15.クラウヘン観光
デートっていうか、観光なんですけどね
「デートって言うから、本当にビックリしたよ」
「ごめん」
街の中を歩きながら優希は隣りに居るシルヴィへと、苦笑しながら軽く言葉を発する。
今は薦められた宿を取り、自分達に宛てがわれた部屋に荷物を置いて外に出て来たところだ。
身軽になって外出したところで言われた苦言に、シルヴィはそっと目を逸らしながらコチラも軽く謝罪する。
シルヴィは段々と気付き始めてた。これまでの旅の途中で起きた様々な事柄から「自分のお母さんが言ってた事はアテにならないな」と……今回だってシルヴィは母親のダイナから友人を遊びに誘う事をデートと言い、もしも自分にも友人が出来たら誘ってみれば良いと言われていたのだ。
当時の事を思い出してみればそう、デートについてシルヴィに教えるダイナはよくよく見てみれば少し口元がニヨニヨしていた気がする。あれは知っていて、いつか自分の娘がちょっとした失敗をする場面を想像して笑いそうになっていたのだ。グレるぞババァ。
「でも本当に遊んでて良いの? シルヴィちゃんにとって大事な――」
不安そうに心配事を口する優希の、その口元をシルヴィは指で抑えて続く言葉を遮る。
「一日くらい大丈夫、余裕は大事」
「……」
「それに、私も大きな街を見て周りたい」
「……わかった」
せっかくシルヴィちゃんがここまで言ってくれてるんだからと、優希も難しい事を考えるのはやめる事にした。
何より自分が心配しているお金だってシルヴィが稼いだ物なんだから、そのシルヴィが遊びに使いたいと言うのなら否はないと。
「先ずは何処に行ってみる?」
「……教会、かな?」
「じゃあ、大通りに出て屋台を見ながら探してみようか」
まず最初に挙がるのが教会なことに、常日頃からどんな事にでも祈るシルヴィちゃんらしいなぁと優希は微笑ましく思った。もはやシルヴィの祈りが日常の一部なのだ。
「わかった、早く行こう」
「わわっ! 急がなくても大丈夫だよ!」
心做しか少し興奮気味のシルヴィに手を引かれて慌てつつも、まだ太陽が隠れる様子は一切ないからと落ち着くように優希は声を掛ける。
静止の声にちょっとバツが悪そうにしながらも、それでもやはりシルヴィは楽しみだという感情が抑え切れない。
これまで立ち寄った村でも祠を見付ければ自主的に手作業で清め、そして祈っていた。そんなシルヴィではあるが、実は教会という場には行った事がなかった。
そのため人生初の教会、それも都会の大きなものとなれば彼女が浮き足立つのも仕方がないのかも知れない。
「それに宿だと朝と夜しか食事は出ないし、この大きな街を観光しながら何か買って食べよ? 見て回りたいんでしょ? 一気に駆け抜けるのは勿体ないよ」
「確かに」
シルヴィは素直に優希の言葉を聞き入れた。
その純粋な反応に優希もまた柔らかい笑みをその顔に浮かべる。
「にしても改めて――大きな街だねぇ」
「だねぇ」
二人揃って口を大きく開けながら街を見上げる様は、完全に田舎から出て来たお上りさんといった様子で、道行く街の人々も微笑ましいものを見る目で通り過ぎていく。
シルヴィは純粋に人生初めての、人が多く大きな街に驚いて、優希は異国情緒の溢れる異世界の都市の風景に感動していた。
「なんだろ、東欧っぽいけど中華っぽくもある……」
「トウオウ? チュウカ?」
「あ、いや、えっーとね……私の世界で似たような建物の国と地域があったんだよ」
「へぇ」
優希が地球の文化や建築について語り、シルヴィはそれを興味深そうにしながら真剣に聞き入る。
優希の言う通り、ここクラウヘンの街が所属するスペード皇国は地球の東欧や中華が混ざったような文化をしていた。
建物の造形は東欧に似た物が多いが、使われている色は赤や紅が基本で、街の人々の服装も中国の民族衣装を改造したような見た目をしている。
シルヴィからすれば「珍しい」の一言で済むが、優希からは外国人が作る似非日本を見ているのと近い感覚を抱く。
「すいません、これは何ですか?」
そうやって会話している内に屋台が並ぶ広場へと辿り着き、その内の一つに見慣れない食べ物を発見した優希が駆け寄って屋台の店主へと声を掛ける。
「これかい? これはこの街の名物の樹海包みさ」
「へぇ〜」
「……まぁ、今は不完全なんだけどね?」
「そうなんですか?」
優希の視線の先には調理されたお肉や野菜などが、大きな葉に包まれている物がある。
樹海包みと呼ぶからには、何かしらの関連がありそうな気はするが……と、彼女は店主へと質問を重ねた。
「いやなに、元々クラウヘンは大樹海のエルフ達との交易で栄えた都市でね、大樹海で取れる香辛料なんかをたっぷり使った樹海包みっていう肉料理が人気だったんだ」
「あっ、じゃあ……」
「お察しの通り、今はその交易相手と戦争中だからねぇ……香辛料なんかも手に入らなくて不完全なのさ」
「なるほど」
やはり大樹海への侵攻は色んなところに影響があるらしく、材料不足を嘆く店主の顔色はお世辞にも良いとは言えない。
地元の人からは「こんなの樹海包みじゃない」と言われ、観光客からは「思った程でもなかった」と言われるのが中々心にくるそうだ。
それを聞いてシルヴィは「世知辛い」と一言だけ漏らす。
「じゃあ、二人分ください」
「……良いのかい? こんな事を話したら買わない人も多いけれど」
「気にしませんし、シルヴィちゃん――連れが物欲しそうにしてるので」
その言葉の直後に二人して横を見てみれば、シルヴィがじっと樹海包みを見詰めていた。
その様子に優希は苦笑し、店主の男もシルヴィの様な美しい少女に商品を求められ悪い気はしなかった。
「はい二人前ね、向かいの屋台にあるミルクと一緒に飲むと最高だよ」
「ほほう」
それを聞いてシルヴィが黙ってじっとしていられる筈もなく、即座に優希の手を引っ張って向かいの屋台へと向かう。
「ミルク二つ」
「……良いのかい? 樹海の果実の味付けはないが」
「……構わない」
シルヴィはここでもかと思った。ふと周囲の屋台を見渡してみれば、殆どの店主が暗い顔で自らの商品を見詰めている。
どうやら大樹海原産の香辛料やら果実やらは地域の食卓事情に深い根を下ろしていたらしく、それらの供給が急に断たれたせいで代替品の用意も出来ずにいるとの事だった。
「なんとかしなきゃ」
「……そうだね」
真顔で真面目な事を言っているが、口いっぱいにお肉を頬張ってミルクの髭を作っているシルヴィを見て、優希は何も言わずにそっと口元をハンカチで拭ってあげながら同意した。




