33.祭壇
シルヴィちゃんよりも優希ちゃんの方が正統派の主人公っぽいよね()
「我々エルフでは最早干渉ができなくなった世界樹を、何とか出来ると申すのだな?」
場の沈黙を破ったのは族長のガァーラーである。
その目は光を失い、もう何も見る事が出来ない筈なのに真っ直ぐと優希を見据え、その心の底を見定める力強さが宿っていた。
そのガァーラーの視線を真正面からしっかりと受け止め、優希は躊躇なく頷く。
「何とかしてみせます」
「よかろう」
その実直な答えを聞き、ガァーラーは背を向け世界樹の方へと歩き出す。
「分の悪い賭けですよ?」
そんなガァーラーに追随するように慌てて歩き出す優希を一瞥し、リィールーは夫の背へ向けて低い声で問いを発する……そこには、ともすれば世界樹の状態が今よりも悪化するかも知れないという意味も含まれていた。
「ダメなら別の手を考える。ユウキ殿は既に世界樹と繋がりがある、可能性はゼロではない」
異世界人というだけで世界樹と優希の間には既に繋がりがあると、前例があるのだから事実そうだろうとその場に居る者たちに理解させる答え。
それはリィールーの問いが、本当に世界樹に干渉できるのかを聞いたと物だと勘違いした配下への答えだった。
しかしリィールーの問いの本質――魔王と同じ様に、世界樹へと悪影響を与えないかという質問にはガァーラーは答えなかった。
「そうですか、では私は現場の指揮を引き継ぎます」
「宜しく頼む」
その短いやり取りにより、ガァーラーが優希を世界樹の中心部へと案内する事を既に決定しており、その意思が固い事を悟ったリィールーはそれ以上の追求はしなかった。
「では行こう」
「は、はい!」
盲目の老人に促され、優希は世界樹の内部へ足を踏み入れていく。
「……そうか、つまり悪魔が魔血魂を所持していたと」
「えっと、そうみたいです」
世界樹の中心部への道をガァーラーと共に歩きながら、優希は体験学習や課外授業の時に来たあの電波塔と内部構造がほぼ同じである事に安堵しつつも不思議な感覚を覚える。
内部構造が同じという事は、授業で見学させて貰った制御室や管理室なども存在する可能性が高くなったという事でもあるが、だからと言って日本に存在する特定の建物と全く構造が同じというのも違和感があった。
「ふむ、予想よりも早い様じゃな……いや、だからこそこのタイミングで来たのか」
「予想、ですか?」
歩きながらの情報共有をしていると、ガァーラーが意味深な呟きを漏らす。
その呟きに引っ掛かる物を感じた優希が問い返せば、ガァーラーは少しばかり間を置いてから話し始めた。
「なに、婿殿は完全には魔王に覚醒しとらんという話しよ……あやつは数多くの異能を持っておったからの、その内の一つに支配に抗う何かがあったのだろう」
「えっ、じゃあ倒す必要はないんじゃ……?」
魔王となっても覚醒に抗っているのならば、わざわざシルヴィちゃん達を集めて、子に親殺しの様な真似事をさせる必要はないんじゃないかと優希が疑問を覚えるのも当然の事だろう。
予想通りのその反応にガァーラーは苦笑しつつも、その力も万能ではないと手を振り答える。
「最初の暴走は唐突じゃった……ある日突然婿殿が魔王化してしまってな、当時婿殿の家があった小国が滅んだ」
その後すぐに正気に戻ったが、それからも不定期に魔王の血が覚醒して暴れる事が何度かあったと。
三度目の暴走を迎えた後に、婿殿は魔王の血を抑える事と、仮に暴走しても被害を最小限に抑える為にかつての魔王城に一人で閉じこもったと、そうガァーラーは語る。
「だが魔血魂は違う。あれは婿殿の意識が魔王の血に完全に乗っ取られなければ作成が出来ん筈だ」
暴走している時のような状態で作れるほど作成難易度は低くなく、理性を保った状態で自らの魂を分割する者など居ない。
つまり魔血魂が悪魔に与えられたという事は、婿殿の意識は既に魔王の血に支配されてしまっている事を示すと。
「次第に間隔が短くなる婿殿の暴走から完全覚醒までの猶予を計算し、予想した。そして婿殿の子ども達の大半が成人するまでの時間はあった筈だった」
しかしその予想は外れてしまった。当初よりも早く、魔王の血は完全覚醒してしまったと見るべきだと。
「あの聖女が予定よりも早く自らの娘を送り込んで来た時は何事かと思ったが、何らかの方法で婿殿の状態を知ったのであろうな」
シルヴィの母親であるダイナは昔からそうだと、どうやって得たのか分からない重要な情報をポロリと零し、それを何故早く言わなかったのだと問われれば「聞かれなかったから」と答える。
さらに今回の様にもっと酷い時などは情報共有もなく予定を変更されるのだと、自らと相手の持っている情報の差を考慮せず自分にとっての最適解を打つので味方が振り回されるのだと疲れた様にガァーラーはボヤいた。
優希の中でシルヴィの母親のイメージが段々とよく分からないものへと成っていく。
「さて、何度かこの箱を乗り継ぎするぞ」
「エレベーターですね」
「ほう、そう言うのか」
辿り着いた先にあるエレベーターへと、ボタンの下にある点字を指でなぞりながらガァーラーが誘導する。
「……こっちの点字も分かるんですか?」
「いや、なんて書いてあるかは分からんが、記号として覚えておるよ。この並びはあの場所に着くとな」
「なるほど」
何故か初対面の時から自分の事を異世界人だと看破していたガァーラーの事だ、優希はもしかしたら日本語とかも分かるんじゃないかと思ったが考え過ぎの様だった。
「逆にコチラからも聞きたいが、本当に世界樹の調律を行えるのかね?」
「調律?」
「我らエルフが世界樹の中心部――祭壇と呼ばれる場所で、世界樹の不調を治したり、時代によって変容する世界と適合するように細かな調整する事を指す……それを利用する事が狙いなのだろう?」
なるほどと優希は思う。やはり自分が考えていた様な機能は世界樹にもあるのだと、そしてそれは今も存在すると。
「……正直なところ分かりません」
今ここで変な隠し立てをする必要はない。優希の意を汲んであの場から、周囲に人が居ない場所に連れて来てくれたガァーラーに応える為にも優希は本心を語る。
「もしかしたら、私になら制御室――調律の仕組みを理解して、弄れるかも知れないと思っただけです」
優希は世界樹をどうこうするというよりも、今の自分にとって多少なりとも馴染みがある世界樹になら可能性はあると考えただけだ。
世界樹の見た目が当初想像したような果てしなく大きな大樹だったら思い付きもしなかったが、その見た目が異世界の情報の影響を受けて優希にとって馴染みのある物へと変わっており、その内部構造もほぼ似ているのであれば干渉できるのではないかと。
本来の世界樹には無くとも、今の世界樹になら制御室といった物が新たに存在する様になっているのではないかと考えたのだ。
実際には本来の世界樹にも似たような場所はあるし、そこが変容しているだけらしいが……もしもそこだけ優希には理解できない、エルフ独特の仕組みで動いているのなら分からないと包み隠さず答える。
「そうか、それならば心配は要らん……世界樹の姿が変わってから、我らエルフでは調律は行えなくなってしまった」
そんな優希へと、ガァーラーは事もなげにそんな事を宣う。
「……それは大変な事なのでは?」
「ふっ、要するに我らでは理解できない仕組みに――恐らく異世界の物へと変容したのだ」
「!」
「お主が干渉できる物であると良いな」
少なくともエルフが、この世界で誰よりも世界樹について熟知している自分達が知っている物ではないと言いながら、ガァーラーは辿り着いた最深部への部屋と優希を招く。
「ここが、我らエルフの心臓部よ――」
開かれた扉を潜り、薄暗い部屋に明滅する数多の電子光を見て優希は確信する――「いける」と。
スイッチの下に貼られた日本語のシールに、見覚えのあるメーカーのロゴが記された様々な電気製品もその自信を裏付けるが、何よりも――
「――ローマ字入力の日本語なんて、理解できなくて当然だよね」
そこだけは学校の見学時の記憶とも違う……部屋の中心部にポツンと置かれた一台のノートPCを見て優希は苦笑しながら電源ボタンを押した。
世界樹が変化する前は大仰な儀式を行い、何ヶ月も掛けて世界樹へと祈りを捧げて行っていた調律の儀式ですが、世界樹が変わってからは仕様がガラッと変わったのでエルフ達も「知らん……なんも分からん……」と困り果てるしかありませんでした。
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