確かに誘われて参加したけど、ここまで着いて来たのは自分の意思だから」


 その目には未だに涙が滲んでいたが、それでも奥には芯の通った意思が垣間見えた。


「確かに怖い思いも沢山したけれど、シルヴィちゃんの旅に着いて行くのが一番帰れる確率が高いから」


 優希は続ける。魔王を正気に戻せば帰れるかも知れないと、世界樹との繋がりが一際強く、そして処理能力を圧迫している魔王さえ何とかすれば世界樹を利用して帰れるかも知れないと。

 自分よりも先にこの世界を訪れ、そして長い間過ごしていた魔王本人からも聞ける話もあるだろう。

 そうでなくとも、旅の先々で出会う権力者との縁は帰還方法を探す上で有用だからと。


「それにね、シルヴィちゃん……私みたいな何の力もない小娘が、常識もないまま一人で生きていくなんて無理なんだよ――初めて出会った時も山賊に捕まってたでしょ?」


 そんな事を困った顔で、シルヴィが罪悪感を抱かないで済むように態とらしく口に出す。


「だからね、私はとても強くて頼りになって人が好いシルヴィちゃんを利用する気満々なんだよ」


 シルヴィのように親身になってくれて、大抵の理不尽や暴力は真正面からねじ伏せるくらい強くて、そして特に対価を要求しない人間なんて他には絶対に居ないんだからと。

 むしろシルヴィちゃんを離してなるものかと、精一杯に媚びて引っ付くくらいで丁度いいんだと優希は悪ぶって見せる。


「……わかった」


 そんな優希の、自分自身も不安と恐怖で震えているのに、シルヴィが余計な罪悪感を抱いた事を察して気遣う優しさに触れて、シルヴィはある決意をする。


「ユウキ、手を出して」


「? えっと、こう?」


 突然脈絡のない要求をされ、優希は困惑しながらも言われた通りに手を差し出す。

 そんな彼女の小指へと、自らの小指を絡ませながらシルヴィは宣言をする。


「――私は何があっても、必ずユウキを守ってあげる。絶対にお家に帰してあげる」


 唐突の宣言に口をポカンと開ける優希を気にも留めず、シルヴィは絡ませた小指に力を込める。

 それは、シルヴィが幼い頃に母ダイナから教わった『異世界のおまじない』だった。


「ユビキリ、ね?」


「あっ……」


 やっとシルヴィの意図するところを察した優希は、不思議な感覚に陥る。

 先ほどまで胸の内を占めていた恐怖と不安は薄れ、代わりに安心感と幸福感に満たされていた。


「異世界の、ユウキの世界のおまじないなんでしょ?」


 ダイナは『異世界のおまじない』としかシルヴィには伝えなかったが、それでもあの母親がわざわざそう表現するという事はもとは父親から教わったのだろうと何となく気付いたが故の行動だった。

 小指を絡める動作に、ユビキリという発音にどんな意味があるのかはシルヴィは知らない。けれど誰かと大切な約束をする時に行う動作と、口にする言葉だという事は知っている。


「シルヴィ、ちゃん……」


 初めて出来た友人がこれから先も笑顔でいられるように、少しでも恐怖を忘れ、安心できる様に……シルヴィは聖女の如き慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。


「私を信じて――」


 目の前の少女の精一杯の誠意に、優希はただ黙って彼女を抱き締める事で応えた。

少しずつ、少しずつ……そして丁寧に積み上げていきましょうね〜


ここまで読んで面白いと思って下さったらブックマーク、評価、感想をくれると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔王を何とか、かあ。 でも魔王って………。
[一言] 夜会話てぇてぇ 信頼も依存もドンドンしていってねえ
[一言] 先生が丁寧に積んでるといつ崩されるかとドキドキしてしまう……虚無るだけの賽の河原より悪質では?
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