32.大立ち回り
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【届いた――】
悪魔の行使する魔術と打ち消し合う程の、人の身には過ぎた祝祷術を操る少女の振るう刃だ。存在の位相が違う悪魔へと攻撃を届かせる程の信仰心を有していてもおかしくはない。
けれど、今この場に降臨しているのは【逆さの悪魔】である。自らに関する事象、自らと繋がっている事柄、自らよりも容易いと認識した生物や無機物に己のルールを押し付ける悪魔の中でも、シンプルでいてそれ故に突破の難しい権能を有している存在である。
たかだか13年……悪魔にとっては瞬きの間に過ぎ去る時間しか生きていない少女が自らに刃を届かせ、それでいて権能を突破するなど予想外も良いところ。
【不可解――】
分身を解いた【逆さの悪魔】の腕から今も絶えず血が滴っており、再生は始まっているがその治りが通常よりも遥かに遅かった。
肉体を持たない悪魔に経験のない“痛み”を与え、まるで治る端から身体が融けていくような不可解な感覚。
まるで人間時代の魔王陛下と相対した時と同じ状況――しかし、ちぃと能力を行使された事実はない。
「フゥ――、フゥ――」
それを為したのが目の前で荒い息を吐き出し、黄金に彩られた瞳で【逆さの悪魔】を見据える一人の少女である。
直視する目が痛みを覚えるほど、先程までとは打って変わって少女からは濃密な聖法気の光が立ち上っている。
その異常な聖法気の影響なのか、黄金の瞳は薄らと淡い虹色の光の膜を纏い、黒銀の髪に光の粒子が流れる様は夜の帳のよう。
【危険、危険危険、危険危険危険危険危険――】
その量も然ることながら、真に異常なのは――
「――その質と密度、ですねぇ」
シルヴィ達と【逆さの悪魔】が対面している場所から遠く離れた大樹海の中で、一際背の高い大木の頂上から聞く者を不快にさせる声がする。
木々の枝に鈴なりに吊るされたエルフ達を背後に、指で作った輪っかを覗き込むようにシルヴィ達のやり取りを観戦しているのは道化師の格好をした悪魔であった。
「神秘が服を着て歩いているような……まるで生きた聖遺物かのよう」
ダイナの確保に失敗した彼は、自ら今回の作戦の監視役を買って出たが本来はこんな事をしなくても良い立場である。
それでもこんな雑事に志願したのは、今回の標的が魔王の子の中でも非常に有名な一人で、魔王化以前の人間だった頃に今の魔王陛下が作った子どもだからだ。
殺して魂を回収する前に、多くの者達から慕われ愛されている少女を不幸な目に遭わせれば愉しいだろうと、ただそれだけの理由でここまで来た悪魔だったが……
「思わぬところに収穫があるものです」
そう言って愉悦に浸った笑みを浮かべる道化師は頬を上気させ、いきり立つ股間を手で抑える。
「あれは……そう、あれは中々に壊しがいがありそうです」
あれ程の神秘を穢し、貶めて、壊す様を想像して悪魔は快楽に身悶える――ともすれば優秀な母胎になってくれるかもと。
「……あぁ、いけません、いけません……今は仕事に集中しなければ」
暇つぶしに面白そうな物を探しに来てみれば、まさかの発見である。他にも愉しそうなモノが存在しないか、道化師の格好をした悪魔はシルヴィ達よりも更に奥へと視線を向ける――
「はぁ――、はぁ――」
優希は必死に走っていた。悪魔なんていう異形の化け物と戦うシルヴィを助ける為に、自分に出来る事を為すために。
運動なんて出来ないし、走るのだって遅い。シルヴィのように長距離を高速でぴょんぴょん進んで行く事なんて有り得る筈がなく、ただ愚直に世界樹の若木の合間を縫うように地上をひた走る。
横腹の痛み、喉のヒリつき、苦しくなる心肺、そして込み上げて来る吐き気に涙を溜めながらも足は止めない。
「――族長さんっ!!」
「むっ、ユウキ殿か」
そうして辿り着いた世界樹の前で見付けた族長のガァーラーへと、優希は声を掛ける。
傍らにはリィールーも居たが、片眉を吊り上げただけで何も言わずに控えていた。
「私をっ……ごほ、げほっ……はぁはぁ……私を世界樹の中心部に案内して下さい!」
息を切らしながら優希が叫んだ要望に、族長のガァーラーは面食らってしまう。
そんな彼を差し置いて真っ先に反応したのは、当初は優希の対応を夫に任せようと静観の構えを見せていたリィールーである。
「何を言うかと思えば……外部の人間を世界樹の中心へと案内しろですって?」
「そう、でふっ……!」
リィールーは目の前の小娘が不愉快だった……自分の大事な孫を外の世界に連れ出そうと訪れた人物というだけでも不快なのに、あまつさえエルフ達にとって命よりも大事な世界樹に関わらせろと言う。
膝に手を付き、肩を上下させて荒くなった息を整えながら肯定する優希にリィールーの視線が鋭さを増す。
「世界樹の力をお借りしたいんです!」
「それは貴女が決める事ではありません」
「時間が無いんです!」
部下から流されやすく、また気の弱い性格とでも報告されていたのか、まさか優希が反論して来るとは思わなかったリィールーは片眉を吊り上げて上げて彼女への視線に殺気を滲ませ始める。
「……っ」
その眼光は鋭く、敵意と憎悪に満ち溢れた眼差しに凄まれて優希の肩が震え始める。
族長のガァーラーよりも老けて見え、その腕も枯れ枝のように細く、杖や介添人が居なければ歩く事すらままならない程に弱っている老婆だというのに、その視線には生命力と活力に満ち溢れていた。
ともすれば一瞥だけで人でも殺せるのではないかと疑ってしまう程に、リィールーの目は仄暗い感情を湛えていた。
「あっ、ぅ……」
リィールーは娘を探す為に大樹海の外を自ら駆けずり回っていた実力者でもある。
そんな古強者に睨まれ、荒事などとは無縁だった優希が容易く抗える筈もなく……苦しそうに胸を抑えて背中を丸める。
その様子を見て、報告通り気が弱く捨て置いても問題ない取るに足らない小物だと認識したリィールーは優希から視線を逸らす――
「――戦ってるんですッ!! シルヴィちゃんも! 貴女の大事なお孫さんも!」
優希は恐怖に震える自らを心の中で叱咤し、その瞳に小さな勇気を宿らせて……恐れを誤魔化す様に大声を張り上げる。
「こんな所で足踏みしてる余裕なんてない! 沢山死んだ! あの悪魔に沢山のエルフが殺された!」
よく周囲を観察し、細かいところに気付く優希はきちんとあの状況下でも認識していた。
シルヴィに担ぎ上げられ、【逆さの悪魔】と接敵した瞬間に……シルヴィが攻撃を放つと同時に悪魔が行使したちぃと能力によって周囲で戦い、または逃げ惑っていたエルフ達が腐り落ちていったのを見ていた。
生きたまま身体がグズグズに溶けて崩れていく様は筆舌に尽くし難く、優希に少なくない衝撃と恐怖を齎した。
けれど、優希はその恐怖に呑まれそうになりながらも自分が出来ること、出来そうな事をやり遂げる為に動いてる。
「シルヴィちゃんが、シルヴィちゃんも死ぬかも知れない! 今もあの悪魔を食い止めてる!」
それはひとえに自分よりも歳下の少女を助ける為に、不甲斐ない自分を信頼して全てを任せてくれた彼女に応える為に優希はリィールーを相手に一歩も引かなかった。
それはここ数日間シルヴィ達と一緒に突撃しては、遠慮がちに声を掛け、そして直ぐに諦めて退いていく気弱で心優しい少女と同一人物とは思えない程に
「貴女が行って、何が出来ると言うのです?」
「――世界樹の設定を変える事ができるッ!」
優希の気迫に気圧されそうになりながらも、辛うじて発せられたリィールーの問い。
それに対して食い気味に、慎重で断言するという事を絶対にしない優希が大言を吐き捨てる。
「今の世界樹の姿は私の世界と一緒だった……内部の構造も見た限りではほぼ同じ」
「それが」
なんだと、リィールーが言い切るよりも先に優希が口を開く。
「あるんですよね? 制御室が……私ならそれを操作できる」
全ては想像の域を出ない。完全なる推測でしかなかったが、族長を含む周囲のエルフ達の様子を見るに間違ってはいなさそうだった。
仮に世界樹に制御室が存在したとしても、それが自分に操れるかは確証は全く無かったが、それでも優希はここは虚勢を張る場面とばかりに言い切って見せる。
悪魔なんていう不思議存在に対抗するには自分の地球の知識は役に立たず、僅かな攻防を考察する限りシルヴィとルゥールーの能力だけでは勝てそうにもない。
ならば、世界に影響を与え、魔王と繋がり、龍種という優希にとって悪魔と同じくらいの不思議存在を作り替えた実績を持つ世界樹を頼るしかないと。
「その根拠は――」
「――私っ! 私は……!」
今ここで大事なのは反論されないこと、自分の主張の穴を突かれる前に自信満々に言い切り、この場の空気を、周囲の大多数に「もしかしたら」と思わせること。
だからこそ優希は目の前の相手と議論を、話し合いをするつもりはサラサラ無かった……だからこそ、リィールーの言葉を大声で遮り、そして一拍呼吸を置いて静かに言葉を絞り出す。
大事なのはそう――
「――私も異世界人ですから」
――周囲が冷静になる前に、流れを確定させる情報を投下させる事。
「「――」」
何故か最初から優希が異世界人である事を看破した族長のガァーラーとは違い、優希の出自を知らなかった周囲の者たちが息を呑む。
果たして優希ちゃんは、世界樹を操作して何をするつもりなのか。
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