14.クラウヘン
大樹海に一番近い都市だぜぇ!
「――わっ! 出来た!」
「お〜」
皇国の交易都市にして、大樹海侵攻軍の司令部が置かれている『クラウヘン』へ入る為の順番待ちの列に並んでいる最中のこと、突如してそんな声を出した優希の頭上には小さな光球が浮かんでいた。
ここまで来る長い旅路の中で、シルヴィから教わりつつ地道に練習していた甲斐もあってか、一番最初に教わる【光】の奇跡に成功したのだ。
「おめでとう」
「ありがとうシルヴィちゃん!」
こんな短時間で祝祷術を扱える様になるなど通常では有り得ないのだが、比較対象が自分と母親しか居ないのでシルヴィは「意外と掛かったな」とか割と失礼な事を考えていた。
それでも自分が教えていた相手が祝祷術を使えるようになれば素直に嬉しいし、無邪気に喜ぶ優希を見てなんだかシルヴィも楽しくなってきた。
「次は大きく――、指向性を持たせて――」
シルヴィ自身も光球を出しながら自らの頭上でそれの大きさを変えたり、もしくは光が放たれる場所を限定する事でより光が集約され足下のみを照らしたりと弄ぶ。
それを受けて優希は「持ち手のない懐中電灯みたいだな」と思いつつも、その有用性や便利さに気付き自分でも試してみようと試行錯誤を繰り返す。
「次の方どうぞ」
と、そんな事で暇潰しをしているとシルヴィ達の番がやってきた。
「身分を証明する物は持っていますか」
「持ってない」
母親が元聖女であってもシルヴィは教会に所属している訳でもなく、表向きは完全に田舎から出て来た世間知らずの娘だ。
「この街に家族や知り合いは居ますか?」
「お兄ちゃんが居るかも知れない」
その予想と少しズレた回答に、担当の兵士は複雑な事情を想像して同情的な視線をシルヴィ達へ向ける。
「……犯罪歴はありますか?」
まぁ、こんな成人もしていないだろう少女達にある訳ないよなとは思いつつも一応尋ねれば予想通り「ない」という答えが返って来た。
「では問題ありませんが、身分などを一切証明できませんのでビザを発行します。手数料と入街税として銀貨二枚、二人分で四枚を頂きます……払えますか?」
身分を証明できる物を持っておらず、街にも家族や知り合いが居ない者たちに対する処置だ。
家族や知り合いの代わりに行政が身元保証人となり、街への滞在期限と就労規則が定められたビザを発行し、それを街に居る間の期間限定の身分証とする。
スペード皇国では買い物をするにも、何か施設を利用するにも身分証が必要なのでこれで怪しい者達は犯罪を行う事が難しくなる。
しかしながら手数料と入街税を併せて銀貨二枚というのは平民にとってかなり厳しく、育ちは良さそうではあるが世間を知らなさそうな少女二人に払えるかは微妙なところ。そのため担当の兵士も心配そうにシルヴィ達を見詰めている。
「わかった」
しかしここまでスペード皇国内を旅して来たシルヴィ達にはもう慣れたもので、何でもないかのように銀貨二枚――二人併せて銀貨四枚を取り出す。
旅の途中で有償で魔物退治や怪我人の治療を行ったり、優希が買い物で値切り交渉をしたりしていた為シルヴィ達の懐には割と余裕があった。
「……はい、確かに。ではビザを発行しますので少々お待ち下さい」
手続きをする為にその場を去って行く担当兵士を見送り、シルヴィはそっと優希の顔を窺う。
「くっ、やはり銀貨四枚は痛い……でも普段の買い物と違って行政相手に値切りなんて出来ないし……そもそも、こういう時の為に節約して来たんだから、手段を目的にしちゃダメだよね……でもでも銀貨四枚は……今のところお金を稼ぐ手段はシルヴィちゃんに頼り切りだし……うぅ……」
シルヴィはこりゃダメだ、暫くそっとしておこうと温かい眼差しで母性溢れる笑みを見せた。
「お待たせしました――って、これは?」
「……さぁ?」
人間離れした容姿を持つシルヴィの微笑みにあてられて、周囲の人間達が動揺して物を落としたり人にぶつかったりといった小さな混乱が起きていたが、勿論そんな事は本人の預かり知らぬところである。
担当兵士と一緒になって首を傾げつつ、まぁいいかと興味を無くして作って貰ったビザを受け取る。
「ビザの有効期限は一ヶ月です、それ以上滞在したい場合は期限の三日前に更新手続きを行って下さい。ただし街の中で身元引受け人を得られた場合は必要ありません。そしてこのビザでは公務員や正社員雇用、起業、売春行為などで稼ぐ事は認められていません」
「わかった」
「なるほど」
いつの間にか正気に戻っていた優希と一緒にきちんと説明を聞き、この街特有の決まり事やオススメの宿なんかも教えて貰ってからやっとクラウヘンの街へと入る。
にこやかに手を振る担当兵士にペコペコと頭を下げる優希と、無表情で振り返るシルヴィの二人はその美貌と凸凹さ加減によってかなり目立っていたのは言うまでもない。
「……まだ時間があるね」
「何かする?」
「えっと、まず教えて貰った宿を取って荷物を置くでしょ、そしたら街の人に軍の詳しい事情を尋ねて、その内容によっては追加で買い物を……」
また道の途中で今後の予定を組み始めた優希を見て、シルヴィは「少し頼り過ぎたかも知れない」と密かに反省した。
優希は異世界の出身である筈なのに、何故かシルヴィよりも先にこの世界の常識やら何やらを爆速で身に付け始めていた。
それはひとえにシルヴィが世間とは隔絶された田舎暮らしに加えて、彼女を養育していた周囲の大人達が母親を筆頭として変人や聖職者などに偏っていたせいでもある。
その為シルヴィは身に付けた常識の違いから度々やらかし、その後始末に奔走した優希が周囲の人間の反応などから学んだのだ。
既にある程度の間違った、あるいは偏った常識を身に付けていたシルヴィと、まっさらな状態で必死にこの世界の常識を身に付けようとする優希の違いがここに現れていた。
「ねぇ」
「それから……ん? どうしたの?」
シルヴィ自身なんとなく申し訳ない気持ちになったのもあり、またとりあえずの目的地に着いたのだからと優希に休暇を取らせるべくある提案をする。
「――これからデートしよう」
相変わらず表情に乏しく何を考えているのか分からない顔で、シルヴィは大真面目にそんな事を言った。
「……はぇ?」
対して優希はといえば、一拍置いて間の抜けた声を出して呆ける。
あら^〜
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