12.兄のこと
ちょっと〜!男子ぃ〜!
〝こんにちはシルヴィ、このメモを読み始めたという事は大樹海の現状について耳にした頃でしょうか?
今頃は「なんで兄の国が姉の故郷に攻め入っているんだろう」という疑問でいっぱいなのではないですか? ……いえ、アナタの事ですから不思議には思ってもそこまで慌ててはいないかも知れませんね〟
「し、シルヴィちゃんのお母さんって何者……」
またもや読む前に読まれていた事に優希は戦慄の表情を隠し切れない。
シルヴィは二度目なのでもう気にしない事にして、まだ読み書きが怪しい優希の為に続きを読み上げる。
〝そんなアナタのお兄さんであるギルベルト・スペルビアは、魔王の子の次男にして母親はスペード皇国の皇女です。
彼を端的に表すなら――天上天下唯我独尊、周囲の人間を見下し過ぎて逆に見上げている、になるのでしょうかね?
傲慢という一言では片付けられない程に野心が強く、常に世界征服を本気で公言している危険人物でもあります。
優秀な人物は即座にスカウトする人材マニアな一面もあり、使えそうなら自分のきょうだい達ですら部下や側室にしようとするので気を付けて下さいね〟
「クセ強っ!」
優希は思わずツッコミを入れてしまった。
確かにシルヴィの兄弟達はみんな一癖も二癖もある人物達ばかりだとは聞いていたが、こんな危険人物だとは流石に考えていなかった。
なんだよ、他人を見下し過ぎて逆に見上げているって……なんだよ、世界征服って……なんだよ、自分の兄弟達ですら部下や側室にしようとするって……もう意味が分からなかった。
〝しかしながらその実力は本物であり、魔王の子達の中で一、二を争う程の強者です。魔王を倒すのなら彼もまた絶対に仲間にしなくてはなりません。
注意事項としましては仲間にするまで絶対に気を抜かないで下さいという事です。彼は自らが認めた相手の言葉しか聞き入れません。
半端な実力や半端な覚悟では頑として首を縦には振らず、逆にアナタを追い出して魔王討伐パーティーの乗っ取りを画策するでしょう。
しかしながら逆に自分の言葉は絶対に翻す事はしませんので、一度言質を取ってしまえばこっちのものです。
頑張って彼から了承の一言を貰って下さいね〟
「……個性の強い人が出て来たね」
「強そう」
オブラートに包んではみたが、優希は内心で『めちゃくちゃ我が強そうだぁ……』と自分が虐められやしないかとビクビクしていた。
シルヴィは簡単に済ませているが、これは本当に気を付けないと酷い目に遭いそうだと怯えている。
〝彼のちぃと能力ですが、それは空間に作用するものです。
どれだけ距離が離れていても、どれだけ身を固めていても意味がありません。
どんな距離からでも防御不可の必殺の一撃を放って来ます。対処方法は同系統のちぃと能力を所持している事か、相手にコチラの座標を誤認させる事くらいしかありません。
もしも戦闘になった場合は気を付けて下さいね。
それではアナタの幸運を祈っております〟
「なるほど、これがちぃと能力……シルヴィちゃんにも同じ力があるかも知れないんだね」
「これが、私の……」
ちぃと能力の内容に驚く優希と、そのすぐ側で自らの両手をワキワキとさせながら何かを感じ取ろうとするシルヴィ。特に意味はない。
「とりあえず自分の姉に喧嘩を売ってもおかしくない人物だって事は分かったけど、これからどうするの?」
そもそもこういう癖の強い兄弟達を纏める為に長女を最初に仲間にするという話だった筈で、その長女がいきなり下剋上を喰らってるなど想定外も良いところである。
そして魔王の子達に影響力の強い長女でこれなのだから、初対面のシルヴィや優希が説得しても絶対に聞き入れないだろうという事は容易に想像できた。
「むむむ……潜入するしかないかも」
「すぐ捕まるって言ってたよ?」
「いや、大樹海じゃなくて軍に」
「……兵隊として堂々と大樹海に足を踏み入れようって事?」
「そう」
なるほどとは思ったが、果たしてそう都合よく入隊できるものなのかどうか優希には分からなかった。
そもそもの話、仮に入隊できたとしても大樹海の部隊に組み込まれる可能性があるのかも分からない。
「難しいと思うけど……」
「あの人みたいにすれば良い」
と、そこでシルヴィが指し示したのは先ほどまで会話していた旅商人の男だった。
それが意味するところを優希は考え、そしてシルヴィの意図を何となく察する。
「外部の協力者として売り込むって事?」
「そう、私は人を癒せる。戦地では多分貴重」
「なるほど……でも私の売り込みポイントが無い」
ここまでの道程でシルヴィに細かな傷などをその都度癒して貰っていた優希は、その言葉に納得を示す。
そうなると次は自分の立ち位置をどうしようかと迷う優希に対して、シルヴィは何でもないかの様に言う。
「優希なら大丈夫」
「……本当に?」
「保証する」
「……ありがとう」
優希には何故シルヴィがそこまで自信満々に断言できるのかは分からなかったが、それでも彼女から自分なら大丈夫だと太鼓判を押される事に悪い気はしなかった。
もしかしたら自分の不安を和らげようとしてくれているのかも知れないし、ここは素直にその気持ちを受け取っておこうと思ったのだ。
「とりあえず、そうと決まれば旅のルートが変わるね」
「真っ直ぐ進めなくなった」
「そうなんだよ、このまま大樹海の最寄り村まで突っ切る事は出来なくなったから……恐らく大軍が駐屯できる都市を目指す事になると思う」
シルヴィが自分の鞄から地図を取り出して広げ、優希が旅のルートに指を滑らせる。
当初の目的では、シルヴィの生まれ育った村とゲルレイズに占拠された村があった北方の小国から南東に移動して二つの国境を超え、大樹海と交易のある村へと赴く予定だった。
けれどそれが出来ないとなると、南西に舵を切って国境を一つ超えて皇国へと入り、そこで大樹海に隣接する都市の中で一番大きなところを目指す必要が出てきた。
最初向かおうとしていた村が所属している国が、というよりここら周辺の小国はみんな皇国の属国である為、恐らく今回の大樹海侵攻に協力しているだろうと予想できる。
けれど所詮は属国であるため、そこで軍に同行しても最前線で使い潰されるか、もしくは後方支援に回されて大樹海に全く侵入できないという可能性もあった。
「だから距離としてはちょっと遠回りする事になるけど、皇国内で軍隊に接触した方が良いと思う」
「なるほど」
「本当はこのまま真っ直ぐ進んだ方が近いし早いんだけどね」
大樹海の外周を反時計回りに移動し、皇国の国境都市まで向かう必要がある。
「んで、そうなると……」
大凡のルートを見繕ったところで、今度は自分達の荷物を確認し始める優希。
「……うーん、ここでも真っ直ぐにとはいかないか」
「どうして?」
「食糧と水が心許なくて、途中で人里に寄る必要がありそう。真っ直ぐに都市だけを目指せないかも」
「なるほど」
旅の初心者であるにも拘わらず、この世界の地図の見方や物資の管理や計算までサラッと完璧にこなしてみせた優希を見て、シルヴィは「やはり優希なら問題ない」と自らの認識が間違っていなかった事に少しだけ口元をニヤケさせた。
そして自分が突発的にシルヴィの旅に加入した事によって、食糧の備蓄が足りなくなってしまったのだろうと恐縮する優希を安堵させるべく、シルヴィはその場で祈り始める。
果たしてお兄ちゃんは最後にダイナが会った時から成長しているのか……()
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