18.面接
面接、就活……うっ、頭が!
「来たか」
場所は臨時司令部が設置されているクラウヘンの行政を司る庁舎の一室――兵士の一人に案内されたそこに入るや否や、シルヴィ達は奥の執務机で作業をしているジェシカに声を掛けられた。
「しばし待て」
二人は顔を見合わせ、言われた通りにジェシカの仕事が終わるのを所在なさげにしながら待つ。
緊張している優希とは対照的に、シルヴィは興味深そうに部屋の中をキョロキョロと見渡し始めた。
部屋には飾り気など一切なく、調度品の類いすらも置かれていない。ただただ実用性のみを求め、必要最低限の家具や備品しか存在しない様子は部屋の主の気質がそのまま現れている。
そうして十数分ほど待ったところで、やっとジェシカがペンを置いて立ち上がった。
「待たせたな。……何か面白い物でもあったか?」
「そこそこ」
「そうか」
シルヴィの物怖じしない言葉に優希は息を呑み、ジェシカは特に気にせず受け流す。
「それでは早速だが面接を始めよう。そこに座ってくれ」
「わかった」
「め、面接……?」
勧められた通りにソファに座りつつも、優希は何故唐突に面接が始まったのか分からず困惑する。
シルヴィと違い、戸惑いが見て取れる彼女の様子を見て、二人の対面に腰を下ろしたジェシカが説明するべく口を開く。
「私は皇太子殿下の側近でな、近寄る人間を自分の目で見て確かめる必要がある」
「な、なるほど……」
優希は普通そういうのは身分とか経歴などを調べる必要があるのでないか、とは思ったが昨日の今日で調べられる事には限りがあること、祝祷術を使える人材をとにかく早く現場に送る必要がある事などから、側近の誰かが見極めたという体裁を取る事で強引にクリアするつもりらしいと説明され頬を引き攣らせる。
その特別対応は裏を返せばそれだけ現場は負傷者で溢れているという事であり、街中ではそこまで緊迫した雰囲気は感じ取れなかったが、かなり状況は不味いのではないかと不安を抱くには十分すぎた。
「さて、では氏名と出身地を」
「シルヴィ・ハート、コウガ村」
「し、篠田優希、出身は横浜です……」
優希は横浜とか言って通じるかなと不安になっていたが、しかしだからと言って嘘を言うのも良くないだろうとも思ったのでとりあえずは正直に自己紹介する事にした。
「ふむ、やはりな」
「「?」」
「しかし、まさかそう来るとは……」
しかし予想に反してジェシカから返ってきた反応は頭痛を堪えるような、何かしら嫌な予感が当たってしまったかのようなものだった。
とりわけ彼女が視線を向けているのはシルヴィで、どうやら先ほどの名乗りでジェシカが困惑するような何かがあったらしい。
なんとも言えない視線をシルヴィに向け、そして喉まで出かかった言葉を無理やり呑み込んだ様子のジェシカが面接を続ける。
「使える祝祷術は?」
「いっぱい」
「ひ、光の奇跡のみです……」
シルヴィの答えになっていない答えに眉をピクリと動かし、優希の内容に目を細める。
「文字の読み書きや計算は?」
「できる」
「読み書きも習ったばかりなので自信はありません……計算ならそこそこ……」
段々とジェシカの優希を見る目が厳しくなってくる。
その視線に怯えながらも、優希自身も自分で言っていてシルヴィとの差に落ち込んでいた。
祝祷術は基本の初歩を使える様になったばかりで、文字の読み書きだって一朝一夕で習得できるものではない。
実際はこの短時間で一つとはいえ祝祷術が使える様になるのは有り得ない事であるし、本人は自信が無いとは言っているが、それは専門用語や難しい言い回しの本を読めないというだけで、手紙のやり取りや報告書の類いを作成するのに支障は無いレベルだった。
計算能力に至っては既に東大入試レベルなら軽くこなせる程度にはある。
しかし持ち前の自信の無さや、臆病な性格からそれらを自分で上手く伝える事が出来ない……だからこそ、シルヴィが口を開いた。
「ユウキは凄い」
「ほう?」
「シルヴィちゃん……?」
「ふっ、ユウキは八桁の暗算ができる」
「シルヴィちゃん!?」
それはシルヴィにとっては助け舟のつもりだった。
旅の途中で時折見せる優希の計算能力やマネジメント能力などに密かに感銘を受けていた彼女は、軽い気持ちで計算を教えて貰おうとした事がある。
そして優希、というより現代日本の最高学府である東大入試レベルの数学の問題まで教えて貰ったところで「コイツやべぇ」となったのだ。
だからこそ、シルヴィは優希に熱い眼差しを送る……その目はまるで「さぁ、親分やってくだせぇ! 凄いところを見せて目の前の女をギャフンと言わせてくんな!」と語っているかの様だった。
高度な数学問題を扱えるからといって、八桁の暗算が出来るという訳ではないのだがシルヴィは細かい事は気にしない性質だ。
「そうか、では問題を出そう」
「ひぇっ〜!」
その様子をジェシカは面白がり、悪ノリして優希に適当な数字で掛け算の暗算問題を出してみる。
「85,070,510×28,534,509」
「ノイマンじゃないので無理ですぅ!!」
優希は半泣きになってバツにした腕を顔の前に持ってくる。
その姿にシルヴィは純粋に驚き、ジェシカは分かっていたとばかりに苦笑しながら頷き――続く優希の言葉に固まる。
「――せめて六桁でお願いします!」
必死だった、必死の懇願であった。そのため余裕のない優希は気付かなかったが、まさか六桁程度なら何とか……と、目の前の小動物のような少女が大言を吐くとは思わなかったジェシカが眉間に皺を寄せていた。
「……678,592×914,018」
「えっーと、えっーと、それなら――」
ジェシカは先ほどと同じように適当な数字を羅列し、それを問題として目の前の少女に出した。
それを受けて優希は目を閉じ、眉根を寄せて必死な様子で計算を始める。
ブツブツと小さな声で何事かを呟く彼女の様子に、ジェシカはそんなに早く計算ができる筈がないと、そろそろ時間切れとするべく口を開きかけ――
「――620,245,302,656です!」
「……」
そして再び口を閉じた。
「……ど、どうですか? 合ってますか?」
自分の事のようにドヤ顔を披露するシルヴィの隣りで、不安そうに答え合わせを待つ優希……そんな二人の様子にバツが悪そうにしながらも、ジェシカは正直に話す事にした。
「いやなに、どうせ出来やしないと思っていたのでな、適当な数字を出しただけなんだ。なので答えは私にも分からん」
「……あ、そうですか」
「えー」
優希は「シルヴィちゃんに乗せられて、ちょっとムキになってしまったかも」と頬を赤く染めて縮こまり、シルヴィは責めるようなジトッとした目をジェシカに向ける。
「ま、まぁ、そうだな、せっかく計算して貰ったんだから合っているかどうか確認しよう」
誤魔化す様にそう言ってジェシカは紙とペンを取り出し、少しばかり時間を掛けて筆算で答えを出した。
計算を容易にするこの手法は現在の魔王が正気だった頃にアラビア数字と一緒に伝えたもので、もちろんシルヴィも普通に使える。
「ふむ、確かに計算能力には目を見張るものがあるな」
「あと管理も得意」
「ほう?」
「値切りも凄い、おじさん達もたじたじ」
「シルヴィちゃん! もういいから! シルヴィちゃん!」
優希の顔は茹でダコのように真っ赤になっていた。
「ははっ! そうかそうか、それは良いな」
常に仏頂面で、正直なところ近寄り難い雰囲気を発していたジェシカがここに来て笑い声を上げる。優希は縮こまっていた。
「さて、ここからが本題なのだが――」
ひとしきり笑った後で、ジェシカは部下たちからは不評な真面目な顔で答えづらい質問を投下する。
「――君たちはこの戦争をどう思う?」
その質問の内容に優希は顔を強張らせて息を呑み、そしてシルヴィは端的に答えを告げる。
「――不毛」
単純明快かつ、言い訳の余地もないド直球火の玉ストレートな回答に優希の顔色はドンドン青ざめていく。
そんな隣りに座る異世界の少女に視線を向け、シルヴィはふと思う――赤くなったり青くなったり忙しないな、と。
優希の胃が確実に荒れていく()
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