28.出会い頭
姉の祖母との対面
「――帰りなさい」
それがシルヴィ達がリィールーと面会した時に開口一番に言われた言葉である。
「外から来た人間と交わす言葉ありません」
周囲の者達に支えられないと歩く事すらままならない老婆だというのにその眼光鋭く、敵意と憎悪に満ちた活力のある瞳で余所者二人を睥睨する。
取り付く島もないとは正にこの事で、シルヴィ達は初対面の挨拶すらも行えていない状態であった。
「ま、待って下さい! 少しだけでも話を――」
「あの子と約束したのは顔を見る事だけです」
おそらく世界最高の美女(予定)の事を言っているのだろう……彼女はちゃんと約束通りリィールーとシルヴィ達が会える様にしてくれたが、それでもやはりリィールーは優希の言葉を遮ってそのまま部屋を後にした。
まさか自己紹介すらさせて貰えないとは思わず、シルヴィ達は顔を見合わせて肩を落とす。
「……どうする?」
「……どうしよう」
流石のシルヴィもあそこまで頑なだとは思わなかったのか、珍しくその眉尻を下げてリィールーが去った方向を眺めている。
「――シルヴィちゃん、ユウキちゃん」
と、そんな二人に廊下の角から小声で話し掛けてくる小さな人影が居た。
「こっちこっち」
小さな手で二人を手招きするのは、このリィールーとの顔合わせを用意してくれたエルフの少女だった。
「あれ、君は……」
「世界最高の美女(予定)」
優希がその存在を視認して、そしてすぐに名前を聞いていなかった事を思い出して目を泳がせる……隣りのシルヴィがよく分からない事を呟いたが、いつもの事なのでスルーした。
「ごめん、その場のノリと勢いで口走ったけどやっぱ忘れて」
「わかった」
「?」
恥ずかしそうに手をパタパタと振る少女と、特に気にせず頷くシルヴィ。
何の事か分かってないのはこの場で優希ただ一人である。
「それで? やっぱりダメだった?」
「自己紹介も出来なかった」
「開口一番に帰りなさい、だもんね」
「そっか〜」
二人の報告にエルフの少女は苦笑し、そして小さな声で「本当に頑固なんだから」と呟いた。
「……よし! 次はこうしよう!」
「次?」
「そう、次は何か言われる前に自己紹介しちゃえ! そしてその次は一言! さらにその次は二言目を勝手に捲し立てちゃえ!」
エルフの少女が提案したのは強引な力技とも言うべきものだった。
相手が何か言う前に、相手がその場を立ち去る前に言いたい事をババっと捲し立てて伝えるというゴリ押しに近い何かである。
「……って言っても次も会えるかな?」
「うーん、今回みたいに正式な顔合わせは難しいと思う」
「じゃあ、どうやって?」
「おばぁ――リィールー様の行動範囲ならよく知ってるから先回りしよう」
「なるほど」
それなら上手く行きそうだと自称IQ300のシルヴィは作戦の成功率を9割は固いと試算し、エルフの少女と一緒になって「ふふふ」とニヤケて――シルヴィは無表情のまま声だけ出して――いた。
しかしこの場にはガチで頭が良く、細かい部分に目を配る優希という存在が居た……彼女は決して見逃さなかった――目の前のエルフの少女がリィールーの事を「おばぁ」と言いかけた事を。
「……」
これは、なんだ……私が試されているのか? シルヴィちゃんと一緒になっていつ気付くかどうか悪戯でもしてるのか? そんな事を考えるが、もしも本当に目の前の少女がその正体を隠しているなら勝手に暴くべきではないし、等と一人寂しく頭を悩ませた。
というか私達はシルヴィちゃんのお姉ちゃんに会いたくてリィールーさんを説得しようとしているのであって、その本人が今この場に居るのなら無理に出会い頭に自分の言いたい事を叫ぶ迷惑行為はしなくても良いんじゃないか? そこまで考えて、シルヴィはもしも何らかの理由があって正体を隠している事を考慮しながらも、シルヴィの姉であるルゥールーの真意を問うべく声を掛ける。
「……ねぇ、ルゥールー様のお部屋って何処かな?」
「……それを聞いてどうするの?」
「リィールー様の行動範囲が分かるって事は、ルゥールー様の行動範囲やお部屋も分かるんじゃない? だったら彼女とだけ話して旅に出る事も――」
目線を合わせるように――と言ってもフードで隠れて見えないが――屈み、小声で問い掛ける優希の口を小さな手が遮る。
「――それはダメだよ」
それはまるで大きなお姉さんに注意されてしまったような、ちょっと悪い事を言って叱られてしまったような……そんなむず痒い感情を優香に抱かせる声だった。
「暫く会えないかも知れないんだから、心残りは無い方が良い」
「……そう、だよね……ごめんね、変な事を聞いて」
その言葉を聞いて納得した優希は、自分も家族に一言くらい何か言っておきたかったなぁと一抹の寂しさを感じながら声を出す。
「あっ、ううん! 全然平気! こっちも生意気な事を言ってごめんね?」
その優希の声と表情から何かを感じ取ったのか、エルフの少女は慌てたように手をパタパタと振る。
「とりあえずそういう事だから、何としてもリィールー様を説得しよう!」
「お、おー!」
元気よく拳を振り上げる優希と少女の二人を見て、シルヴィは呑気に仲が良いなと思っていた。
「――シルヴィ・ハートです」
曲がり角から急にぬっと現れたシルヴィに自己紹介をされ、リィールーも彼女の護衛や側仕えも一瞬だけ思考がフリーズした。
「あっ、すいません、昨日は自己紹介も出来なかったので……篠田優希です」
続いて出て来た優希にエルフ達は「いやそうじゃない」と内心で一斉にツッコミを入れた。
「……行きますよ、茶番に付き合ってる暇はありません」
当然というべきか、リィールーは少し眉を吊り上げた程度でさっさとその場を立ち去ってしまう――
「――いい天気ですね、お姉ちゃんは元気ですか?」
頭上からガサリと音を立て木の枝から逆さにぶら下がって現れたシルヴィに、リィールーも彼女の護衛や側仕え達も一瞬だけ心臓が止まりそうになった。
「あっ、すいません、昨日は自己紹介しか出来なかったもので……シルヴィちゃん、頭に血が上っちゃうから普通に降りて来て」
続いて降りて来た優希にエルフ達は「いやお前も木に登ってたんかい」と内心で一斉にツッコミを入れた。
「……」
未だに驚いた衝撃から立ち直れないのか、リィールーは少しだけ胸元を抑えながら無言でその場を立ち去ってしまう――
「――ブルーベリージャムってまだありますか? お姉ちゃんに会いたいです」
外に出た瞬間首から下が地面に埋まっているシルヴィに声を掛けられ、リィールーも彼女の護衛や側仕え達も「ヒュッ」と息を呑んだ。
「あっ、すいません、昨夜から抜け出して準備したみたいで……もう、シルヴィちゃん服が汚れるでしょ」
スコップを持参し、掘り出し始めた優希にエルフ達は遂に考える事を止めた。
「……もうたくさんです、いい加減にしなさい」
と、連日で心臓に悪い頭のおかしいパフォーマンスをされてとうとうリィールーも無視が出来なくなったとか、疲れたように頭を振る。
「アナタ方が何を言おうと、何をしようと……ルゥールーを危険な場所に連れて行く事は許しません」
気味の悪い者を見る目で拒絶する目の前の老婆に、シルヴィも神妙な顔をして言い募る。
「そこを何とか考え直して――あっ、痛っ」
「あっ、ごめん」
どうやら発掘作業中にスコップがシルヴィの身体に当たったらしく、その場に気まずい雰囲気が流れる。
シルヴィは地面に埋まったまま視線を彷徨わせ、優希は冷や汗を流しながら口元をキュッと引き結んで心做しか慎重な手つきでスコップをシルヴィの顔の横に置く。
「……」
シルヴィは優希へと目線で語る――あれ、掘り出してくれないの? と。
「……」
優希はシルヴィへと目線で返答する――自業自得だよ、と。
「……馬鹿馬鹿しい」
そんな二人の楊子を見て取って、処置なしとばかりに重い溜息を吐き出したリィールーは今日もまた二人へと背を向けて去って行く。
優希は今日もまた失敗か、そりゃそうだよね、シルヴィちゃんが普通に現れてくれないもんと少し半泣きになっていた。
そんな彼女のすぐ横で、首から下は埋まったまシルヴィは去って行くリィールーの背へと言葉を投げ掛ける。
「――怖いの?」
一瞬だけ顔を顰めたようにシルヴィを一瞥し、そしてすぐに目を逸らしてリィールーは歩き去る。
「……急にどうしたの?」
優希の問い掛けに答えるでもなく、シルヴィはただ黙って自らの顔の所に置かれたスコップを凝視する。
早く私を掘り出して助けてくれと言わんばかりに、時折チラチラと優希へと視線を投げながら。
「……暫くそこで反省でもしてれば? てかどうやって一人で埋まったんだか」
「!?」
馬鹿な、優希が冷たいだと……!? シルヴィに天変地異が如き衝撃が走る。
心做しか世界全体が揺れているように感じられ、シルヴィはこれが本当の意味でショックを受けるという事かと自己問答を繰り返す。
「うわっ、なに? 地震?」
突然の揺れに慌てる優希の横で、というかマジで揺れてね? 地震? 珍しいな……などと考えていたシルヴィの耳に悲鳴が届く――「悪魔が来た」と。
「これって……」
「本当に揺れてた」
まさか本当に揺れてたとはと驚くシルヴィを気にも留めず、優希はもう慣れた様子で発掘作業を再開した――
優希「(本当に? ……またシルヴィちゃんがよく分からない事を言ってるけど、今はさっさと彼女を掘り起こさないと)」
シルヴィ「あっ、そこもう少し優しく……」
優希「ちょっと黙ってて貰える?」
シルヴィ「……わかった」
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