3.同じ境遇
とりあえず初日は5話、2日目も5話、それ以降は毎日1話を投稿する感じにします。
「……ふむ」
さて困ったぞ、どうしようか……と、流石のシルヴィも頭を悩ませていた。気が付けば外は日が沈み暗くなっている。
貧乏な山村であるため、この村の裏手にある丘の中身をそのままくり抜いた様な、ジメジメとした洞窟っぽいところが宿という事はないだろうか?
村の掟で無闇に森林を伐採してはいけないとかで木材がおそらく貴重なんだよ、多分……いやでも自分は山賊のアジトに向かってたはず……などとグルグルと考えていた。
「――ぐすっ、すんっ……」
と、そんな時だ。誰かが啜り泣く様な声がシルヴィの耳に届く。
もしや自分の他にも騙されて捕まってしまった人が居るのではないかと後ろを振り返るが、そこには誰も居なかった。
ちなみにシルヴィの様な騙され方をする世間知らずな人物もこの世界にはまず存在しない。
「――して、なんで――ここどこ……」
「!」
いや聞こえる。確かに誰かの独り言が聞こえる。
明確に自分へと向かって発せられている言葉ではないが、確かに彼女は人の声を認識した。
「……むむ」
……認識したは良いものの、その声が何処から聞こえて来ているのかがさっぱり分からない。
シルヴィが振り向いた先にあるのは苔むした岩壁と、隅に無造作に置かれたガラクタの山だけである。
恐らくここは元々牢屋というよりは物置だったのではないだろうか。
「……ここ?」
しかしながら声はそのガラクタの山からしか聞こえてこないのだから、もしかしたら誰かが埋まっているのかも知れないとシルヴィは物を掻き分けて人の気配を探っていく。
壊れた鍬を放り捨て、腐りかけの木箱を投げ捨て、いつから放置しているのか分からない古着を押し退けて邪魔なぬいぐるみを掴み引っ張り――
「――わわっ!」
「――きゃっ?!」
バランスを崩して崩れ落ちていくガラクタの大きな音に、思わずシルヴィと泣き声の主の驚きの声が重なった。
「「……」」
砂埃が舞い、天井付近に小さく作られた通気口から漏れ出る月の光に照らされて二人はやっと顔を合わせる。
ガラクタの山の向こう側に居たらしい、茶髪茶目の少女はポカンとした表情でシルヴィを見上げていた。
さて、こういう場合はどうすれば良いのだろうか……シルヴィは顎に指を添えて少しばかり思案してから基本に立ち返る事にした。
「――魔王の娘にして先代聖女ダイナ・ハートが一子、シルヴィ・ハートと申す者でございます」
優雅に、流れる様に洗練された動作で穏やかに名乗りを上げるシルヴィはそれこそ普段の抜けた様子からは想像も付かない程に、この時ばかりは完全に上流階級の娘でしかなかった。
「……えっ! あっ?! えっと、えっと……し、篠田家の長女の篠田優希と申します! あっ、父は篠田晴信、母は篠田真理恵です!」
そんな、外見の美しさと併せて何処か超然とした雰囲気のシルヴィに呑まれ数秒ほど見蕩れていた少女は、そのまま慌てた様に自らも名乗りを返す。
自らの優希という名前のみならず、間違いをリカバリーするかの様に付け加えられた両親の名前には思わずシルヴィも首を傾げる。
「……よろしく」
「……は、はひっ!」
聞き慣れない家名と名前だなとは思いつつも、とりあえず呼び掛けに支障はないので気にしない事にしたらしい。
シルヴィはそのまま優希へと物怖じせずに話し掛ける。
「ユウキも騙されたの?」
「……違う。気が付いたら知らない場所に居て、そしたら怖い男の人達が私をここに閉じ込めたの」
「? 誰かに攫われた?」
「……分からない。日本にこんな場所があるとも思えないし、海外に連れて行かれたとしても途中で気付く筈だし」
「……そう、大変だったね」
日本という場所も分からなければ言っている事もいまいち要領を得ないシルヴィではあったが、彼女はとりあえず目の前の少女を抱き締めて落ち着かせる事を優先した。
優希という少女が故郷から名前も知らない場所に移動してしまい、この盗賊の牢屋に捕まっているらしい事は事実だからだ。
小さな頃から母に『困っている人には手を差し伸べなさい、原因の解決はできなくとも不安を取り除いてあげなさい』と教わった事をきちんと覚えていた。
「……うっ、ぐすっ……うえぇぇえ――」
自分と同じぐらいの年頃であるシルヴィに少なからず話を聞いて貰え、さらには抱擁された事で優希の不安に思う心が一気に噴き出したらしい。
恥も外聞もなく、みっともなく泣き叫ぶという行為を……最後にした記憶すら曖昧なそれをシルヴィの前に曝け出す。
「……よしよし」
それをただ、シルヴィはそっと受け止め続けた――
「……落ち着いた?」
「……お、お見苦しいところをお見せ致しました」
暫くして、辺りを舞った埃も落ち着くまでの時間そうしていると、やっと溜め込んだ物を吐き出せたのか恥じ入った様子の優希がシルヴィから離れる。
耳まで真っ赤にして俯く優希から目を逸らしてあげつつ、シルヴィは彼女へと改めて話し掛けた。
「ユウキは、何処から来たの?」
「え?」
「ニホンって何処にあるの?」
現状で故郷の話など役に立つ訳ではないが、会話でもしていれば気も紛れるだろうとシルヴィは純粋に気になった事を率直に尋ねてみた。
初対面の時に少しだけ事情は聞いたが、それだけでは不十分だったというのもある。
「……多分だけど、私はこの世界の人間じゃないと思う」
「そうなの?」
顔には全く出ていないが、シルヴィは死ぬほど驚いていた。
「だって月が三つもあるし、みんな剣とか振り回してて、シルヴィちゃんみたいな超能力みたいな力を使う人も居るし……日本だけじゃなくてアメリカやイギリスみたいな、世界的に有名な国を誰も知らないなんておかしい」
ポツポツと語り出した優希の話を、シルヴィは黙って聞いていた。
「家に帰る為に予備校の敷地から出ただけなのに、気が付いたら知らない森の中に居て……」
それから当てもなく彷徨っていたら訳の分からないまま変な生き物に襲われて、誰か助けに来てくれたと思ったら男性に囲まれてそのまま牢屋に入れられて過ごしていたのだと語る。
それを聞いてシルヴィは表情の変わらない顔で何かを考え、視線をどことなく彷徨わせる。
心細くて仕方なく、家族が恋しくて堪らないと再度目に涙を溜めながら言葉を紡ぐ優希に対してシルヴィは軽い口調で尋ねる――どうやって逃げる? と。
「……逃げられるの?」
「逃げるだけなら」
剣は奪われてしまったが祝祷術も結界術も使える……こんなボロい牢屋から抜け出して逃げるくらいなら容易いだろう。
だが土地勘も無ければ世間知らずな二人だけでは直ぐに逃走に気付いた元村人達に追い付かれてしまうだろうと、シルヴィは懸念を口にする。
「じゃあ、どうするの?」
「……うーん、剣があれば?」
「剣? 使えるの?」
「そこそこ?」
優希は露骨に不安そうな顔をした。
彼女にとってシルヴィはか弱い女の子にしか見えず、またその細腕も重い刀剣などを満足に振るえるとも思えなかった。
何故かシルヴィ自身も首を傾げながらの返答だった為に彼女の不安に拍車を掛けている。
シルヴィはただ、母親の『アナタの剣の腕は達人レベルですよ』という言葉をどの程度本気にしても良いのか測りかねているだけではあったが。
「……うーん、まぁいっか」
「? なにが?」
唐突にただ一人納得した様子を見せたシルヴィへと、優希はどうしたのかと問い掛ける。
一人で何やら考えていたらしいシルヴィは、そんな彼女へと振り向きこう告げる――
「――君だけは逃がしてあげる」
シルヴィは終始真顔です。
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