22.反復横跳び
優希ちゃんは運動神経などが壊滅的です
「シルヴィちゃん、ごめんね……」
「構わない」
シルヴィは自らの後ろに騎乗し、背中にもたれかかっている優希の謝罪に簡潔にそう返す。
元々は罰としてであったため、優希は初日以降はずっとシルヴィの馬に同乗させて貰っている。
未整備の森の中を馬に乗って走るという事に未だに慣れないのか、最初の頃よりもは顔色は良いが優希はずっとダウンしていた。
「うぅ、私にもちぃと能力があったら良いのに……」
「可能性はあるかも?」
シルヴィはそういえばと思い出す……自分の父親が元は異世界の人間で、ちぃと能力とやらの起源だったと。
ならば同じ異世界から渡って来た優希にも魔王を倒せる程の、それこそ自分なんか簡単にぶっ飛ばせるくらいのちぃと能力があるんじゃないかと思えた。
しかしこれまでの旅の道中で優希にそれらしい兆候はなかったし、今回の移動でも彼女は休憩時に何かを念じてみたり、踊ってみたり、シャドーボクシングをやってみたりしていたが何も起きていなかった。
シルヴィ達にその場面を目撃されて顔を真っ赤に染めて蹲るだけの結果に終わったのだ。
「とりあえずお祈り頑張る」
「頑張って」
まぁ、現状はあるかどうかも分からないちぃと能力を夢想するよりも現実的で良いだろうと考える。
現状ではちぃと能力を使えないのはシルヴィ自身も同じではあったし、祝祷術は使えなくて困る事はあっても使えて困る事はない。
地球でも受験の時などに神様に祈る事はあったが、祈る対象がどんな存在なのか意識した事はなかったし、真剣に祈った事はあっても、祈りに対して真摯に向き合うという経験もなかった。
そのため優希はシルヴィにそれぞれの神様にその逸話、そして祈りとは何なのかを教えて貰っている最中である。
「――止まれ」
そんなやり取りを挟みつつ大樹海を突き進むこと一週間ほど……唐突に前を進んでいた黒髪の青年が後続を制止させる。
「……チッ、やはり拒絶されるか」
何事かと視線を向けるシルヴィと優希の二人を無視して、馬から降りた青年は数歩ほど歩いたところで手を伸ばし――そして何かに勢いよく弾かれる。
まるでそこに見えない何かが存在しているかのような現象に、シルヴィは誰にも分からない程度に僅かに目を見開く。
「おい、お前ら行ってみろ」
「わかった」
「えっ」
青年の指示にシルヴィは面白そうだと素直に従い、馬を降りて困惑する優希の手を取って下馬の介添えをする。
青い顔でフラフラとする優希の手を握ったままゆっくりと歩を進め、青年が弾かれた地点まで辿り着く。
「……」
「……ごくり」
そうしてそっ〜と、何が起きても良いように優希を背後に庇いつつシルヴィは前方へと手を伸ばす。
「……何も起きない」
しかしながら得られる感触は何もなく、首を傾げながらさらに何歩か進んでみても特に変化はない。
その事に対し、自分も不思議体験がしたかったらしいシルヴィは「残念」と言葉を漏らす。その声色は無表情でありながらも、本当にそうなんだろうと思える程に落胆に満ちていた。
「ふん、やはりな……ったく、あの野郎まさかこの我まで拒絶しやがるとは……」
その光景に青年は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、まるで今にも噴火しそうなほど怒りの気配を漂わせていた。
握り締めた拳が怒りに震え、自らが進めない道の遥か先を見据えて獣のように唸る。
「おい、そういう事だから後は任せたぞ。その境界を抜ければもう直ぐそこだ」
「わかった」
馬を回収しに一旦戻って来たシルヴィ達にそう言い捨て、青年は馬に跨り街の方へと振り返り――途中で思い出したかのように向き直る。
「あぁ、そうだ、ルゥールーの奴に会ったら言っとけ――いつまでも引き篭ってないで出て来い、ってな」
「……知り合い?」
そのあんまりな物言いというか、気安い言葉に違和感を覚えたシルヴィがそう問えば、青年は片眉を吊り上げてみせる。
「なんだ? まだ気付いてなかったのか?」
「?」
「……ふっ、まぁいい、それだけ我の偽装が完璧だったという事だ」
困惑するシルヴィを置いてけぼりにして、青年は一人だけで勝手に満足した雰囲気を醸し出す。
その様子にシルヴィと優希は顔を見合わせ、揃って首を傾げる。
「じゃあな、アイツに会ったらガツンと一発お見舞いしてやれ」
「わかった」
「シルヴィちゃん?」
去って行く青年とジェシカを見送り、まさか本当にお見舞いする気じゃないよね? と不安そうな顔をする優希を伴ってシルヴィは大樹海のさらに奥へと歩を進める。
馬の轡を引きながら直ぐそこだという青年の言葉を思い返すが、どう見ても視界の先には深い森が続いていて集落などありそうには思えない。
そのため本当に近くにエルフ達の居住地があるのかと内心で首を傾げながら進むシルヴィだったが、その数秒後に驚きのあまり足を止めた。
「……シルヴィちゃん?」
後ろに続いていた優希の困惑した声も耳に入らない様子で、シルヴィは自分の身に起きた出来事を必死に処理する。
シルヴィの目の前には巨大な灰色の立体物が乱立しており、曇天の空を串刺しにするのではないかという威容に思考が上手く働いてくれない。
たっぷり十数秒ほどフリーズした後にハッと背後を振り返ってみればそこには誰も居らず、驚いたように引き返そうと一歩戻ればそこは見慣れた大樹海の中であり……ぬぼっとした馬の顔が視界を埋めつくした。
「……あれ?」
「シルヴィちゃん? 本当にどうしたの?」
「ちょっと待って」
シルヴィは人生で一番困惑していた。もう何がなにやら分からなかった。もう一度振り返って一歩進んでみれば、やはり景色は灰色の森の中へと一変する。
そこからまた優希や馬の下へと戻り、その場に留まりながら背後を振り返って見ても灰色の世界は全く見えなかった。
どうやらある地点を境界として、転移か認識改変の力が働いているらしいと分かったシルヴィは好奇心に瞳を輝かせ、境界を跨ぐように高速で反復横跳びを開始した。
「――ッ!!」
「!?」
優希の視点では突然シルヴィが立ち止まったかと思えば、急にその場を行ったり来たりして、そして真剣な顔で反復横跳びを始めたのだから驚き混乱するのも無理はないというもの。
今までのシルヴィと関わって来て、この子がとても変わった子だという認識は持っていた優希ではあったが、戦争中の当事国に潜入して自らの姉と出会うという重要な目的の最中にこんな奇行をされるとは思わなかった。
しかも森の中という危険が潜む場所で、偉そうな青年から預かった親書と伝言もあるのにも拘わらず急にどうしたんだと困惑が隠せない。
「ユウキもやろう」
「反復横跳びを……?」
混乱しつつも素直に言う事を聞いた優希はその場でぴょこぴょこと拙い動きで反復横跳びを始めたが、それを見たシルヴィは「違う。そうじゃない」という言いたげな顔で首を左右に振る。
「……」
その様子に優希は少しイラッとした。シルヴィちゃんがやれって言ったんじゃんと、その理不尽さに口元をキュッと引き結ぶ。
そんな優希の様子にシルヴィは首を傾げつつも、「ほら、こっちだよ」と声を掛けながら手を引っ張って彼女を自分が見た景色へと案内して――
「……え?」
そんなシルヴィに手を引っ張られながら「仕方ないなぁ」と、困ったように眉尻を下げていた優希の顔がその一瞬後に石像のように固まる。
徐々に衝撃から立ち直り、フリーズしていた思考が働き出すと同時に混乱が押し寄せ、まるで餌を待つ鯉の様に口をパクパクとさせながら絞り出すように言葉を漏らす。
「なんで、高層ビルが……」
急に反復横跳びし始めるシルヴィ「――ッ!!(真剣な顔)」
同行者が急に反復横跳びを始めた優希「!?」
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