4.お兄ちゃんを出せ
逃げるっていうか、逃がすぞ!
「でもそれだとシルヴィちゃんが危ない!」
当然と言えば当然の反応をする優希にシルヴィは指を一本立てて見せる。
「まず一つ、大事な荷物が奪われたまま」
「え? う、うん?」
シルヴィが無警戒に預けてしまった荷物には各国への紹介状と、自分の兄弟達の特徴が書かれたメモに血縁関係を当てる魔道具まである。
それらが奪われたままでは旅の目的が立ち行かなくなってしまう。
「二つ目、私は魔王の子に用がある」
「そういえばシルヴィちゃんも魔王の娘って……」
本物なのか、偽物なのか……そこはまだ分からないが、この村を占拠しているらしい相手が魔王の子を名乗っているのなら無視は出来ない。
本当に自分の兄弟であった場合、出来れば改心を促して魔王討伐の旅に同行して貰わなければならないからだ。
「そして最後――困ってる人は助けないといけない」
「シルヴィちゃん……」
コチラから聞かないと大事なことも話さないあの母親が常日頃から言っていた言葉は、確かにシルヴィの深いところに染み付いていた。
だからだろう、呆気なく騙されたばかりだというのに自分の事など二の次で他者を助けようとするのは。
「この後すぐ、私が騒ぎを起こすのに合わせて逃げて」
「でもっ……!」
そう言って、シルヴィは靴底に仕込んでおいた金貨を優希に握らせて呪文を一つ唱える――
【――灯火の導き】
シルヴィから優しくも暖かな光の粒子が溢れ出ては立ち上る。
「――」
蛍の光の様なそれらは、突然の奇跡に言葉すら失った優希の胸へと静かに吸い込まれていった。
まだ事態に認識が追い付いていない目の前の少女へと、シルヴィはこれで野犬程度なら大丈夫だと、アナタが進むべき道も示してくれるから夜道で迷う事もないと安心させる様に微笑む。
言葉も通じている様だから逃げた先の人里でお金を使う事にも支障はないだろうと告げて。
「……ぁっ」
言いたい事だけ言い終えたシルヴィは優希の返事を待たずして立ち上がる。
そのままボロい木製の檻を力任せに蹴り破り、出口までに人が全く居ない事を確認してから振り返って一言――
「――じゃ、頑張って……ニホン? に帰れると良いね?」
肩越しに手を振って、そしてシルヴィは村へと駆け出した――
「……それは本当か?」
同時刻――村長の家では村を占拠した賊の頭が村人からの報告に眉をひそめていた。
「えぇ、魔王軍がすぐそこまで来てるみたいですが……お頭が呼んだんじゃねぇですかい?」
「俺は呼んでいない」
「えっ? でもお頭って魔王の子なんですよね?」
「魔王の子がみんな魔王に味方してる訳じゃねぇのは知ってるだろ」
呑気な部下の様子に苛立ちを覚えながらも、魔王の子を騙る男――ゲルレイズは冷静に思考を巡らせる。
(どうしてこんな辺境に魔王軍が現れやがる……?)
最前線は遥か遠くであり、道中の人類軍やその砦を無視して現れるなんて有り得ない。
仮にそれらを頑張って突破したとしても、そこまでして魔王軍が求める物がこの辺境の地にあるとも思えない。
(俺が原因か?)
可能性として有り得るのは魔王の子を騙る存在の真偽を確かめに来たってところだろうが、どうにもしっくり来ない。
仮にそうだとしても、まだ別に何か目的があると考えるべきだろう。
「逃げる準備をしろ」
「え?」
「本物の魔王軍が現れたとなりゃ、その規模に関わらず国軍が出張って来るぞ」
こんな田舎の小領地の軍ならまだしも、流石に一国を相手にやり合えるほど自分は強くないと自覚しているゲルレイズは、魔王軍と国軍との争いに巻き込まれる前に逃げる準備を始める。
元よりゲルレイズは最前線から脱走した逃亡兵であり、端から魔王軍と関わる気は毛頭なかった。
絶望的な戦場で名も無き兵士の一人として死ぬ事を拒絶し、遥々この辺境の地まで逃げて来た男だ。
「急げ! 魔王軍がこの村に気付く前にずらかるぞ!」
「お頭! 大変だ!」
「今度はなんだ!?」
そんな彼の元にまた別の村人が駆け込んで来る。
もしや魔王軍がもう到来したのかと緊張するゲルレイズに対し、焦った様子の男が叫ぶ。
「牢屋の女が脱走して、そんで村中が真昼みたいに明るくなってる!」
「はぁ?」
「と、とにかく来てくれ! 他の奴らじゃ全然捕まえられないんだ!」
「クソっ、こんな時に……」
部下の言っている事は要領を得ないが、それでもこんな真夜中に目立つ灯りを発しているとなればすぐ近くに居るらしい魔王軍に気付かれ易くなる。早急に何とかする必要があった。
それに村という経済基盤を捨てるなら高値で売れる若い女は確保しておきたい。
「そいつは今何処に居る? どの方角に逃げた?」
「それが……」
矢継ぎ早に放った問いに部下が言いづらそうに口篭る。
「早く言え!」
今は時間が惜しいと怒鳴れば背筋を伸ばし、怯えを顔に貼り付けながら部下が報告する。
「そ、その、村の広場に陣取って『お兄ちゃんを出せ』と……」
そして得られた答えを聞き、たっぷり十秒ほど考えた後でゲルレイズはただ一言だけ声を発する――
「何言ってんだお前」
お兄ちゃんを出せ!!
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