2.即落ち二コマ
うおおお!!旅に出るぞぉ!!
「さぁ、不安にならずとも基本的なサバイバル知識や冒険のノウハウは教えていたので大丈夫ですよ」
家の前で旅の荷物を手渡され、見送りの体勢に入っている母親を見てシルヴィはやっと目の前の人物が本気で言っていた事を悟る。
まさかまさかであるが、母が言うには自分の戦闘力とサバイバル能力は一人旅でも全く問題ないレベルとの事なので何とかなるだろうとも思った。
ただ、シルヴィには一つだけ不安があった……
「……本当に行かなきゃダメ?」
「ダメです」
そう、彼女は生まれてこの方一人になった事がないのだ。
時折彼女の母が一人で何処かへと赴き、長い間帰って来ないという事はこれまでも定期的にあった――今思えば元聖女として色々あったのだろうと予想がつく――が、その時だって近所のお姉ちゃんが面倒を見てくれていた。
だからシルヴィが本当の意味で一人になるのは、今回の旅が初めての事だった。
「アナタなら一人でも大丈夫ですよ。それにどうせすぐアナタの兄弟達で賑やかになるのですから、一人だけの時間というものを今のうちに存分に楽しみなさい」
「……ぅ」
そういう考えもあるのかと、シルヴィは納得した……が、それはそれとして不安は尽きない。
本当に行かなければならないのか、お母さんは付いては来ないのかと未練がましくも上目遣いで問い掛ける。
「えーい、早く行って来なさーい」
焦れたのか、ダイナはそんなシルヴィのお尻を叩いてはぽーいと軽快に放り出す。
これはもう何を言っても無駄だと悟ったのか、シルヴィはジンジンと痛むお尻を擦りながら振り返って一言述べる。
「……行ってきます」
「えぇ、行ってらっしゃい……母はいつもアナタを見ていますよ」
そんな、少しばかり達観しているとも言える彼女でもやはり今回ばかりは寂しかったのか……何度も何度も、母の姿が完全に見えなくなるまで後ろを振り返っていた。
「……ふふっ、意外と甘えん坊なところがありますね」
そんな彼女の母は、自分の娘の旅立ちを最後まで見送っていた。
「〜♪」
とまぁ、最初こそ初めての一人旅に不安を感じていたが数分も歩けばそれにも慣れてしまい、シルヴィは道端で拾った木の枝を振りながらご機嫌に鼻歌を嗜んでいた。調子が良いのかもう何曲目かも分からない。
燦々と降り注ぐ陽光に黄金の目を細め、気持ちよく吹く風が黒銀の長髪を靡かせる……例え鼻歌の音階がデタラメだったとしても、それすら魅力の一つにしてしまうくらいに今のシルヴィは誰であろうとも目を奪われるような存在だった。
そしてある意味で箱入り娘だったシルヴィも、シルヴィの母親も一つだけ見落としていた事がある……そう、それは美しい少女が一人で山道を無防備に歩いていればよからぬ輩を引き寄せるという事である。
「なぁ、お嬢ちゃん、もしかして迷子かい?」
「……?」
目の前の道を塞ぎ、唐突に強面の屈強な成人男性の二人組に話し掛けられたというのに、シルヴィの反応は緩く首を傾げるというものだけだった。
そんな目の前の少女の危機感など皆無といった反応を見て取って、男達は顔を見合わせてからお互いに頷き合う。
「今一人かな?」
「(コクリ)」
「そうか、じゃあ――身ぐるみ置いてけやぁ!」
「「ずびばぜんでぢだ」」
ここまで僅か二秒足らずである……急に腰の剣を引き抜き襲って来た男たちにシルヴィは驚きながらも長年の修練で染み付いた聖堂剣術の護剣の構えにより全ての攻撃を受け流し、カウンターを決めたのだ。
一応全て峰打ちではあったが、世界でも上から数えた方が早いレベルの達人剣士のそれは強烈であり、屈強な成人男性を死の一歩手前まで追いやった。
今回が初の実戦であったシルヴィはそれはもう自分の行った結果に焦り、反射的に祝祷術で治癒したところ強すぎる聖気の流入に驚いた男たちが半端なところで目を覚ましたという訳だ。
そのため致命傷こそ癒えてはいるが、男達の顔を含めた全身は痣や腫れで肌色成分がほぼない。まさに完膚なきまでに、というやつである。
「……なんで急に襲ってきたの」
と、ここに来て初めてシルヴィが声を出した……その耳に違和感なくすっと入り込み、脳に直接語り掛けられているような不思議な声に男達は背中をゾワゾワさせながらも、この窮地を脱するべく蕩けそうになる思考を無理やり働かせる。
世間知らずの少女かと思ったら目にも止まらぬ剣速で自分達をボッコボコにした相手だ。油断は出来ない。
「じ、実はおじさん達ちょっと困っててな……」
「そうそう! 本当は襲いたくなかったけど、魔王の子どもに脅迫されてて……よかったらおじさん達を助けてくれないか?」
そういう事なら仕方ないと、シルヴィは自らの膨らみかけの胸を拳で叩きながら任せろと伝える。
彼女の周囲の大人達が口を揃えて『困っている人が居れば助けてあげなさい』と言っていたのをきちんと覚えていたのだ。
まぁ、母親からして元聖女という聖職者の中では最高位に徳の高い人物であり、必然とその娘であるシルヴィと関わる大人達も善人に限られるので当然と言えば当然である。
それに相手が自分の兄弟である魔王の子なら尚さら赴く必要があるだろう。
「……え、マジ?」
「信じた?」
しかしながらこんな苦し紛れの言い訳が通用するとは自分達でも思っていなかった男達は、思わずお互いに顔を見合わせて困惑の表情を浮かべる。
そして同時に思うのだ――コイツ、もしかしてちょろいんじゃないか? ……と。
「じ、じゃあちょっと付いて来て貰えるかな?」
「おけまる」
シルヴィを育て上げた大人達の最大の誤算と言えば、彼女は本当に困っている人と、そうでない人の見分け方が分からなかったというところだろうか。
彼女は呑気にも腕を上に伸ばして大きな丸を作りながら頷いていた。
「こ、こっちだよ……」
道を外れて薮に分け入り、細長い獣道らしき場所を通っていく。
それだけの事がシルヴィにはとても珍しく、何となく秘密基地に赴くような、ちゃんと冒険しているような……そんな感傷を彼女に与えた。
それはもうご機嫌で、何処かワクワクとした表情を浮かべて男二人に着いて行く。
「な、なぁ、さすがにこんな良い子を騙すのは良心が痛むんだが」
「し、仕方ないだろ! 逆らったら殺されるのは俺達だぞ!」
「で、でもよ、あれだけ強かったらお頭も倒せるんじゃ……」
「バカ野郎! お頭はあの魔王の子だぞ! さすがに無理だろ!」
と、そんな無垢な様子を見せるシルヴィに男達の方が罪悪感に襲われていた。
彼ら二人は元々は善良な村人であったが、半月ほど前に山村に現れた『魔王の子を名乗る男』に支配され、それからは彼らも含めた村人全員が手下の様に扱われている。
何度も反抗し、領主の軍も差し向けられたがその全てが返り討ちに遭い、最早どうする事も出来なかった。
そんな中で根が善良な彼らは人を襲う事が中々出来ず、こうして明日までに成果を持って来ないと家族共々殺されるという事態になっていたのだ。
ある意味では“本当に困っている人”とも言える。
「でもよぉ、こんな純粋な子をよぉ……」
「……俺は、初めて出会った子よりも自分の娘を優先する……お前は違うのか?」
「……」
「もう諦めろ」
そこで結論は出たと、彼ら二人の内緒話は終わりを迎えた。
少しばかり脅して荷物のいくらかを奪おうと、そのつもりでシルヴィという少女に対して武器を抜いたあの時から自分達は後戻り出来ないのだと言い聞かせて。
今も助けを求めるフリをして騙そうとしている癖に今さらなんだと。
「ささっ、コチラでございます」
そうこうしている内に目的の山村へと到着し、物珍しげに周囲を見渡すシルヴィに男達は振り返る。
「さぁ着きました! つきましては危険物は持ち込み禁止なので武器の類はコチラへお預け下さい!」
「……」
シルヴィは特に疑う事もせず、素直に『そんなものか』と思いながらも腰に下げていた刀剣を男の一人に手渡す。
まさか素直に言う事を聞くとは思わなかった二人はギョッとしながらも、その後も理由を付けては荷物を預かり、しまいには囚人に着ける様な首輪や手枷まで装着させる事に成功した……してしまった。
「え、えっーと……後でお頭を連れて来るので今日のところはここでお過ごし下さい」
そう言う二人に最終的に連れて来られた場所――牢屋の中に入って、やっとシルヴィは気付いた――
「……騙された?」
――と。
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