31.攻防
詠唱ってやっぱりあった方がカッコイイよね……
「あれは大丈夫なの?」
明らかに運動が苦手だと分かる走り方で去って行った優希を心配してか、ルゥールーはは思わずそう声に出す。
自分はここで【逆さの悪魔】に張り付き、相手の反転したちぃと能力を相殺し続けなければならない関係上追い掛ける事が出来ない。
その為この場で一番身軽で、優希とも仲の良いシルヴィへと問い掛けたのだ。
「心配ない、信じて待てばいい」
それに対するシルヴィの返答は簡潔の一言に尽きる。
優希の考えを一切疑っておらず、またこの膠着した状況を打開できる何かをしてくれると心の底から信じているのが見て取れる。
シルヴィはただ優希に言われた通りに行動すれば良いと、そう理解しているからこそ【逆さの悪魔】の次の行動に対して即座に対応できた。
【無尽の破滅の力を我身に宿し、世界に終末を齎らさん】
【紡ぎしは世界の意思の流れを司る大いなる力】
【硫黄と障毒で大地を満たし、命の息吹を奪い去る】
【星々の踊りを律し、宇宙の秩序を創り出す根源の言の葉】
【魂を蝕む呪詛を唱え、絶望の渦に巻き込まれし者の心を砕く】
【時空の螺旋を縫い、星辰の軌道に従い、秩序の愛で世界を包み、闇に包まれた混沌の渦に法則を刻む】
シルヴィと【逆さの悪魔】の詠唱が、紡がれる力ある言葉が重なり世界が軋みをあげる。
【――狂気の毒】
【――秩序の円】
完全詠唱によるシルヴィの祝祷術と【逆さの悪魔】の魔術が正面から衝突し、そして――対消滅の余波で中心の空間がズレる。
まるで斜めに切れ込みを入れたかのように大地がズレ、雲が裂け、巻き込まれた一部の立体物が倒壊していく。
「……シルヴィちゃん居なかったら死んでたかも」
ルゥールーは己のちぃと能力により、普段であれば悪魔の一柱くらいは何とか抑え込む事が出来る。
然しながら現状ではそのちぃと能力を相殺され、周囲を固める戦士達も居らず、言わば何もしないで丸裸で突っ立っているだけの状態と変わらない事を失念していた。
だからこそ、ちぃと能力を使えなくなっただけで未だに万全の状態の悪魔が魔術詠唱を始めた時に思ったのだ――やっちまった、と。
それがどうだろうか、人の身で絶対に抗う事の出来ない魔術を目の前の妹が相殺してみせたではないか。
【理解不能】
勝手にダイナさんの娘だし、もしくは彼女のちぃと能力かもと納得するルゥールーとは違って【逆さの悪魔】は自身の目の前で起きた事象に驚愕する。
例えシルヴィが精霊の類いであったとしても、多少は威力を殺されるかもしれないが、その護りを貫いて少女二人の息の根を止める事など容易いと思っていた。
それが、まさか、人間相手に対消滅が起こされるとは悪魔と言えども予想が出来なかったのだ。
元同族の天使や不思議な力を扱うという魔王の落胤ならまだ知らず、シルヴィからはちぃと能力のような異質な力は感じられない普通の人間にしか見えないのがまた悪魔を困惑させる。
【何者ぞ――否、為すべきこと、変わらず】
いくら考えても答えが出る筈もなく、悪魔は当初の目的通りルゥールーの魂を回収する事を優先する事にした。
その為にはシルヴィの存在が邪魔ではあるが、アレでは逆さの権能を持つ自らにダメージは与えられない。
ならばと、無理に即殺しようとはせずその肉の器に負荷を掛け続ける戦法へと変える。現世に生を受けている以上はどんな存在であっても耐久に限界があるからと。
【闇の空が訪れんとする時、世界は蠢き、存在の複層性が交錯する
我が身を変容させんと禁断の秘術を刻み込み、魂の奥深くに響き渡る言葉を詠唱せん
忘却の迷宮に封じられた信仰の言霊を解き放ち、現実を歪めんとする――偏在する影】
次の瞬間――世界が闇に染まる。
「――ッ!!」
無数の拳が上空を覆い尽くし、まるで流星の様にシルヴィ達へと殺到する。
降り注ぐ無数の巨腕、人間など蟻のように容易く潰せる質量攻撃を前にシルヴィは腰から抜いた細剣を全力で振るう。
目にも止まらぬ高速で細剣を操り、自らを押し潰さんと迫る拳を流麗に受け流していく。
背後ではルゥールーが冷や汗を流しながら、懐から取り出した種子を投げて盾となる樹木を育てようと試みる。
【闇の空が訪れんとする時、世界は蠢き、存在の複層性が交錯する――】
そんなシルヴィ達の必死の努力を嘲笑うかの様に、【逆さの悪魔】が更なる詠唱を開始する。
「……っ、不っ味い、かも……!」
思わず零れるルゥールーの呟き……シルヴィも【秩序の円】で対抗するが、殺到する拳は魔術によって生み出されたモノではなく、ただその数を増やしただけの【逆さの悪魔】の拳そのものである。
相殺など出来ないし、反射によるダメージも逆さの権能で無効化されてしまう。
降り注ぐ巨腕に多少の傷が付けられたところで、それらを捌けるようになったところで悪魔の本体には刃が届かない。
【闇の空が訪れんとする時、世界は蠢き、存在の複層性が交錯する――】
「……っ!!」
そこにさらなる追加の詠唱である。高速で振るわれる刃にも精細さが欠け、次第に限界を迎えた結界が粉々に砕け散り、芽を出した端から木々はすり潰されていく。
激しい連続運動にシルヴィの肺は圧迫され、喉も焼ける様に痛みを訴えだす。
過去最速で剣を、蜂の羽根の様にブレる程の速度で刃を奮っているというのに流星の様に降り注ぐ巨腕を捌ききれない。
「まだっ……まだ……!!」
【驚嘆、未だ、討ち取れず】
横腹が痛みを主張し、呼吸もままならない……息付く暇も無いとは正にこの事で、目の前の驚異に対抗する為に集中力を割かれてこの事態を打開する思考も纏まらない。
【闇の空が訪れんとする時、世界は蠢き、存在の複層性が交錯する――】
シルヴィの目の前でパパっと火花が散った気がした……段々と狭まり、赤く薄いカーテンが掛かった様な視界の端で無数の拳の隙間から悪魔が更なる詠唱を開始するのが見え――
【――ッ!?】
シルヴィが切り捨てた拳から大量の血が噴き出したのを見て、悪魔が慌てたように全ての攻撃を止めて後退る。
悪魔の言葉と、詠唱が【】なのはちゃんと意味があります。
それはそれとして遂に書き溜めが尽きてしまった……こうなりゃ大樹海編が終わるまでは気合いで毎日書きたて新鮮な最新話をお届けするしかない。
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