1.魔王の子
今作もよろしく!
「――突然ですがシルヴィ、アナタには魔王を討伐して貰います」
いつもと変わらぬ朝食の席でのこと、シルヴィは対面に座る母親から告げられた言葉に一瞬だけ食事の手を止めるも、この母親が唐突に変な事を言い出すのはいつもの事なので食事を再開する事を優先した。
シルヴィの住む家は世間一般的には田舎と呼ばれる場所に存在するが、何故か食卓は豊かだったので彼女は食べる事が大好きなのだ。
特に今日の朝食には彼女の大好きなブルーベリージャムが並んでいるのだから、自身の母親の妄言に付き合っている暇などなかった。
「なにを隠そう、アナタは魔王の子だったのです」
母親からの何やら重大そうなカミングアウトすら聞き流し、シルヴィの顔は幸せに満ちていた。
ブルーベリージャムをたっぷりと塗ったバゲットを齧り、隣りのおじさんから貰った朝一番の搾りたてミルクを流し込む……それだけで彼女の世界は華やぐのだ。
ここに家の裏庭で飼っている鶏の卵料理が並ぶのだからもう堪らない。
「真面目に聞かないのであればこれは没収です」
「――っ?!」
さぁ、お代わりだと、ブルーベリージャムの入った瓶へと伸ばされたシルヴィの手は虚しく空を切る。
ジャムの瓶が逃げた場所へと視線で追い掛ければ、そこには自分と同じく何を考えているのか分からない母親が唇を尖らせていた。
「……真面目に話を聞きますか?」
「……(コクコク)」
大好物のブルーベリージャムを人質に取られては仕方ないと、シルヴィはここに来てようやく母親の話を聞く事にした。
「アナタは魔王の子です。なので魔王を倒しに行って貰います」
「……」
話を聞く事にした……聞く事にはしたが、これでは彼女ではなくとも何も分からない。
そもそも田舎に住むシルヴィにとって魔王など、たまに行商人のおいちゃんから噂話を聞く事があるくらいで身近な脅威ではなかった。
そもそも本当に実在するのかすら怪しく、そんな人物(?)が自分の親だと言われてもピンと来ないし、さらにはその自分の親を倒せという。
「――ッ!!」
そこで自称IQ300超えである天才シルヴィの脳内に一つの解答が浮かび上がった――そう、自分の両親の痴情のもつれである。
シルヴィは生まれて来てから今まで自分の父親と会った事がない……母親も隠している訳ではなかっただろうが、全く話題にも出さなかったので自分から聞く事もしなかった。
そんな状態であったのにだ……母親は急に自らの夫を魔王と呼称し、娘の自分に倒せと言うではないか。
これは恐らくあれだ、魔王というのは比喩表現で、正しくは『魔王のように最低な男』という意味だとシルヴィは受け取った。
つまりは浮気だか何だか理由は知らないが、とうとう我慢の限界に来た母親が娘を使って復讐しようと言うのだろう。そうに違いない。
「アナタの考えている事は全てハズレですからね」
「……」
どうやら間違っていたらしい……呆れた顔の母親に見られながらも、シルヴィは誤魔化すように濃厚なミルクを口に含んだ。
「実はですね、アナタの父親はとても不思議な力――ちぃと能力とやらを持った異世界人だったのです」
シルヴィはまーた母ちゃんが変な事を言ってるよ、とは思ったがブルーベリージャムを人質に取られているので一先ず様子を見る事にした。
「当時も魔王災害に各国は苦しめられていまして、本来ならば魔王と対になる勇者が現れる筈だったのですが……影も形も見当たらず、とうとう人類が追い詰められた――というところでアナタの父親が魔王を見事打ち倒したのです」
ここまで話を聞いてシルヴィは首を傾げる……なんだ、私のお父さん英雄じゃないかと。
「しかしながら魔王の血には隠された力があったらしく、一番近くでそれを大量に浴びてしまったアナタの父親が新しい魔王になってしまったのです」
「わお」
今日初めてシルヴィが声を出した瞬間だったが、それくらい彼女は驚いていた。
何故なら伝説上の存在である魔王を、伝説上の存在である勇者でもないのに打ち倒した父親が新しい魔王になったというのだから。
いやいや、それって以前の魔王より酷くなってない? と、そう思ってしまうのも仕方がないだろう。
「異界のちぃと能力を持った魔王に世界連合の精鋭も歯が立たず、さてどうしようかとなったところで――各国の姫君達の懐妊が判明しました」
「……?」
ここに来てまた話が分からなくなった事でシルヴィの眉が寄る。
「実はですね、魔王化以前のアナタの父親は好色でして」
「あー……」
話が読めた、読めてしまった……思わず間延びした声が出る程だ。
「大国の姫君から奴隷まで、色んな女性に手を出しては孕ませていたらしいのです」
「……」
シルヴィは今とても難しい顔をしている……十三歳になったばかりの、思春期真っ盛りの彼女にとって会った事もない父親の下半身の話など聞いてもどう処理していいのか分からない。
「魔王化以前は人類最強と謳われ、常勝無敗の英雄であった彼と縁を結びたかったが為に各国の王も自らの娘を送り出したという面もあるのですが、その彼が魔王になってしまっては娘も孫も扱いづらい存在になってしまった」
なんだか聞いていて物悲しくなる話である。
「しかしです――その、魔王の子たちはみんな一様に父親のちぃと能力なる物を一部受け継いでいる事が分かったのです」
「……あっ」
「気付きましたか? そうです、ちぃと能力を沢山持つ魔王にはこの世界の精鋭も敵わない……なら、そのちぃと能力を受け継いだ魔王の子達を育て上げ、魔王を討伐させようと、そういう事です」
まぁ、確かに魔王の力の一部を振るえる者達が集まれば魔王本人を倒す事も出来るのかも知れない。
この話が本当であるならば、シルヴィにもちぃと能力と呼ばれる魔王の力があるのかも知れないが、彼女は戦闘行為という物をした事がなかった。
「何を心配しているのか分かりませんが、アナタは元聖女であった私が直々に教えた祝祷術と結界術を聖女レベルで扱え、聖堂剣術もきちんと達人レベルまで修めているのですから大丈夫ですよ」
初耳である。そもそも自分の母親がそんな高そうな地位に就いていた事も、自分が日課として教えられて来た事がとんでもない事だった事も全てシルヴィは初耳である。
定期的に家に帰って来ては抜き打ちテストをしていくのはこの日の為だったとか言われても普通は受け入れられない。
「……ふーん」
しかしシルヴィは普通の少女とは少し感性がズレていたので『そうなんだー』と軽く受け入れた。
というかむしろ、こんな田舎に住んでいながら食卓がやけに豊かだった事に合点がいって感謝していたくらいである。
もう辞めているらしいが、恐らく聖女時代に稼いだ貯えがあるのだろう。
お母さん、高い地位に就いていてくれてありがとう……そう、両手で拝んでみたり。
「とりあえず理解しましたか?」
理解はした……したが、なぜ今になってそんな重要な事を話したのか。なぜ今まで黙っていたのか分からない……そう、拝む事に飽きたシルヴィが目の前の母親に伝えると――
「――聞かれなかったので」
それだけが返ってきてシルヴィはもう全てがどうでもよくなった。
彼女の母親であるダイナ・ハートはこういう人物である。
「他の母親達への紹介状、魔王の子達のそれぞれの特徴を書いたメモ、目の前の人物が血縁者かどうか分かる魔道具は最低限準備しましたので安心して行って来なさい」
何をどう安心しろというのか、シルヴィには全く分からなかったがとりあえず旅に出るしかないという事は理解した。
こうなった母親の意思を曲げる事は難しく、大人しく従うしかないという事をシルヴィは十三年の人生で嫌というほど学んでいたのだ。
というか血縁者かどうか分かる魔道具ってなんだよ、えらく限定的だな? という事が彼女の脳内を占めていた。
母に聞くと『王侯貴族に人気なんです』という、ちょっと生々しい答えが返ってきて顔を顰めてしまったが。
「とまぁ、ここまで色々と言いましたがそれらは全て建前です」
「……?」
突然何を言い出すんだと、こんな壮大な前フリがあるのかと考えながらもシルヴィは母親に向き直る。
「――母はただ、アナタに世界を見て貰いたいだけです」
そこには深い、とても深い本物の愛情が篭った表情を浮かべる母が居て……何となく気恥ずかしくなったシルヴィは解放されたブルーベリージャムをひたすらバゲットに塗りたくった。
どんな話になるのか、だいたい予想が付きやすい1話になったハズ(自信なさげ)
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