30.共闘
お姉ちゃんと頑張るぞー!
「お姉ちゃん……で、合ってる?」
ルゥールーの能力によって悪魔の権能が中和されているのか、重力の向きが元に戻ったのを見逃さず、フワフワと浮きながらシルヴィ達が着地する。
まだ完全には相殺し切れていないのか、重力の向きは元通りでもその強さは一定とはいかず、踏み込みの際に力加減を間違えればそのまま高く飛んで行きそうな程に体重が軽く感じられた。
「そうだよ、本当はもっと劇的に正体を明かしたかったんだけどね……」
そんな事を言い、心底残念だとばかりに肩を竦めたエルフの少女――シルヴィ達へと色々と手助けしてくれていた彼女が被っていたフードを取り去り、そして決めポーズを取り始める。
「――そう、私こそがシルヴィちゃんのお姉さんなのだー!」
千草色の長いくせっ毛をサラリと流し、綺麗なおでこを外気に晒しながら鼻息荒く胸を張ってドヤる幼女がそこに居た。
そんな自信満々な彼女の自己紹介に特に反応せず、シルヴィは懐から取り出した魔道具を姉と名乗る人物のおでこにかざす。
――ピンポンピンポーン!
なんという事だろう……魔道具が小気味のよい安っぽい音が発せられるではないか。
「なにそれ……」
「血縁者かどうか分かる魔道具」
「ダイナさん……」
シルヴィは自分の失敗を覚えていた……あのゲルレイズという、魔王の子を騙る男に考えなしに突撃してしまった時の事を。
だからこそ、今ここで目の前に魔王の子を名乗る幼女が現れたとしても冷静に対処できたのだ。
皇太子を名乗る金髪の青年に対しては、周囲に護衛やらが多くて魔道具をかざす事など出来なかったが今は状況が違った。
「お姉ちゃん、認識のすり合わせがしたい」
「本当にマイペースだね……別に良いけど」
少しばかり足が震えている優希をそっと地面に下ろしつつ、シルヴィは【逆さの悪魔】が取り出した赤い宝玉を見据えながら姉のルゥールーへと問いかける。
「あれは魔血魂だと思ってるんだけど、お姉ちゃんは?」
「私もその認識だよ」
二人して深刻そうな顔をするのを見て、優希が恐る恐る尋ねる。
「あの、魔血魂って……?」
「うーん、なんて言ったら良いんだろ……魔王の一部としか言えないなぁ」
「魔王の血に魔王の魂の欠片を混ぜ込んで精製される呪物」
油断なく【逆さの悪魔】を見据えながらも、シルヴィとルゥールーは魔血魂について説明する。
魔王を打ち倒した者を新たな魔王にする曰く付きの血と、魔王となった者の魂の一部を千切り取って精製される魔血魂は、魔王の眷属を造ったり、配下に力を分け与える目的で利用されると。
それを聞いた優希は一つの可能性に思い至り、段々とその顔を曇らせる。
「あれ? 今の魔王って……」
「……うん、つまりアレを持ってるって事はちぃと能力を使えるかも知れない、っていうか恐らくもう使ってる」
大樹海全体に張っている結界などは他人でも簡易的にルゥールーの力を行使できる様にしていた物とはいえ、ちぃと能力で生み出されたそれを無視してここまで辿り着くなど今まで有り得なかった。
それに非戦闘員も住む世界樹がある居住区にはルゥールーが自分自身で結界を張っている。
「恐らくは私と同じ力……それをあの悪魔自身の権能で効果を反転させているんだと思う」
「お姉さんのちぃと能力って、どんな効果なんですか?」
「生命あるモノへの永続的な強化と守護、生命のないモノへの破滅と服従を強いる領域を作成できる」
あまりにもデタラメで到底個人が所有してはいけない力に、優希の思考が一瞬だけ止まりかけてしまう。
今は思考停止している場合じゃないと慌てて気合いを入れ直すが、それでもちょっと意味が分からない力である。
「悪魔って生命ある存在じゃないんですか?」
「概ねそうだね、悪魔は肉体を持たないし」
肉体を持たないから物理的な攻撃が届かないのに、向こうのそれは魂に直接響いて来るから厄介なんだよねとルゥールーは酷く面倒臭そうに語る。
「じゃあ、一瞬で周囲の木々やエルフの皆さんを消し去ったのは……」
恐らくは生命あるモノへの破滅と服従を強いる領域を生み出した結果だろうと思い至り、優希は思わずシルヴィの服の裾をぎゅっと握り締める。
シルヴィの近くに居て、彼女の張った結界に守られていなければ自分も今頃は腐り落ちて死んでいただろうから。
もしかしたら自分は死んでいたかも……いや、数秒後には死んでいてもおかしくはない現状に指先が冷たくなっていく。
「……せ、整理するとあの魔血魂をどうにかしないといけないんだよね」
恐怖に呑まれそうになりながらも、震える声で優希が確認を取る。
「そう」
「アレが無ければ私の能力で抑えて、シルヴィちゃんが封印できると思う」
シルヴィとルゥールーからの単純明快な答えに優希は軽く頷く。
魔血魂とやらをどうにかすれば、今のお互いのちぃと能力を打ち消し合う状況が消える。
悪魔が生命ある存在ではないのであれば、ルゥールーの能力により破滅と服従があの【逆さの悪魔】に科せられ大分弱る筈だと。
逆にもしもルゥールーの能力が打ち消されてしまう事があれば、その時点でもうコチラに勝ち目はない。
「――ユウキ」
初めて見る悪魔という存在、初めて知るちぃと能力のヤバさ……そして今も晒されている命の危機に吐きそうになる優希へと、シルヴィが優しく声を掛けてくる。
「――信じてる」
ある意味で残酷とも言える信頼を寄せられ、優希の覚悟が決まる。
「シルヴィちゃん、お姉さんが攻撃されないようにしつつ、出来るだけ悪魔に負荷を掛け続けて」
「おけ」
「? 何をするつもり?」
震える膝を拳で殴り付け、身に付けていた鞄を全て放り捨てて優希は背後へと向き直る。
「――ちょっと世界樹の力借りて来る」
それだけを言ってポテポテと走り去る優希を、ルゥールーはポカンと口を開けて呆けたまま見送るしかない。
「さっ、お姉ちゃん」
そんなルゥールーの肩を叩き、シルヴィはまるで当たり前のように次の行動に移る。
「ユウキがやらかすまで、足止めを頑張ろう」
気安い口調でそんな事を言いながら、シルヴィは【逆さの悪魔】へと全力の【神焔】を放つ。
果たして優希は世界樹で何をするつもりなのか――!?
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