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19.頭が高い

優希は怯えながら日々を過ごしています()


『お前達の考えはよく分かった。後日連絡を寄越す』


 そう言われた面接から三日が経ち、今は金髪皇太子の下で働きながら連絡を待っている。

 シルヴィは特に気にしてなかったが、優希は少しばかり混乱していた。皇太子殿下の傍に近寄っても良いかどうかの面接だった筈なのに、合否の連絡を皇太子殿下の下で働きながら待てというのだから仕方ないだろう。

 もしかして危険な思想を持っていると思われて、今はそいつらが殿下の下でどんな行動を起こすのか泳がされてる? そんな事まで考えてしまうのだ。

 そして優希の胃を痛めているのはこの問題だけじゃない――


「シルヴィ、本当は余に気を許しているのだろう?」


「?」


 目の前では金髪皇太子がシルヴィの髪を手に取りながら、そんな事を言っている。

 シルヴィは自らの容姿が際立っている事に自覚がなく、また男女の関係にも無頓着で全体的に無防備なのだ。

 その為このように自分の髪や手を取られても首を傾げるだけで終わらせてしまい、相手が「受け入れられている」とさらに勘違いしてしまう。

 現状は言葉を飾らないシルヴィにばっさりとフラれた事を覚えている皇太子が二度も袖にされては堪らないとばかりに直接的な表現を避け、そんなもしもの時に誤魔化せるような迂遠な言い回しではシルヴィにも全く伝わらず、結果として現状は膠着状態に陥っていた。

 今だって皇太子は手に取ったシルヴィの髪へと口付けを落とそうと――


「邪魔」


 ――ピシッ


 煩わしそうに手を振り払い、たった一言だけで皇太子をバッサリ切り捨てたシルヴィは負傷者の治療へと戻っていく。

 残されたのは固まったままの皇太子と、何をどうすれば良いのか分からず右往左往する側近達という、この三日間で何度も見た光景だ。

 そして決まってこの後は荒れる皇太子のせいで軍議やら何やらが滞るのだ。


「殿下、ご報告がございますので一度お戻りに――」


「煩い! お前達の仕事だろ! そのくらい何とかしろ!」


 周囲の物や人に当たり散らしながら何処かへと去って行く皇太子の背を見ながら、優希は小さく溜め息を吐く。

 前線に皇族が出張って来ているのだから、彼からの承認も得ずに軍が纏まった行動を出来る筈がない。それにあの性格だ、勝手に進めてもどうせ後から自分は聞いてないと騒ぐのが目に見えている。

 そんな状態で大樹海のエルフと魔王軍の両方を相手に戦争を行っているのだから、負傷者が増えるのも仕方ないだろう。

 一応本人も教会に足を運ぶなど、やるべき事をやっているつもりなのだろうが、それも一時的に皇太子を前線から遠ざける事で「現場の判断で何とかしておきました」とする為に現場の指揮官たちが何とかしたのではないかと優希は疑っている。


「はぁ、結局報告しそびれちゃったな……まぁ、報告しても八つ当たりされるだけかも知れないけど」


 遠目に見える大樹海の木々に視線をやりながらも、先ほど計算や確認を終わらせた物資の状況にも優希は溜め息が隠せない。

 書類上は存在する筈の物が実際には無いなんて事がザラにあり、さらには毎朝の朝礼で並ぶ兵士達を概算するに毎日のように人員が減っていっているのが分かる。

 まだここに来て三日しか経ってないが、だからこそ大きな戦闘も起きていないのに予定以上に物資と人員が減っているという事は、横流しや横領、そして脱走する際に持ち出されたという理由が考えられた。


「シルヴィちゃんは――大丈夫そうだね」


 チラッと歳下の少女を見てみるが、特に彼女に問題は無さそうだった。それもそのはずで、シルヴィはこの三日間の間に桁違いの祝祷術で負傷兵たちを癒して回り、普通なら一人では行えない筈の大規模結界も夜間にパパっと張って眠りに就いてしまう。

 現在の聖女が空位なのも相俟って、既に皇国軍の中ではシルヴィを聖女と崇めて祈る者たちまで居る。しかも結構な人数が。


「――シルヴィ・ハート殿とシノダ・ユウキ殿は居らっしゃるか!」


 と、このままだと大樹海に行けないのではと頭を悩ませていた優希の耳に大きな声が入って来る。

 見れば天幕の出入り口の方に兵士が一人立っていて……そしてその人物は、面接の際にジェシカの部屋へと案内してくれた者だった。


「あっ、はい! ここに居ます! ……行こうシルヴィちゃん」


 恐らく何かしら決まったのだろうと、優希は返事をしつつシルヴィへと声を掛ける。


「わかった――ちょっと待ってて」


 シルヴィは優希に対してそれだけを返し、そして直後に深い祈りでその場に残っていた負傷者の全てを一瞬で癒した。

 その聖女の奇跡としか言い様がない光景にその場に居た者たちは驚愕の表情をその顔に浮かべ、致命傷も含めて傷を癒された兵士達は涙を流しながらシルヴィへと頭を下げる。

 そんな周囲の状況を特に気にした様子もないシルヴィに対して優希は苦笑し、ジェシカの部下であるその兵士は頬を引き攣らせた。


「君たちの所属が決まったので案内する」


 動揺しつつも流石は本職というべきか、あの無愛想なジェシカの下で働くだけあってすぐに表情を取り繕って必要な事だけを兵士が述べる。


「これからですか?」


「あぁ、済まないが彼の人を待たせる訳にはいかない」


 その引っ掛かる物言いに二人して顔を見合わせるが、恐らくジェシカが待っているのだろうとアタリをつけて素直に付いて行く事にした。


「……」


 天幕が建ち並ぶ軍の駐屯地から抜け出し、そのまま堂々と大樹海の中へと入っていく。


「あれ?」


「いいの?」


 チラホラと偵察部隊らしきものが見えたが、彼らは一様に先頭に立っているジェシカの部下を見て問題ないと通り過ぎて行ったのだ。

 然しながら大樹海はエルフ達の領域で、言わば敵地である。それも完全に地の利があるキルゾーンだ。

 そんな場所であるにも関わらず、先頭の兵士が堂々と迷いのない足取りで入っていくものだから優希とシルヴィは疑問を抱くのが遅れてしまった。

 そして同時に優希の脳裏に嫌な想像が駆け巡る……まさか、まさかとは思うが面接の受け応えで完全に皇国に叛意がある危険思想の持ち主だと思われ、こうして秘密裏に消す事が決まってしまったのではないかと。


「シルヴィちゃん、気を付けた方が良いかも……」


「……なんで?」


「私たち消されちゃうかも……」


「……なんで?」


 先頭を歩く兵士は思った――いや、聞こえてるんだけど、と。


「……そんな事はしないから安心しなさい」


「ひっ! ……あ、はい、すいません」


 声を掛けただけで女の子に怯えられてしまい、兵士は少しばかり傷付いた。


「ごめんね、ユウキは少し変なところがあるから」


「――ッ!?」


「あ、あぁ……」


 まさかの裏切りに、しかも変わり者の代名詞とも呼べるシルヴィからそんな指摘を受けた事に、優希は心外だという表情を浮かべて音が鳴りそうなほど思っ切り振り向いた。

 そんな落ち着きのなさを見せつつも、少し奥まで進んだところで兵士の男は「到着だ」とじゃれ合う二人に声を掛ける。


「シルヴィ、ユウキの両名を連れて参りました!」


 兵士の男がそう声を掛けると、奥から薮を掻き分けて目付きの鋭い黒髪の青年とジェシカが出て来る。

 いつもの仏頂面とは違い、心做しか何処か恍惚としたジェシカよりも前に出た青年は上から下までシルヴィと優希をジロジロと眺め、そしてクッと顎を上向かせて尊大に吐き捨てる。


「――頭が高いッ!!」


 そう叫んだ青年は二人を見下そうとさらに腰を逸らしては何処かを見上げていた――

腕を組んでブリッジする不審者を発見!ただちに現場へ急行せよ!


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― 新着の感想 ―
[一言] 所属先に案内するって言われて大樹海に連れて行かれたらそう思っちゃいますよねえ
[一言] あれ?お兄ちゃん大分アレなのでは?と思ってたら更にアレな感じのが出てきたでござる……大丈夫かこの国。 しれっとシルヴィちゃんがやらかしてて草。
[良い点] こっちがお兄ちゃん(本物)かぁ…そういえば逆に見上げるって言われてたっけww シルヴィちゃんww無自覚・無防備・無頓着だからある意味で魔性だわぁww 人員や物資の管理すらちゃんとしてないっ…
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