13.聖餐
サブタイトルは聖餐と書いて「せいさん」と読みます
「――へっ?」
それは意図せず漏れた声だった。
優希はこれまでの道程でシルヴィが度々この様に両手を組み、神々に祈る事を知っていた。
祝祷術という奇跡を行使する為に必要な事も知っているし、これによって旅の途中で生じた自分の傷も癒して貰った事がある。
けれど、それでも――目の前で何も無かったところからパンを出されては驚かずにはいられなかった。
「食糧なら大丈夫、ね?」
生み出したパンを半分に千切り、片方を優希に差し出しながらシルヴィは「これで問題ないね」と、見る者を安心させる微笑みを浮かべる。
が、しかし、優希は安心を覚えるよりも先に驚愕していた。
「し、シルヴィちゃん?!」
「ん?」
「それ! 今どうやって出したの?!」
「聖餐の事? 祈って出して貰った」
「ほぇ〜」
そんな当たり前のように言われてしまえば優希も意味ある言葉を出す事が出来ない。
もう何でもアリじゃんこの世界……そんな事を思いながら間抜けな顔を晒してしまう。
「やってみる?」
そんな優希へとシルヴィは軽い調子で声を掛ける。
「……それって私にも出来るの?」
しかしながら優希にとって、魔法も祝祷術もちぃと能力とやらも創作の世界でしか有り得ない現象だ。
そのため本当に自分でも出来るのか疑わしく、自信が無い様子で、しかし隠し切れない好奇心を覗かせてシルヴィを見詰める。
「練習すれば出来る」
「じゃあ、教えてくれる……?」
「いいよ」
「本当に?! ありがとうシルヴィちゃん!」
少しばかり嬉しそうに、同時に自分もこの祝祷術を覚えれば食糧事情が楽になるという打算も込みで優希は嬉しそうにする。
「じゃあ、お手本を見せるね」
「お願いします!」
鼻息荒く、目をキラキラとさせて迫る優希に対してシルヴィ軽く微笑んでからその場に跪く――
「……ぁ」
――スッ、と……一瞬にして深い祈りの境地に達したシルヴィから聖法気の淡い光が立ち昇る。
虚ろでありながら透き通る様なその瞳には何も映らず、まるで最初からそうあれと創られた彫像であるかの様に顔の前で手を組んだ体勢のままピタリと動かず、その姿勢は崩れない。
神へと祈り、奇跡を希う祝祷術――通常であれば聖職者が厳しい修行と長時間の断食の末に辿り着く無我の境地へと、基本中の基本である祈りの所作のみで瞬時に達する事の出来るシルヴィのその姿は正しく世界平和を祈る聖女の如き神聖さを纏っていた。
優希にお手本を見せる為に普段よりも丁寧に行っているとはいえ、並の聖職者では有り得ない速度で遥かな深度へと達する。
「――わぁ」
そして周囲の変化は劇的である。
シルヴィを中心として一切の不浄が清められた周囲に埃など一つも無く、汚れや黴は全て消え失せ、石材や木材はツヤを取り戻し、休憩場の近くを流れる小川は陽光を反射してキラキラと輝く。
変化はそれだけに留まらない。シルヴィの周囲にはパンのみならず、葡萄、胡桃、腸詰め肉、岩塩など……多種多様な食材が並んでいた。
「……ちょっと、祈り過ぎた」
シルヴィにとってはたまにする失敗、他の聖職者からしたら有り得ない奇跡。
彼女に自覚は無いが、神に祈りが届きやすい体質であるシルヴィが普段よりも丁寧に深く祈った為に少しばかり張り切ったオマケが齎されたのだ。
「……すごい、すっごい……すごいすごい、すごいよ! シルヴィちゃん! 今なにしたの?!」
「おぉう、おう……」
劇的に生まれ変わった周囲の環境と、それを為したシルヴィの奇跡に優希は興奮しながら彼女の肩を掴んでは振り回す。
突然身体を揺さぶられ、シルヴィも思わず変な声を出してしまった。
「今の! 今のなに?!」
「……聖餐の祈り」
「それが祝祷術?!」
「……そう、祝祷術」
「すごーい! すごいすごーい!」
優希に思いっ切り身体を揺さぶられながらも、ほんの少し前とは違って笑顔で興奮する彼女を見てシルヴィは「ま、いっか」と思う。
貴重な食糧を消費するだけの足でまといだと、彼女が気にして縮こまって遠慮しているよりは全然マシだろうと……シルヴィは年齢に似合わない慈愛の微笑みで目の前の少女の行為を受け入れた。
「今のどうやってするの?!」
「神様に祈る」
「そっか、神様に祈るんだ」
「そう」
世の聖職者が聞いたら卒倒するであろう雑な祝祷術の説明をするシルヴィ。
「こんな凄いこと、本当に私にも出来るかな?」
「ちゃんと教えるし、練習すれば誰でも出来る」
練習しても誰も出来ない奇跡がここにある。
「そっか、頑張ってみるね! ありがとうシルヴィちゃん!」
「ふぐっ……どうも」
思わず飛び付いて来た優希を受け止め、優しくその背中をポンポンと叩きながらシルヴィは口を開く。
「とりあえずこれ食べ尽くそう」
「え?」
「じゃないと天罰が降る」
「えっ」
明かされる衝撃の真実に優希の興奮が冷め、その動きが止まる。
強ばった顔でシルヴィがたった今出した食糧の数々を眺め、段々と青ざめていく。
「この量を二人で……他はともかく岩塩はちょっと……」
「……だから、祈り過ぎた?」
「あ、あー……なるほど……」
どうやらシルヴィも困ってるらしいのを見て取って、こんな時こそ歳上の自分が何とかしなければなと優希は奮起する。
ざっと並ぶ食材を確認し、頭の中で献立を考えながらおもむろに立ち上がり、突然近くで行われた奇跡に腰を抜かした旅商人の男へと歩み寄っていく。
「――ご馳走します! 一緒に食べませんか!」
他にも驚きのあまり固まる周囲の者たちへと声を掛けて回り、何とかその日のうちに聖餐を消費し尽くした優希はやりきった達成感に満ち溢れた顔で眠りに就いた。
聖餐の祈りとは、聖職者が巡礼や修行の旅で食料も尽きて補充る宛もなく、精も根も尽き果てて今にも干からびて死ぬという間際に神へと一切れのパンとコップ一杯の水を恵んで下さいと真剣に祈り続けてやっと成立するような祝祷術です。
シルヴィが例外なだけで、こんなポンポン何もないところから食料が出たら大変な事になります。
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