29.対峙
大樹海編のボス戦ですわよ!
「それでシルヴィちゃん、悪魔って?」
にわかに騒がしくなっていく周囲の状況に震えながらも優希はシルヴィへと問い掛ける……もちろん発掘作業の手は止めずに。
「……旧き神、堕ちた天使、それらを纏めて悪魔と呼ぶ」
まだこの世界が混沌として形を成していない頃、シルヴィが信仰する創造神が真に世界を形作る前に人々から信仰されていた神々と、何らかの理由で魔性に堕ちた天使達を悪魔と呼ぶ。
彼らの元の存在を考えれば当たり前だが、人間とは存在としての格や本体が居る位相が全く違う為に通常では傷付ける事は出来ない。
創造神や天使からの加護を受けているか、もしくは強い信仰心を持つ個人でないと勝負の土俵に立つ事すら許されず、そして立てたとしても滅ぼす事は不可能に近い。
「正確には滅ぼしてしまうと、世界のバランスが壊れる」
悪魔と呼ばれる存在の持つ力はピンキリではあるが、それでも神々や天使と呼ばれていたモノたちである。
調和の天使が世界樹となり、世界にとって欠かせない存在となっているように、悪魔達も滅ぼされるとそれはそれで問題が出て来るようだ。
「じゃあどうするの?」
「弱らせて、それから封印するしかない」
「……出来るの?」
「……やった事はない」
一応悪魔を封印する術は母であるダイナから教わってはいるが、しかしシルヴィはこの世に生まれて落ちてから一度も悪魔と遭遇した事がない。
旧き神も堕天使も、昔よりも力を減らしているとはいえ人智を超えた超存在である事に変わりはない。
そもそも自分の攻撃がきちんと通じるのか、自分の信仰心や加護は悪魔と対峙するに足る程なのかシルヴィにはよく分からなかった。
「……とりあえず、シルヴィちゃんなら何とか出来る前提で作戦を立てるね」
「出来なかったら?」
「……許可が下りるか分からないけど、手がない訳じゃない。でもそれも悪魔の実物を見てからの話になるよ、シルヴィちゃんのお姉さんの結界を突破できた理由も不明だし」
「わかった」
優希は自信無さそうに「悪魔には地球の知識も役に立たないからなぁ」と呟いていたが、それでも基本的な説明をされただけでいくつかの作戦が思い浮かぶのだからシルヴィからの評価はドンドン上がっていく。
そんなシルヴィの内心など露知らず、優希は自らの作戦がシルヴィという特異な存在ありきの、歳下の女の子に頼りっぱなしのダメダメなものだと落ち込んでいた。
「ほら、そろそろ自分で出られるんじゃない?」
「よいしょっ」
悪魔の対処について話しいる内に発掘作業が進み、両腕が自由になったタイミングでシルヴィは力を込めてボコっと地面から這い出て来た。
「ふぅ〜、これだけでちょっと疲れちゃった」
「ごめんね」
「……良いけど、早くエルフの皆を助けに行こう」
「わかった」
そう軽く返事をし、スコップに寄りかかる様に座り込んだまま息を整える優希へとシルヴィは手を差し伸べて一言――
「捕まっててね」
「へっ?――うわぁ!?」
優希の手をグイっと引っ張り、そのまま腰から抱き着くようにして持ち上げてシルヴィは駆け出していく。
「ひぇ〜!」
世界樹の若木の樹上――いや、屋上へとたった数回のジャンプで辿り着き、そのまま隣接する若木へと一足飛びで着地する。
時には屋上から普通の木々へと飛び降り、そのまま枝から枝へと飛び移り、また世界樹の若木の側面を僅かな出っ張りを足場に駆け上がっていく。
【――九光】
悲鳴を上げる優希を抱き抱えて三次元的な動きで現場へと急行しながら、シルヴィは詠唱を始める。
【――汝の魂は罪ありき】
一節を唱える度にシルヴィの周囲を黄金色の光の粒子が立ち上り、物凄い速度で駆け抜けるシルヴィの動きに合わせて尾を引く。
【――綾羅の煌めき霊光を蠢かせ 堕ちたる者たちに裁きを下さん】
次第に昼間であっても遠目から気付く程に、シルヴィが発する光と存在感が増して来る。
【――深淵に満ちた魂の複眼よ その瞳に映し出されるは絶望の彼方なり】
優希はシルヴィが何か凄い事を始めようとしている事に気付き、集中の邪魔をしないように一所懸命に両手で口を塞ぐ。
ついでにシルヴィから発せられる光が眩しくて目も開けていられない。
【驚嘆、疑問、誰何】
詠唱が終わり、世界樹の若木から飛び降りると同時にシルヴィは【逆さの悪魔】をその目に捉えた。
落下時の風圧でたなびく黒銀の長髪を黄金色の光で彩りながら、優希を固定しているのとは逆の手を真っ直ぐ悪魔へと伸ばして狙いを定める。
【神罰必定――神焔】
シルヴィのたおやかな指先から極小の太陽とも呼ぶべき光球が九つ放たれる――人の身ではどう足掻いても実現できない出力に、この日初めて【逆さの悪魔】から余裕を奪った。
【危険分子、排除】
その言葉と同時に【逆さの悪魔】が180度回転し――シルヴィ達が上空へと落下し始める。
何の事はない、【逆さの悪魔】の権能によって世界の重力が限定的にひっくり返ったのだ。
【――軽く】
それ受けてシルヴィは即座に自身と優希の重さを極限まで減らし、その場に漂うという選択をしてみせた。
何もせず上空に落下し続けていればそう時間も掛けずに宇宙空間へと放り出されていただろうが、こうする事で時間が稼げる。今のシルヴィ達は雲のような存在だ。
【汝、人の身、ではあるまい】
「……」
悪魔からの問い掛けには全く答えず、シルヴィは自らが放った光球によって蒸発した筈の相手が瞬時に蘇った現象に対して思考を巡らせる。
どうやって復活したのか、それとも無効化したのかは分からないが、アレが通じないとなると封印は難しくなる。
通常であれば祝祷術による断罪の他にも剣術による戦闘方法もあるが、今現在は重力の流れが逆になり、シルヴィ達は自らを軽くして浮き続けなければならない状態だ。これでは踏ん張りが利かない。
祝祷術による風でこのまま移動する事も出来なくはないが、さすがのシルヴィも空中を自在に動き回っての戦闘は全く経験がなかった。
「シルヴィちゃん、あの悪魔って何でも逆さにしちゃうの?」
「……そうみたい」
顔を青くして震える優希からの問い掛けに、シルヴィは恐らくそうだろうと思われる事を告げる。
「……なるほど」
「何か分かった?」
たった一度の攻防で分かる筈がないとは内心では思いつつも、シルヴィは期待した目で優希を見詰める。
「あれ、多分だけど……自分のダメージを逆さにしてるんじゃない?」
「むむっ」
なるほど、確かに……出来なくはないのか? 何でも逆さにしちゃうらしいし、とシルヴィは眉間に皺を寄せる。
【無駄、無意味】
仮にそれが正解だとして、どうやって攻略するのか――そう考えていたシルヴィの目の前で悪魔が閉ざされた口から血のように澱んだ赤い宝玉を取り出す。
「あっ、やばっ――」
珍しく焦った様子のシルヴィが咄嗟に【秩序の円】を発動するのと同時に世界へと死が訪れる。
「えっ、うそ……」
シルヴィが張った結界の縁が音を立てて腐り落ちていく……虫食いのように穴が開き、そこから水を垂らされた薄紙のようにふやけて破られる。
【陛下の恩寵、ヒト、滅びるが道理】
悪魔の縫い付けられた目がプチプチと音を立てて薄く開かれる。
【汝、ヒトか、否か】
シルヴィの真贋を見極めようと、さらにちぃと能力の出力を高めようとして――自らの力が相殺されていく感覚に眉をピクリと動かす。
【――絶対生存圏】
その次の瞬間には悪魔の影響力は消え失せ、それどころか荒れた大地が黒く瑞々しく生まれ変わる。
変化はそれだけに留まらず、再生された大地から草花が芽吹き、背の高い木々がグングンとその枝葉を天へと伸ばしていく。
「……これ、結構疲れるんだよね」
戦いの場に似つかわしくない、幼い少女の声が響き渡る。
悪魔の視線の先には、目的の人物が――魔王の子が一人、ルゥールーが困り切った顔で立っていた。
描写されてないけど、悪魔の攻撃で結構な人数が死んでます。
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