38.断じて誰にも渡すつもりはない
うぇーい!更新再開でーす!
深い森の中に真っ直ぐ伸びた一本道を、複数人の騎士や従者に囲まれた子どもが進んでいた。
木漏れ日を反射してキラキラと輝く金髪に、日に焼ける仕事をした事がないと一目で分かるシミ一つ無い白い肌、カッチリと実用性重視でありながら汚す事を躊躇ってしまう仕立ての良い乗馬服を来た一人の皇子。
普段と違い自信に満ち溢れた顔は鳴りを潜め、少しばかり疲れの見える表情で後ろに相乗りする従者へと振り返る。
「ギルは何処だ?」
「あちらに」
従者が斜め後ろへと視線を向ければ、話を聞いていた従者の一人が馬を操り側へと近寄って来る。
すぐ近くまで来た馬に相乗りしていた黒髪の義弟に向けて、金髪の皇子――カルステッドは優しげな顔で声を掛けた。
「どうだ? 疲れていないか?」
「……はい、僕は大丈夫です」
遠慮がちに、周囲の従者達の視線まで気にした様子でモジモジとする義弟皇子を困ったように見詰め、カルステッドは軽く息を吐く。
それにすら怯えたように肩を竦めるギルベルトに視線をさ迷わせ、数秒ほど考えた後に「安心しろ」と声を掛けた。
「大丈夫だ、ここにはお前を『魔王の子』などと言って虐める奴は居らん」
「……はい」
「もしもそんな奴が居たらこの俺がぶった斬ってやる! だからギルも俺の義弟なのだから、胸を張って前を向いていれば良い」
「僕も兄上のように頑張ります」
カルステッドは義弟の現状を憂いていた。義弟の父親は魔王と呼ばれる元世界最強の男だったという。母親は現皇王の娘で、血筋的には従兄弟の関係に当たるが、その実の母親も亡くなってしまった為にカルステッドの父親が養子として引き取った経緯がある。
そのため皇位継承順位こそ高いものの、誰もがギルベルトを『魔王の子』として忌み嫌い、理解の出来ない超常の異能を恐れて近寄らず、家の者達でさえ腫れ物を触るように接する。
大人達がそんな態度であるから自然と子ども達もギルベルトを異物として見る様になり、次第に虐めへと流れるように発展した。
「ギル、〝僕〟は辞めろ」
「え?」
「軟弱で、弱々しくするから舐められるのだ」
そんなギルベルトを身を挺して庇い、事ある毎に色んな場所へと連れ出していたカルステッドは今日も、信頼を寄せる騎士に「何処か気分転換できる素晴らしい場所はないか」と頼んでいた。
その要望に応えた騎士の案内に従い行く道すがら、慣れない距離の乗馬に疲れたのか、義兄に気を遣わせた事を気にしているのか、とにもかくにも落ち込んでいる様子の義弟にカルステッドは拙いながらにアドバイスをする。
「皇室男児ならば他者から傲慢と呼ばれるくらい、常に自信に満ち溢れていなければならん」
「……はい」
「そんな者が自らの事を僕と言うのでは弱い! いっそのこと我を使うと良い!」
自信満々に胸を張り、腕を組みながら隣りの義弟へとそんな事を提案する。
急にそんな事を言われた幼いギルベルトは視線をさ迷わせ、そしてそれから躊躇いがちに声を出す。
「……お、我?」
「お、いいぞ! その方がカッコイイからな!」
「で、でも僕が――」
「コホン!」
「……我がそんな自分の呼び方を変えても意味ないよ」
自信無さげな態度で情けない事を言う義弟にカルステッドは偉そうに鼻を鳴らし、その言葉を切って捨てる。
「意味ならある。何事もまず形から入れば良いのだ。普段から言動を意識すれば自然と上位者に相応しい自信が身に付くだろう」
「……そうかなぁ」
「あぁ、そもそもお前には他人には無い素晴らしい力があるのだから、文句を言う輩などそれで黙らせれば良い」
まるでそれが唯一の正解かのように自信満々に、何一つ間違っていないのだと確信を持った響きでカルステッドは断言する。
義兄のそんな様子にギルベルト暫く考え込み、そしてやがて義兄の真似をして偉そうな態度を取ってみる事にした。
「……お、我に逆らう奴は全員この魔王の力で黙らせてやる!」
「おっ、いいぞ! その調子だ! もっと見下してやれ!」
「お、我に口答えすると言うのか!」
義兄の指示に従い、ギルベルトはツンと顎を上向かせて周囲の者たちを見下す態度を取る。
「もっと! もっとだ!」
「……こ、こう?」
「まだまだ! お前の価値も分からない奴らなんか、もっと見下してやれ!」
「……ふん!」
「いいぞ! その調子だ!」
段々と興が乗ったのか、それとも悪ふざけなのか、カルステッドの掛け声に合わせてドンドン顔を反らしていくギルベルトは最早周囲を見下し過ぎて逆に相手を見上げている様な、そんな本末転倒とも言える状態となってしまった。
その様子に周囲の騎士や従者は微笑ましそうに表情を緩め、カルステッドは義弟の素直さに笑いを堪える。
そんな周囲の変化にギルベルトが気付く事がないまま、一行は目的地へと辿り着く。
「着きましたよ」
従者の声に前を向けば、鬱蒼と生い茂る木々の切れ目から光が溢れていた。
「――おぉ!」
「――わぁ!」
その先に進み、視界に飛び込んでくる景色に小さな皇子達は感嘆の声を上げる。
感動に打ち震える義弟の様子を気にかける余裕もなく、金髪の皇子は視界に入ってくる美しさ目を奪われ、自らの心に刻み付けんと瞬きすらも忘れてしまう。
まだ昼間だというのに薄らとその姿を浮かべる三つ子の月と、その淡い光が見下ろす雄大な山脈の力強さ。
皇国が興った地とされる大河が始まる場所であり、旧時代に古代の神々が降り立ち踊ったとされる霊峰の麓には色鮮やかな葉を茂らせた『妖精達の別荘』と呼ばれる静謐な森林が。
霊峰から流れ落ち、森林を割くように進む大河の往く先を辿れば皇国の始まりの地である『古都コーポディア』と現在の首都である『皇都スペーディア』へと辿り着くだろう。
「この地が、俺の――」
雄大な自然に魅入られた皇子の思わずといった様子で漏れた呟きに、周囲に付き従う者たちは口々に「いずれ殿下が治める土地です」と言いながら傅いていく。
目に映る情景に、耳から入るその言葉に……いつか受け継ぐ、自分が治める土地を想って小さな皇子の心に形容し難い疼きが生じる。
「そうだ、俺が……俺がこの地をいつか受け継ぐ……この地を治めるのだ……」
故郷の景色を心に刻み付けながら、未だに幼さの残る顔を色付かせて静かに呟く。
義兄の変化を敏感に感じ取った義弟からの視線に気付く様子もなく、小さな金髪の皇子は声に出さず誓う。
この素晴らしい光景を、自らが継承する土地に付随する全てを――
「――断じて誰にも渡すつもりはない」
立派な青年へと成長した金髪の皇子は、遠征から帰還した黒髪の義弟を城の窓から見下ろしながら……静かに、低く、そして憎悪の籠った声で呟いた。
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