23.世界樹?
さぁ、みんなも一緒にレッツ反復横跳び!
「なにそれ?」
思わずといった様子で漏れた優希の呟きを拾い、シルヴィが当然の疑問を呈す。
目の前に乱立する灰色の立体物を指しているのだろうが、あれがどんな物なのか知っているなら教えて欲しいと思ったからだ。
「えっーと、私の世界の建物かな……?」
無表情でありながら好奇心に瞳のみを輝かせるという、何とも器用な事をしているシルヴィの無言の圧力に押されて優希は答える。
ただ彼女自身も自分で答えておいてそれが正しいという自信は無かった。確かに見た目は高層ビルに似ているが、しかしそれが存在する場所は地球ではない異世界だ。よく似た別物という可能性もある。
ここが大樹海のド真ん中という事も相まってか、あれがただ見た目が似ているだけの不思議な木々である可能性も捨て切れない。
「いや、わかんない……似てるだけかも……」
「ふぅん」
建物として見た場合お城のようにデカいそれらを改めて眺め、シルヴィは優希が実はお姫様なんじゃないかと勘違いを加速させていく。
元々シルヴィから見ても有り得ないほどの教養と知識量があり、作法は違うが礼儀も知っていて、そして言動や見た目からも育ちの良さが窺えていた。
王族にしては臆病で腰が低過ぎるような気もするが、中にはそんなお姫様も居るだろうと言われれば否定できない程度である。
「ユウキ、様?」
「えっ、急にどうしたのシルヴィちゃん」
「なんでもない」
試しに様付けで呼んでみたところ、めちゃくちゃ困惑されたのでシルヴィは即座に止めた。なんだか距離が開いた気がしてモヤモヤしてしまったのも原因だ。
「一歩戻ってみて」
「……なるほど、だから反復横跳びを」
一歩後退れば、今まで見えていた景色が大樹海のそれへと戻り、そしてまた一歩踏み出せば景色が変わる。
それを確認して優希は「そういえばシルヴィちゃんが反復横跳びを始めたのも、この場所だったな」と思い出す。
「……」
「……」
一体全体この現象は何なのかと、不思議体験に浮ついてしまったのかシルヴィと優希は二人してその場を行ったり来たりする。
終始無言で、けれども口元には抑えきれない笑みを浮かべての反復横跳び。
「……なにをしている?」
「あっ」
「こんにちは」
そのシュールな絵面に乗ってきた馬でさえも呆れをそのつぶらな瞳に浮かべ始めた頃、彼女達の前に複数人のエルフが現れる。
彼らの顔は一様に不審人物を目撃したかのような表情で彩られていた。
我に返って赤面する優希とは対照的に、シルヴィはここでもマイペースに挨拶を行う。
「……シルヴィ・ハートはどちらだ?」
「わたし」
「えっ、なんでシルヴィちゃんの名前を……」
呑気に名乗りを上げるシルヴィとは違い、優希は相手がシルヴィの名前を知っている事に驚きながらも、そういえば自分達は密入国したのと同じなのではと今更ながらに気付く。
こうして今の状況を俯瞰して見てみれば、皇国側から防衛や偵察のエルフ達を無力化しながら向かって来ていた不審人物が、自分達の集落の境界線で反復横跳びしていたという意味不明な状況である。
一応死者は出さないように気を配って来たし、シルヴィや優希に侵略の意図は全く無いのだが……それでも流石にちょっと不用心過ぎた。
シルヴィは自分の事を知っているっぽいし、今すぐ戦闘が起きるとは思っていなかったが、優希にはエルフ達が自分達を連行する集団に思えたのだ。
「そうか、お前があの聖女の……」
集団の先頭に立つ女性のエルフから意図せずして漏れた小さな呟き。誰にも聞こえない音量ではあったが、その苦虫を噛み潰したような顔と僅かに動いた口元から何かしら言葉を発したのは直ぐに分かった。
周囲の視線を感じ取ったのか、その先頭のエルフは誤魔化すように首を振って表情を改める。
「私はラァーラーと言う。族長がお呼びだ」
「わかった」
シルヴィの簡潔な返事に眉を顰めつつも、それ以上は何も言わずにラァーラーは踵を返す。
「付いて来るがいい」
それだけを言って先に進むラァーラーの後を追い掛けるようにシルヴィと優希が続き、そして残りエルフが彼女達の周囲を囲むように布陣する。
「ほ、本当に大丈夫なのかな……?」
「大丈夫」
「付いて行くのが怖いよ」
「どうせ行かなきゃいけない」
優希はたまに思う――シルヴィちゃんって男らし過ぎやしないかと。
「ねぇ」
「……なんだ?」
シルヴィの声掛けに若干の警戒感を滲ませながらラァーラーが応える。
「この建物はなに?」
そんな彼女の警戒心を知ってか知らずか、全く気にした様子もなくシルヴィは疑問を口にする。
「……世界樹の若木だった者たちだ」
「だった?」
「詳しくは族長から聞くがいい」
それっきりラァーラーは一切の口を閉ざし、もう話し掛けるなという雰囲気を発して隠さない。
その様子にシルヴィと優希は顔を見合わせ、素直に黙った後ろをついて行く事にした。
「……」
場に居る人数だけなら多いのに、その痛い程の沈黙と重い雰囲気が支配する中で優希は周囲を観察していく。
ラァーラーの話によると世界樹の若木だったモノらしいが、どう見ても長い間放置されていて朽ちたビルにしか見えない。
たまに動画サイトなどで「人類が突然滅んだら何が起きるのか」という内容のものが流れて来るが、あれで見たイメージ図のように感じたのだ。
老朽化が進みひび割れた外壁を無数の蔦や苔が覆い、中にはいつ倒壊してもおかしくない程に傾いた物もある。
「どうしたの?」
「いや、これが世界樹の若木なのかぁって」
「やっぱり似てる?」
「うん……ちょっと朽ちてるけどね」
優希と小声で会話したシルヴィも周囲をキョロキョロと見渡してみる。
世界樹といえば調律の天使が世界を安定させる為に、自らの形を変えて大地へと根ざした物だった筈だ。
世界樹からは絶えず微かな霊力が放たれ、世界が正しく循環するように調える役割がある。
その若木達――調律の天使の分霊や眷属とも言える存在が優希の世界の建物と酷似しているのはどういう事なのだろう。しかも朽ちているという。
これはもしかして不味い事でも起こっているのではないかと、族長から詳しい話を聞いた後で神託の儀式でも行った方が良いのかとシルヴィは考える。
「――着いたぞ」
そんな思考の海に潜り始めたシルヴィの意識をラァーラーの声が現実に引き戻す。
「ここが族長達が暮らす世界樹の根元だ」
これまた一際大きく、天にも届きそうな建造物が現れてシルヴィはもう驚きっぱなしだ。
これだけ大きな存在なら例え遠く離れていても、それこそ皇国からでも見えていた筈なのに近くに来るまで全く気付かなった。
大樹海と世界樹の若木達を隔てる境界とよく似た――いや、同種の力が使われているのだろうと推測する。
そんなシルヴィのすぐ横では、またもや優希が困惑した声を漏らした――
「――電波塔じゃん」
東京タワーと東京ス〇イツリーを足して2で割ったみたいな見た目です。多分。
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