26.見覚えのあるセンス
シルヴィ、まさかの再会――?!
「ダメかぁ〜」
「今日も会ってくれなかった」
エルフの國へと着いてから五日目の朝食後――シルヴィと優希は心做しか気落ちした様子で溜め息を吐く。
「まさかの面会拒否だもんね」
ここ数日シルヴィの姉であるルゥールーを旅に連れて行くため、祖母のリィールーへと話し合いの場を設けようと提案したのだが、向こうはシルヴィ達と顔すら合わせたくないらしい。
気を利かせた族長が夕食の席に誘ってくれたりもしたが、シルヴィ達の気配を感じるとルゥールーを連れて自室に引き篭る徹底っぷりでガードが硬い。
本当に心の底から外の世界を拒絶し、孫を守り通すという硬い意思が感じられた。
「エルフの衣装が可愛いって浮かれてたのが恥ずかしい……」
大事な客人だからと毎日のように着替えを用意してくれるため、今のシルヴィと優希はエルフの民族衣装に身を包んでいた。
金糸で縁取られた白いノースリーブのタイトドレスに、薄緑に透けるアームカバーとレッグカバーを着用し、それらの上から光の加減で薄く蔦の刺繍が浮かび上がる新緑のポンチョのような物を羽織っている。
男衆や戦闘員はまた違った衣服があるらしいが、これらの普段着も特に動きを妨げる訳ではないのでもしもの時も動けそうだった。
「うぅ、傍から見たら無駄飯喰らいの居候だよね……」
「深く考えない方が良い」
シルヴィは優希のいつもの悪い癖を軽く受け流し、屋外に用意された席で果実水を口に含む。
まさかのまさかではあるが、このエルフの森にはシルヴィの大好物であるブルーベリージャムの原産地だったのだ。
そのため今の彼女は用意されたクッキーにブルーベリージャムをたっぷりと乗せ、それを頬張る事に忙しい。
体型がよく分かる衣装の為か、お菓子を控えようと悪足掻きする優希の分も含めて、シルヴィは今まで会えていなかった己の半身との対話を目を瞑って堪能する。
「そんなに好きなの?」
「――好き」
「……そ、そう」
そのたった一言には万感の思いが込められていると錯覚する程に、今のシルヴィは幸福感に満たされて華やいでいた。
そんな様子を優希が少し引きつつも、微笑ましく見守っていると遂にその時がやって来た――そう、ブルーベリージャムが切れたのだ。
「……ない、ジャムが……もう……ない……」
わなわなと震え、全身から力が抜けたかのようにガクッと椅子から滑り落ち、まるで自らの死がそこまで迫って来ているとでも言わんばかりに絶望の表情を浮かべるシルヴィ。
「し、シルヴィちゃん……」
そのあまりの様子にドン引きする優希だったが、シルヴィにとって次があるかも分からない大好物との偶然の再会だっただけに、その消失感は計り知れないものがあったのだろう。
「あ、あ〜、お姉さんたち今大丈夫かな?」
「あっ、はい! どう、ぞ……?」
そんな二人に遠慮がちに話し掛ける声が聞こえ、優希が慌てて振り返るもそこには誰も居ない。
「あれ?」
「下です! 下!」
その言葉に従って視線を下げてみれば、そこにはフードを深く被ったエルフの女の子が一人居た。
「あっ、ごめんね」
「別にいいよ!」
気付かなかった事を謝罪する優希に、元気よく許しの返事をするエルフの女の子は続いて彼女の手を取って引っ張る。
「皆がお姉さん達とも遊びたいって言うからさ、良かったら一緒に来てよ」
「え? えっ〜と、どうする? シルヴィちゃん」
「いいよ」
勝手に子ども達と遊んで良いのかなと思いつつ、いつの間にか復活していたシルヴィに確認してみればサムズアップと共に了承の返事が帰ってくる。
「だって、良かったね」
「やったー! お姉さん達ありがとねー!」
そう言うや否や、エルフの女の子はシルヴィと優希の手を引っ張ってビル――姿を変質させた世界樹の若木に囲まれた細い路地をズンズンと歩いて行く。
シルヴィは単純に自分よりも小さい子どもが珍しくて、優希は親御さんに怪しまれないか心配しつつ彼女の後をついて行く。
「みんなー! 連れて来たよー!」
と、そうして辿り着いた場所は入り組んで狭い路地の先にありながら、ポッカリと穴が空いたように生じた広場である。
世界樹の若木達によって上空が四角に区切られ、昼間でありながら陽の光も殆ど届かない薄暗いその場所に女の子と同じ背丈のエルフの子ども達が数人集まっていた。
「おっそーい!」
「もー! まずはお礼の言葉でしょ!」
「はーい、ありがとうございまーす」
どうやらシルヴィ達を案内した女の子がこの集団で一番のしっかり者である事が、この短いやり取りで察せられた。
「じゃあ自己紹介して」
腰に手を当てた女の子のその言葉によって、エルフの子ども達が一列に並ぶ。
「ジァーラーの子、ディーテ、年齢は18歳」
「あっ、その……ギィーリの子、シィールーです。年齢は20歳です」
「ミィーチーの子のティール、16歳」
そうして自己紹介が進んでいくにつれて優希の頬が引き攣っていく。目の前のまだ就学前の児童とも言うべき背丈の子達が、自分よりも歳上だったりするのだから当然である。
そして何よりも名前が覚えづらい。人間のそれとは名前の規則が違い、さらには単純で似ているものが多くてややこしいのだ。
そんな優希の様子に気付いたのか、フードを被った女の子は苦笑して気にしないでと声を掛ける。
「名前が覚えられないなら君とか、お前とか、そんなんでも良いよ。この年齢だと自分の名前に愛着を持ってる子なんてほぼ居ないから」
「あっ、そうなんだ」
それならちょっと気楽かもと優希は考える。もちろん自己紹介して貰っておきながら、他人の名前を覚えようとする努力をしない訳ではないが、完全に顔と名前が一致する様になるまではこれで凌げると。
「それよりも、この子達が外からお姉さん達に興味を持っちゃってね、色々と話が聞きたいんだって」
「話?」
何が聞きたいんだろう? と優希が質問するよりも先に我慢が出来なくなった子どもが一斉に群がる。
「ねぇねぇここには何で来たの?」
「ルゥールーの結界はどうしたの〜?」
「森の外ってどんな感じ?」
「お前らって強いの?」
矢継ぎ早に飛ばされる質問に慌てる優希のすぐ横で、シルヴィはマイペースにフードの女の子を抱っこする。
「わわっ! シルヴィちゃん急になに?」
あれ、自分の名前を教えたっけ? と首を傾げつつ、シルヴィは問い掛ける。
「そういえば、君の名前は?」
「おやおやぁ? 聞いちゃう? それ聞いちゃう?」
何が可笑しいのか、フードの女の子は口元に小さな手を当てながら楽しそうにうぷぷと笑い声を上げる。
そんな女の子の様子を大して気にした様子もなく、シルヴィは真顔で「聞いちゃう」と普通に答えてみせた。
「……ホント、よく似てるね」
「?」
「まぁ、いいか」
やりづらいなぁと小さな愚痴を零してから咳払いを一つして、改めてシルヴィに抱っこされた状態のまま女の子は腰に手を当て、胸を反らしながら自信満々に名乗りを上げる――
「――私の事は正体不明の世界最高の美女(予定)と呼ぶがいい! ふわっはっはっはっ!」
その世界最高の美女(予定)の名乗りを聞き、シルヴィは思う――何処かで見覚えのあるセンスだなと。
ふわっはっはっはっ!
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