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シルヴィ・ハートは魔王の子である。認知は多分されていない  作者: たけのこ
大樹海編

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36/80

35.暴露

中身のない棺桶とか、そういう地味な描写が好きなんだけど分かってくれる人居る?


「――黙祷」


 悪魔の襲撃から数日後の正午――戦後処理があらかた終わり、戦没者を弔う儀式が行われていた。

 シルヴィの祝祷術によって怪我人は皆無ではあるが、死体の入っていない棺の前に立ち並ぶ者たちは全員が暗い表情で俯いている。

 魔血魂を所持した【逆さの悪魔】によって死滅させられたエルフ達は、全て塵も残さず腐り落ちたせいで遺体どころか遺品すら見付からなかった。

 そのため戦死者の把握は困難を極め、時間も掛かるという事で最終的には『今回の戦いで亡くなった全ての者たちを弔う』というスッキリしないモノとなった。


「「……」」


 顔の前で右拳を握り締め、左手でその手首を掴んで祈るエルフ達に、胸の前で手を組み目を瞑るシルヴィ、真っ直ぐに伸ばした両手を合わせて顔を伏せる優希……所作はそれぞれ違ったが、死者を偲ぶ気持ちは一緒だった。

 暫くそうしていると終わりの合図が出され、各々が各々のタイミングで散っていく。まだ祈り続ける者も居れば、終わらぬ作業に戻る者、知り合いを探す者など様々だ。

 シルヴィ達も未だに祈り、泣き崩れる遺族の邪魔にならない様にその場を離れながらルゥールーを探す。


「あっ、シルヴィちゃ――」


 と、そんなシルヴィ達に掛けられた声が途中で止まる。目当ての人物が発したであろう声の方へと振り返れば、そこには自らの祖母に止められているルゥールーが居た。

 シルヴィと優希が顔を見合わせ、とりあえずといった様子で近付けば困った顔をしたリィールーの護衛達が立ち塞がる。

 リィールーはその背に隠れる様に、シルヴィ達から引き離すように悲しそうな顔をした孫を連れて行く。


「――怖いの?」


 その背に向けて発せられる、シルヴィからの二度目の問い。


「……」


 リィールーの足が止まる。背を向けられたままではシルヴィ達からその表情を窺い知る事は出来ないが、それでも何かを葛藤しているような雰囲気が感じられた。


「ねぇ、おばあちゃん? シルヴィちゃん達とお話してみない? この前は顔合わせをしたでしょ? だから次は話し合いをして欲しいなって」


 そんな祖母の袖を掴みながら、ルゥールーは恐る恐るといった様子でお願いをする。

 出来る事なら二人と話し合って和解して欲しいと、それが無理でも一方的に関係を拒絶するような事はして欲しくないと。


「國も救ってくれたし……ね? お願い」


 遠回しに外聞が悪いと、國を救ってくれた者たちを頑なに拒絶し続けるのは無理だと伝えるルゥールーに溜め息を吐き出し、リィールーは一言だけ述べる。


「……貴女は別室で待機していなさい」


 話し合いの流れ次第ではそのまま孫を連れて行かれてしまうとでも思ったのか、条件として挙げられたそれをシルヴィ達は頷いて了承した。






「「「……」」」


 その場には気まずい雰囲気が流れていた。より正確に言うならば優希ただ一人が緊張とプレッシャーに胃を痛めていた。

 シルヴィ達の目の前には会いたい、話し合いたいと願っていたルゥールーの祖母が席に着いており、静かにハーブティーを飲んでいる。

 同じ茶の席に座っていながらも、シルヴィ達には一瞥すらくれずに黙り続ける姿からは本当に対話の意思があるのかどうかの判別が付かない。

 そんな彼女の対面でシルヴィは好物のブルーベリージャムを無心で頬張っており、会話をする為の口へとドンドン詰め込んでいた。

 優希は思った――え? これ私が説得するの? と……彼女は知る由もないが、ここ数日リィールーの手の者によってシルヴィ達は監視されており、もしも対面せざる得ない状況になった際に相手を黙らせる事が出来る情報を収集されていたのだ。その結果がこれである。


「スぅー、はぁ〜……あ、あの!」


 このままでは埒が明かないと、優希は深呼吸を一つして勇気を出してシルヴィの姉の祖母であるリィールーへと語り掛けた。

 部下から流されやすく気の弱い性格と報告されていたのにも関わらず、数日前と同じ様に声を掛けて来た優希へとリィールーは片眉を少し上げて彼女へと視線を向ける。


「……」


「……え、えっーと」


「……」


「その、ですね……」


 分かり易い敵意は無い。優希に自覚は無かったが、この世界で唯一世界樹を調律できる存在となり、孫と國を救ってくれた英雄とも呼べる人物に殺気などを向けるほどリィールーは愚かではない。

 けれど、それだけ……敵意が感じられないだけで、その拒否感までは隠し切れるものではなかった。

 露骨とまではいかないが、明確に自分との対話を嫌がっている人物へと積極的に話し掛けられるほど優希はコミュニケーション能力が高い訳ではない。


「あっ、ぅ……」


 リィールーの脳裏に、かつて娘を探す為に大樹海の外を自ら駆けずり回っていた過去が浮かび上がる。

 人間達の決して友好的ではない笑みに、他種族の王族を奴隷にした事に対する罪悪感のなさ……非協力的で、コチラを値踏みするあの顔を、外の世界の残酷さに対する憤りを乗せて目の前の相手を見据えた。

 対人能力はお世辞にも高いとは言えないが、人一倍共感能力の高い優希はただそれだけで苦しそうに胸を抑えて押し黙ってしまう。

 そんな様子を見て、この小娘を御するにはこの方向かと認識したリィールーは優希から視線を逸らす――


「――怖いの?」


 静寂と緊張感に包まれた場に、柔らかな鈴の音のような声が反響する。

 思わずリィールーも優希も、傍に控えていた護衛や側仕えの者達も一斉にその声の主へと視線と意識を向けた……向けざるを得なかった。


「……何が、怖いですって?」


 静かに、深淵から響くような低い声でリィールーが問う。


「自分の至らなさが」


 マイペースにゆっくりと、ハーブティーで口の中をさっぱりさせたシルヴィは茶器を音も立てずに置きながら、耳元に違和感なくするりと入り込んでくる声色で言葉を発する。


「私の何が至らないと?」


 その短い言葉に込められた怨嗟の感情を敏感に感じ取り、周囲のエルフ達は今にもリィールーが怒りを爆発させるのではないかと、優希はなんでそんな挑発する様な事を言っちゃうのと胃をキリキリ痛めていた。

 空になったブルーベリージャムの瓶を寂しそうに見詰めていたシルヴィは、そんな周囲の様子も気にせずにリィールーへとその視線を真っ直ぐに向ける。


「……」


 その全てを見透かすかのような、よくよく見覚えのある聖女の黄金の瞳にリィールーは無意識に茶器を持つ手に力を込めた。


「もう何があっても助けに行けないから」


 自らの弱った膝へと、手を置く。


「娘に与えたかったものを、過ごす筈だった時間を手放せないから」


 置いた手を、強く握り締める。


「娘とよく似た顔で、娘と違う時間で生きる孫が怖いから」


 強く握り締めた手が、小刻みに震え始める。


「娘よりも早く、自らの傍を離れる孫を――」


「もうやめて頂戴ッ!!」


 肩で息をし、荒れ狂う激情を抑えるように胸元を握り締めるリィールーが悪鬼の様な形相でシルヴィを睥睨する。


「……」


 優希なら直接向けられただけでも気絶しそうなそれを受けてもシルヴィの様子は一切変わらず、ただ哀しそうに一度目を伏せ――そしてトドメの一言を放つ。


「――“貴女にはまだ早い”」


「……っ」


「……お姉ちゃんに、言った事はない?」


 あるかないかで言えば――ある。それも何度も。

 シルヴィの姉でリィールーの孫であるルゥールーは、半分は人間の血を引くハーフエルフである。

 ハーフエルフの大半は人間の肉体にエルフの精神が宿り悲惨だが、ルゥールーはエルフの肉体に人間の精神が宿っている珍しい例であった。

 その為か、見た目はエルフの幼子と同様であるのに既に成熟した大人として行動できるのだ。

 肉体の成長が伴ってないため、物理的に出来ない事や他者から舐められる事はあっても十分に独り立ち出来る程度の思考と教養がある。

 それをリィールーは認められなかった。いくら大人びていても見た目は幼く、それこそ娘が大樹海を飛び出した年齢よりも遥かに若い時分で自らの下を離れる事を良しとしなかった。

 リィールーもその事を自覚していた訳ではなかったが、ただ無意識にドンドン成長していく孫を抑えつけようと学習の機会を奪い、時には足腰の弱い自分を置いて行くのかと詰って孫の身と心を縛ろうとした。


「アナタは私達ではなく、自分と孫の気持ちを無視している」


 そんな自分でも自覚していなかった深層心理を見抜かれ、指摘されたリィールーは冷静では居られなかった。


「もうたくさんです! こんな無礼な客人は初めてだわ! さぁ、もう出て行って頂戴!」


 癇癪を起こしたように怒声を上げ、杖を振り回してシルヴィ達を退室させようと追い立てる。


「すいません! すいません! すいません!」


 シルヴィはまるでこうなる事が分かっていたかの様に頭にコツンと当たった杖すら気にも留めずさっさと退室し、そんな彼女を優希が謝りながら追い掛けて行く。


「シルヴィちゃん! どうしてあんな事を言ったの!?」


 部屋から少し離れた廊下を歩くシルヴィに小走りで追い付いた優希が必死な様子で詰め寄る。

 あれでは説得どころの話ではないし、もう二度と会ってすら貰えないだろう。そうなればシルヴィの姉の同行許可なんて降りる筈がない。


「うーん」


 優希にガクガクと肩を揺さぶられながらも、シルヴィは何と説明した物かと暫し悩む。


「聞いてるの!?」


「聞いてる聞いてる」


「じゃあどうしてあんな挑発して刺激する様な事を言っちゃったの!?」


 なんで怒ってる側が半泣きなんだろうとシルヴィは優希の様子を不思議に思いながらも、あれが必要な事だったのだと説明する。


「本人にも分かってない様子だったから」


「……え?」


「なぜ自分が反対しているのか、それすらも理解していない人と交渉は無理」


 シルヴィはリィールーを一目見た時から何となく直感で理解したのだ――彼女はただ自分でも原因の分からない不安と恐怖に支配されているのだと。

 シルヴィの言葉を聞いていたリィールーの様子は、思いもよらない無意識の本音を暴露されて動揺した人のそれであると。


「悩んでいる人が居るのなら、その原因を突き止めて導いてあげるのも大事」


「……そ、うは言っても……」


 たまにシルヴィが浮かべる聖職者のような顔を見て、優希の勢いが萎んでいく。


「彼女は不安と恐怖を自覚した。なら次は向き合い、思考する時間が必要」


「だから素直に退室したの?」


「そう」


 なぜ自分が孫の旅立ちに反対しているのか、なぜ自分が孫の旅立ちに不安と恐怖を感じているのか、表面上は「人間を信用できないから」「娘の忘れ形見を守りたいから」と言っているが正解ではない。

 それらも完全に間違っている訳ではないが、問題の根本ではなかった。自分の気持ちすら理解していない人と交渉する事は難しいと、「何となく嫌だ」ではなく「私はこう思うから嫌だ」にしないといけないとシルヴィは語る。


「表面上の理由を論破しても頑なになるだけ」


「なる、ほど……」


「彼女が誠の言葉を見付けた時、改めて話そう」


「……わかった」


 シルヴィちゃんなりにちゃんと考えがあっての事だと理解した優希は、彼女に謝りつつ掴んでいた肩を離した。


「これからどうするの?」


 リィールーさんが自分の本音と向き合うまで時間が掛かるよね? という優希の問い掛けにシルヴィはさも当然のように答えを口にする――


「――座して待つ」


「……」


 優希は何度目になるのか分からないが、こう思った――この子、たまに凄く男らしいなと。

シルヴィちゃんカッコよすぎて濡れる()


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― 新着の感想 ―
[良い点] 威風堂々とした少女。 だが、ブルーベリージャムは手放せない!
[一言] 男前だ……シルヴィちゃん。 中身の無い棺桶とは先生の癖は流石としか……。
[一言] 言葉を一切飾らないでド直球投げつけるよなあシルヴィちゃん ほんと男らしい
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