10.旅立ち
兄弟の前に異世界人の少女をゲットだぜ!
「ねぇ、シルヴィちゃん」
「ん?」
山村から大分離れたところでおもむろに優希がシルヴィへと声を掛ける。
「何となくそのまま出て来ちゃったけど、これから何処に行くの?」
今の時刻は夜明けからまだそれほど時間が経っていない早朝である。
慣れない激しい運動を行い、徹夜明けでもある為そろそろ優希は眠気が限界ではあったが、夜までに最寄りの人里に付かねば野宿する事になるのだろうと聞きかじりの知識で何となく思っていた。
そのため後どのくらい歩けば最寄りの人里に着くのか、そして通過点でしかない人里のさらに先にある目的地は何処なのかという事を聞きたかったが故の質問だった。
「……何処だろう?」
「……えっと」
そんな優希の質問はシルヴィの間の抜けた返答に一瞬で打ち砕かれた。
優希も動揺したが、何故か張本人であるシルヴィの目も泳いでいた。
優希は困惑した。シルヴィちゃんは強いし凄いけれど、自分がしっかりしなければならないと思った。
「コホン! ……シルヴィちゃんの旅の目的ってなんだっけ?」
咳払いで注目を集め、今の状況を整理する為に再度シルヴィへと問い掛ける。
「……兄弟姉妹を集めて、父親である魔王の討伐?」
「そのシルヴィちゃんのご家族は何処に居るの?」
「……何処だろう」
「……えっと」
優希はまたもや困惑した。タチの悪い嘘だろうとさえ思った。
この子は本当に大丈夫なのか、何故こんな状態で一人旅なんてしようと思ったのか、何故彼女の親は旅の許可を出してしまったのか……まさか彼女の親がシルヴィを旅に放り出した張本人だとは思うまい。
「ご家族の居場所とか、何か手がかりとか無いの?」
優希は少しばかり焦りながらも、何とか他に情報は無いかと問い掛けてみた。
「……そういえば、それぞれの特徴を書いたお母さんのメモや手紙がある」
「それだ! それだよ!」
なんだあるじゃないかと、優希は心底ホッとした。
そんな彼女の様子を見てシルヴィは少しばかり申し訳なくなった。
「シルヴィちゃんのお母さんの手紙を読んでみようよ、どんなご兄弟が居るのか早めに分かってた方が良いと思う」
「わかった」
それもそうかと、優希の言葉に納得したシルヴィは鞄から兄弟達の詳細を書いたメモを取り出そうとして――「最初に読む様に」と書かれた手紙がある事に気付く。
「なんだろう?」
「さぁ?」
「まぁ、とりあえず最初に読んだ方が良いんじゃないかな」
「わかった」
シルヴィはこんな物あったっけ? などと思いながらも、別にわざわざ後回しにする理由も無かったのでその手紙を読み始めた。
〝拝啓、最愛の娘シルヴィへ
アナタの事ですから手紙やメモの存在を忘れ、偽物の魔王の子に一度突撃した後で思い出したかの様に読んでいる頃でしょうか?
いけませんよ? 情報は時に命より重く、金よりも価値があるのですから。
私が自らが住む村の近くで起こった、魔王の子を名乗る人物が領軍を追い返したという事件を知らないとでも思いましたか?〟
「あはは、読む前に読まれてたね……」
「……」
シルヴィは思わず目を逸らした。
〝さて、軽くお説教を済ませたところでおっちょこちょいなアナタに道を示してあげましょう。
何故ならアナタのきょうだい達はみんな一癖や二癖では済まないくらい癖の塊ですので、仲間にする順番を少しでも間違えると一緒に旅をしてくれないかも知れません〟
「……シルヴィちゃんの家族っていったい」
「……」
仲間にする順番があるとか聞いてないけど、などと思いながらもシルヴィは先を読むのが少し楽しみになってきた。
〝では前置きはこれくらいにして、まず一番最初に仲間にしておくべきアナタのお姉さんについて説明します。
名前はルゥールー、魔王の子の長子にして長女で、母親はメリュジーヌ大樹海に暮らす“銀月の枝”の族長筋に当たるエルフの姫君とも呼べる娘です〟
「エルフって?」
「精霊神の眷属」
聞き慣れない単語に反応する優希に対して、シルヴィは簡潔に答える。
しかしながらその答えにも意味が分からない単語が出て来て、優希は困った顔をするが、まぁ今聞かなくても良いかと疑問を後回しにした。
〝お忍びで樹海の外を放浪していたところを人間に捕まり、奴隷とされていたところを何も知らなかったアナタの父親が『異世界に来たからにはまずはコチラの秘密を守り、常識を教えてくれる奴隷を買わねば』という動機で買ったのが馴れ初めらしいです。何故人間の国で人間の常識なぞ知らぬエルフを買おうと思ったのかは分かりません〟
「なんでか分かる?」
「えっと……なんでだろ? 私の世界ではエルフなんて居なかったし、もしかしたら知らなかったのかも」
「なるほど」
同じ別世界から来た優希ならわざわざエルフの奴隷を買った理由が分かるのかと尋ねたシルヴィだったが、そんな事は優希も分かる筈がなく、何となくの推測しか語れなかった。
〝母親がそんな経緯を持つが故に彼女の立場もまたややこしく、今は祖父母や氏族の戦士達に囲まれて中々外には出られない状況にあります。
しかしながら魔王の子達を集めるのであれば彼女を最初に、また必ず仲間にしなくてはなりません。
というのも彼女の年齢は今年で21歳となり、まだ父親が正気を保っていた頃に生まれ一緒に旅をしていた経験を持つ為に、きょうだい達の中で唯一父親の顔を知っている人物だからです。
また、小さな頃からアナタ以外のきょうだい達の世話をしていた影響で他の魔王の子達を唯一ある程度御せる人物でもあります。
一応ハーフエルフという事になりますが、彼女はエルフの身体に人間の精神を持っていますのでご安心を。見た目は幼いですが、きちんと成熟した大人です。
そしてココが重要ですが、彼女は魔王の子の中では貴重な常識人です。彼女が居なくては旅は立ち行きません。必ず一番最初に仲間にして下さい。
注意事項は特にありませんが、彼女は自らの身体にコンプレックスを持っていますのであんまりそこを弄ると酷い目に遭います〟
「お姉さんはマトモそう?」
「……みたい?」
この手紙を読む限りではシルヴィの姉に当たる人物はとても頼りになる人物らしい。
成熟した大人で常識人、他のきょうだい達への影響力もある様だ。
これら書いてある事が全て事実であるならば、確かに一番最初に仲間に誘った方が良さそうだった。
〝それと私が把握している子達についても簡単な情報を載せておきます。
ウィリアム王国の王子ジェラール、スペード皇国の皇太子ギルベルト、独立商業都市リーリウムの跡取り娘リーリエ、ニンジャのハジメ、アトランティス海洋帝国の皇子エドワード。
彼らを仲間にする事が出来ればとても心強いでしょう。彼らについてもっと詳しい事を知りたければ、今度こそ私が渡したメモを読むようにして下さい〟
「なるほど」
「一人だけこの手紙に詳しく書くって事は、本当にルゥールーお姉さんは重要なんだね」
「そうかも」
手紙にも散々書かれていたが、ここまでの扱いの差を見るに必ず最初に仲間しなければならないのだろう。
改めてその事を認識したシルヴィは、じゃあこの旅の最初の目的地はメリュジーヌ大樹海で決まりだなと一人頷く。
〝最後に注意点を一つだけ。アナタの父親はその場限りの一夜を過ごした相手や、現地妻と呼ばれる存在も多数存在していたのでまだまだ見知らぬきょうだい達が居るかも知れません。
もしも旅の途中でその子達と出会う事が出来たのなら、是非とも彼ら彼女らも旅の仲間に加えてあげて下さいね。
本当に居るかも分かりませんが、彼らにもちぃと能力が発現しているかも知れませんので〟
「へぇ」
「シルヴィちゃんのお父さんっていったい……」
シルヴィはそうなんだーと気にせず、優希はどんだけ色を好むんだと遠い目をした。
〝と、ここまで色々と書きましたが、私が知る限りみんな良い子で根は善人な子達ばかりです。
どうかきょうだい仲良く、みんなで家族旅行に行くんだという軽い気持ちで楽しんで下さいね。
シルヴィ、アナタの幸福を私は何時までも祈っています〟
「良いお母さんだね」
「……おぅ」
ちょっとだけ気恥ずかしくなったのか、シルヴィは少しだけ目を逸らした。
「ちなみにこの“ちぃと能力”ってなんなの?」
「……何か凄い力? 魔王とその子ども達が持ってる」
「へぇ」
優希はちぃとの意味も分からず首を傾げるしかないが、漫画やアニメでよくある超能力とかそんな感じの力なのかなと漠然と考えていた。
「じゃあシルヴィちゃんの魔法がちぃと能力なの?」
「魔法?」
「ほら、あの灯火とか」
「あれは祝祷術」
「祝祷術?」
「神様に祈ると使える」
「へぇ」
そういうのがあるんだなぁと、ここは不思議な世界だなぁと優希は呑気な感想を抱いた。
「じゃあ、魔物? とかを倒した身体能力がシルヴィちゃんの?」
「違う。私はまだちぃと能力が使えない……絶賛修行中」
「えっ、じゃああれがこの世界の普通なんだ……」
目にも止まらぬ速さで山賊の頭領を剣術で叩きのめしていたけど、あれが凄いちぃと能力とやらが原因ではないと聞いて優希は少し勘違いをしてしまう。
もちろんシルヴィの様々な能力は普通なんかでは全くないが、他に比較対象も居らず、優希もまだこの世界の平均や常識というものを知らないので暫くこの勘違いは正されない。
「それで最初に誘うのはハーフエルフ? のお姉さんで良いんだよね?」
結局ちぃと能力についてはよく分からなかったが、どのみちシルヴィちゃんの兄弟と出会えば嫌でも分かるだろうと優希は話を元に戻した。
「みたい」
「じゃあ、最初の目的地はそのメリュジーヌ大樹海ってところだね」
「だね」
そうと決まれば話は早いと、やっと進むべき道が見えて来た事に優希は笑顔を浮かべる。
「それじゃあ改めまして、これから頑張ろー!」
「おー!」
こうして漸く、シルヴィは本当の意味で旅立つ事が出来たのだった――
先に常識人を仲間にしないとバッドエンドです。
これにて旅立ち編は終了です。
幕間を1話挟んでから大樹海編になります。
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