16.教会
教会は大きな都市には大抵あるので観光地にはなりづらいです
「やっぱり一部を除いて何処も活気が無いね」
「みたい」
教会があるという場所に向かいながら、大通りを中心にクラウヘンの街の中を見て回った二人の感想がそれだった。
大事な交易相手との戦争が起こって重要な物資は手に入らなくなり、またエルフという今まで街の商品を求めてくれた消費者が居なくなった事が大きいらしい。特別に設けられていたエルフの居住区に至っては今は閉鎖されているという。
軍へと物資を補給を担ったり、手配する一部の商人は普段よりも景気が良いくらいで、そうして職にあぶれた商会の次男や三男が軍に志願している現状がある様だ。
「エルフの居住区はまた違った建築様式らしいから、それが見れないのは残念だったね」
「仕方ない」
クラウヘンに設けられたエルフの居住区は、スペード皇国と大樹海の文化や技術が融合した、それはもう素敵な場所だと聞いていたので二人は少しばかり残念な気分になる。
ただまぁ、居住区の存在を知ってすぐに閉鎖されている事も同時に教えられたので、期待を膨らませる余地もなかった分落胆はそれ程でもないのが救いだった。
「あ、あれが教会じゃない?」
「おぉ、デカい」
「凄く綺麗だね」
周囲はスペード皇国の建物で囲まれている中で、その建造物だけが文字通り異彩を放っていた。
建築様式は世界中で統一された教会独自の物であり、まるで一つの大きな岩をくり抜いて成形したかのようで継ぎ目などが一切ない真っ白なその建物。
外から見える円柱には螺鈿細工に似た飾り彫りがされており、よく目を凝らして見てみればそれらに紛れて破邪の印が隠れていた。
どうやって建造されたのか、本当に大きな一つの岩をくり抜いて作ったのか、それ程までに異質な建物だったが、扉や窓枠など、そこにようやく皇国製の建材が現れる。
皇国の技術で作られている訳でもないのに、全体で見ると扉や窓枠だけ何となく違和感があるのだ。
「とりあえず入ってみようか?」
「うん」
優希としてはもう少し外観を観ていたかかったが、隣りでシルヴィが待ち切れなさそうにソワソワしていたので苦笑しながら中へ入る事を提案する。
深夜だろうと常に開け放たれているらしい出入り口の扉を横目に、祈りの邪魔にならないよう外からの視線をある程度は遮ってくれる銀色の垂れ幕をくぐり抜け足を踏み入れる。
「――ほぉ」
教会内に足を踏み入れたシルヴィは、知らず知らずの内に思わず感嘆の息を吐く。
高い位置にある天窓からは柔らかい日光が降り注ぎ、通路などが計算し尽くされているのか何処からともなく弱い風が室内を流れる。
鋭い目で見回しても天使の像の配置は完璧で、きちんと序列や司る物を考慮されているのがすぐに分かった。
何よりもシルヴィを一番驚かせたのは、それらをきちんと維持しているところだろう。天使の像のみならず、柱の影や薄暗い角にも埃一つも見当たらない。きちんと清掃が行き届いている。
「これが都会」
信心深く、勤勉な人手が足りないとこの場は維持できないと考え至ったシルヴィは自分の故郷に無いものをちょっぴり羨ましがった。
まぁもっとも、母親のダイナ曰く必要なのは祈る心であって場所は関係ないとの事だが。シルヴィ自身もそう思う。
「おや、見慣れない顔ですな……時期も珍しい」
「あっ、どうも」
「こんにちは」
そうやって教会内を見回していると、奥から法衣を着た恰幅の良さそうな初老の男性が出て来る。
その男性は人受けの良さそうな笑みを顔に浮かべながら二人の元へと近付き……そしてシルヴィを見て困惑の表情を浮かべた。
「……失礼、何処かで会った事がありますかな?」
「ん? ない」
眉根を寄せ、難しい顔で考え混む男性にシルヴィはいつも通り簡潔に答える。
「そうですか、急に変な事を聞いてしまい申し訳ございません」
「気にしてない」
「改めまして、私はこの教会を任されております――ファイス司祭と申す者です」
そう名乗った男性は二人へと近付きその両手を肩に乗せ、続いて頬を撫でた。
シルヴィは特に何の反応も見せず、むしろ同じ事をファイス司祭に行ったが、ここまでの旅路で聖職者の挨拶を知らなかった優希だけがビックリして固まっている。
「おや、コチラの方はご存知なかったようで驚かせてしまった様ですな」
「あっ、いえ! すいません……」
何だかよく分からなかったが、あれは挨拶の一種なのだろうと、欧米にもチークキスのような日本人に馴染みのない挨拶があったはずだと、挨拶されて何も返さないのは失礼なんじゃないかと……そこまで一瞬で考えた優希の声は段々としりすぼみになる。
「逆にコチラの方はよく慣れてらっしゃる……その纏う静謐で神聖な空気といい、見ただけで分かる神の寵愛といい……もしや高位の神官ではありませんか?」
「ん? ……いや、神官ではない」
確かに日常的に神様に祈ってはいるし、母親は元聖女であるらしいが、シルヴィは特に何かしらの役職に就いた覚えはない。
母親のダイナも特に何も言って来なかったところを鑑みるに、別にこのままでも構わないのだろうとも思った。
責任ある立場になってしまえば気軽に旅になど出られなくなるかも知れないという、そんな懸念もある。
「そうですか、聖職者でもないのにこれ程まで神から愛されるとは……日常的に祈っているのがよく分かります」
「祈りは大事」
「ははっ! そうですな、祈りは誠に大事なのです」
シルヴィの簡潔な、けれども本当にそう思っている事がきちんと伝わってくる言葉にファイス司祭は大きなお腹を揺らしながら笑顔を浮かべる。
「ここへは何をしに?」
「初めての教会に興味があった」
「ほう? 初めての教会……随分と遠い場所から来られたようだ」
ファイス司祭は短い会話のみでシルヴィが田舎からやって来たのだという事を察した。
田舎出身にしては髪に艶があって肌も白く、小さなその手も傷一つ無いのは違和感があったが、これ程までに神の寵愛を受けているのならそういう事もあるのだろうと納得した。
「では存分にこの場を楽しんで下され、何かあればあの扉から続く部屋に修道女が居りますので、遠慮なく声をお掛けください」
「わかった」
「それでは私はこれで――類い稀なる出逢いを神に感謝します」
「感謝します」
二人して両手を組み、祈りの体勢に入ったところで優希も慌てて追随する。
「ごゆっくり」
祈りが終わると同時にその言葉を残して去って行ったファイス司祭の背を見送り、すぐさまシルヴィは出入り口から真っ直ぐに進んだ先にある神像の元へと向かう。
「これが神様?」
「そう」
天使の像よりも遥かに大きく、細かい部分まで丁寧に作成されたと分かる繊細な彫刻の数々。教会内に足を踏み入れた瞬間から存在感があったそれ。
中央に座す無貌の痩せ細った老人が『神』と呼ばれる、この世の全てを創ったとされる世界の父とも呼ばれる存在。
その神像を囲むように六体の尊き天使像が立ち並ぶその場に、シルヴィはそっと跪いて祈り始める――
さぁ、皆さんも一緒に祈りしょう――( ˘ω˘ ) スヤァ…
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