20.ガシャン
頭が高いッ!!
「えっ〜と」
唐突に行われた奇行に優希は面食らい、シルヴィは「もしかして背が伸びた?」と自分の頭に手をやっていた。
「ジェシカは説明を、そこの者は持ち場に戻るがいい」
「はっ!」
「失礼いたします」
未だに腕を組んで仰け反ったまま男はジェシカと兵士に指示を飛ばし、それに当然のように従った二人が即座に行動に移す。
突然の展開にもう優希は何がなにやらで混乱が隠し切れない。
「君たちにはこれから殿――」
「あぁ?」
「……失礼、世界最強の男の下で働いて貰う」
「……はい?」
「おぉ、最強」
ジェシカの言葉の途中で凄んだ声を出した青年の影響なのか、何かを言いかけた彼女が青年の事を世界最強の男などとふざけた紹介をする。
それに対して何故か青年――否、世界最強の男からは満足気な気配が発せられ、優希は困惑し、シルヴィは素直に感心する。優希の胃にまたダメージが入った。
「エルフ達の秘密の抜け道を馬で駆けて貰い、世界最強の男の親書をルゥールー様に届けて貰うのが任務だ」
どうやら他国と交易をする関係上、大樹海にも馬車が通れる程度の道が整備されていたりするらしく、今はそれらは封鎖されているがエルフ達が他国に間者を送る際に使用される獣道を利用して彼らの本拠地を目指すらしい。
世界最強さんは直前まで一緒に来てくれるらしいが、皇国の兵士はもれなく全員が警戒されている為ルゥールーが張った結界を通り抜けられないという。
そのため本拠地の目の前まで辿り着いたら、未だに仰け反っている世界最強さんはそのまま引き返すので後は二人で何とかしてくれという、何とも雑で丸投げとしか言い様がない作戦を説明され、優希の目がドンドン死んでいく。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「私達は皇太子殿下の下で働くのではないのではなかったのでしょうか?」
「違いはない。何処で何をしようが、それは皇太子殿下の下で働いていると言える」
「どうして私達に親書を預けるのでしょうか?」
「我々では中に入れて貰えんからだ」
「私達なら入れると?」
「あぁ」
「私達を信用できるのですか?」
「世界最強の男が――その方が面白い、と仰いましたので」
幾つかの質問を重ね、優希は悟る――こりゃダメだと。
もはや自分達が親書を運ぶのは決定事項のようだし、今さら何かを言い募っても聞き入れては貰えないだろうと。
「ユウキ、大丈夫」
「……シルヴィちゃん」
「元々そのつもりだったでしょ?」
「……そうだね」
シルヴィの慰めにより、優希は何とか正気を取り出した。
「それで? 馬は?」
優希に代わり、シルヴィが端的に質問を行う。
「私達が来た場所に繋いである」
「わかった」
このまま出発できるのなら早い方が良いだろうと、シルヴィは続けて世界最強さんに声を掛ける。
「サイキョー、行こう」
「最強――ふっ、やはり良い響きだ。我に相応しい……そして格上をきちんと認めるその慧眼、褒めて遣わす」
世界最強さんの背がさらに反った。もはや反り過ぎて頭頂部が地面に付きそうである。ブリッジでも披露する気だろうか。
「ではこの我に付いて来るがいい!」
バサァ! と大仰にマントを翻し、仰け反るのを止めてきちんと背筋を伸ばした世界最強さんが歩き出す。
当然のようにジェシカかその動きに追随し、シルヴィと優希も慌てて後を付いて行く。
「さて、二人は馬に乗れるか?」
「乗れる」
「の、乗った事ないです……」
ジェシカの問いに優希だけがか細い声で否と答える。
「ふんっ、平民に教養を求めるものではないぞジェシカ」
「失礼致しました」
「罰としてお前が同乗せよ」
「畏まりました」
本人を置き去りにそのようなやり取りが行われたかと思えば、ジェシカは申し訳なさそうな顔をしたままの優希の脇に両手を突っ込み、そのまま持ち上げて馬に乗せる。
「ひゃわっ?!」
「失礼します」
そのまま優希を抱き込む形で自分も同じ馬に跨り、ポジションを安定させたところで世界最強さんとシルヴィの準備も問題ない事を確認する。
「準備が整ったようです」
「では参る――振り切られるなよ!」
そう言うや否や、世界最強さんは初速から猛スピードでかっ飛ばして行く。
それに置いて行かれまいとシルヴィとジェシカも手綱を握り馬を駆けさせ、そのあまりの揺れとスピードに優希は早くもダウン寸前である。
駆け抜ける道は背の高い鬱蒼とした木々に陽光を遮られて薄暗く、巨木同士の隙間を縫うようにして辛うじて馬を通らせる事が出来る程度の幅しかない狭い獣道。
「あぁ、そうそう、言い忘れていたが――」
そんな悪路を走り出して間もない頃、まるで言い忘れていたかの様に世界最強の男が口を開く。
「――我たちの侵入はとうに気付かれている」
その言葉の意味を考えるよりも先に、優希の頬を何かが掠っていく――震える手で自らの頬を撫で、そして指に付着する血液を見て優希はヒュっと息を呑む。
「ほら来た」
頭上を覆う木々の枝を複数の人影が飛び交っているのが辛うじて確認でき、そして確認したと思ったら凄まじい速度で矢が飛んで来る。
それらを優希以外の三人は危なげなく回避し、または切り払って迎撃していく。
「コチラからは反撃するなよ? エルフ共に死者が出ると話が拗れる」
そんな一方的に攻撃を受け続けながら敵陣を突っ切るなんて無茶だとは思ったが、優希にはそもそも攻撃能力が無いため何も言えない。
しかしながらシルヴィにとってはその程度の条件など、物の数には入らなかった。
【――嵐の盾】
シルヴィが力ある言葉を紡いだ途端周囲を突風が吹き荒れる――ゴゥゴゥとけたたましく音を立てながらシルヴィ達を中心として強烈な空気の流れが出来上がり、放たれた矢はその全てが洗い流され、それどころか矢を放つ以前に木の枝に隠れ潜んでいたエルフ達は自分達が吹き飛ばされないように必死に耐えるので精一杯となった。
矢よけの加護に分類される物の中では最上級に位置し、あらゆる飛び道具を無効化し、敵をその場に釘付けにする暴風の祝祷術である。
「――ほう」
使い手の一切居ない高難度の祝祷術を涼しい顔で難なく、祝詞という詠唱もなく発動させたシルヴィを世界最強の男がギラギラとした目で見詰める。
「ククッ、面白ぇじゃねぇか……!!」
何が可笑しいのか、腹の底に響く音量で大笑いしだした世界最強さんだったが、直後に不機嫌そうに舌打ちをする。
「あぁ、そういえばお前らも居たな」
ゴミを見るような視線の先には、燃え盛る火炎に包まれた粘液が這いずり、無数の眼球が転がり、首の無い鴉が空を舞う。
それらが右斜め後方から緩慢な動作でありながら凄まじい速度で距離を詰めて来る様は、見る者の遠近感などを狂わせる。
優希が異形の存在をしっかりと視界に収めるのはこれが初めてであり、まさかシルヴィが戦っていた相手がこんな悍ましく恐ろしい存在だったとは思わなかったと血の気が引いていた。
「あれも?」
「いや、遠慮なく殺して良い」
シルヴィの問い掛けに簡潔に答えた世界最強さんは、そのまま無造作に振り被った拳を真横の空間に叩き付けた。
――ガシャン
まるで硝子が砕けたような不快な音が耳を劈き、空中が蜘蛛の巣のように罅割れる――と、同時にまだ距離があった筈の異形達が爆散していく。
「……今のどうやって?」
「ふん、自分で考えろ。答え合わせくらいはしてやる」
そう不敵に嗤ってみせた世界最強さんは、そのままさらに馬の速度を上げた。
ガシャン!(執筆しながらお茶を入れてコップを落として割った音)※実話
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