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天才はコールドスリープから目覚められない

作者: ノ木瀬 優

【2345年某日】


 友達の田中君とボードゲームで遊んでいた俺の耳に、テレビの音声が入って来る。


『本田氏がコールドスリープマシーンに入って今年で300年! いよいよ! 稀代の天才と言われた本田氏が目覚めるのです!』


「……なぁ、本田氏って誰だっけ??」


 聞き覚えのあるその名前がなんとなく気になった俺は、次の駒を置く場所を考えていた田中君に聞いてみた。


「ん? あー、C(コールド)S(スリープ)M(マシーン)を開発した人だろ? 『俺にふさわしい時代に行く』とか言ってた人」

「あぁ! 本田グループの総帥だった人か!」


 本田グループと言えば、今や世界有数の大財閥だ。その初代総帥の名前が本田であることを思い出す。


『本田氏はコールドスリープマシーンに入る前に、氏が持っていた全ての資産を現金化し、『俺が目覚めた時に手助けしてくれた人に、俺の全財産の半分を譲る』との言葉を残しております。現在、国では、本田氏の受け入れを希望されるご家庭を募集しております! ご希望の方は、こちらまでご連絡下さい!』


「え? これやばくね? 手助けするだけで本田グループの資産の半分もらえるって……俺、連絡してみようかな?」

「あー、やめとけやめとけ。こんなん応募するのは馬鹿だけだぞ」


 興奮気味に言う俺に、田中君はボードゲームの駒を振りながら言った。


「なんでだよ! 本田って人の資産の半分がもらえるんだぞ? 多少大変だろうがやるべきだろ!?」

「いやいやいや……ニュース聞いてなかったのか? 本田氏の資産の半分じゃない。300年前に本田氏が『現金化』した資産の半分だぞ」

「?? え、どういう事? 全ての資産を現金化したんだからとんでもない金額だろ??」


 初代総帥の資産の半分なのだ。とんでもない金額になるだろう。そう思って聞いたのだが……。


「ばぁか。300年前っつったら『統一通貨』が出来る前だぞ? んなもんもうほどんど価値無いに決まってるじゃねーか」

「………………あ」


 重要なのは『現金化』した資産の半分だという事だった。


 約150年前に『統一通貨』が出来て以降、それ以前の通貨の価値は大暴落している。全世界で使える通貨が出来たのだ。日本でしか使えない通貨の価値が下がるのは当然だろう。『統一通貨』が出来てから2年ほどは、各国が『旧通貨』と『統一通貨』を一定のレートで換金していたが、それももう、とっくに終わっている。


「ちなみに本田って人の総資産は100億円だったらしいぞ。その半分だから50億円だな」

「50億円って……どれくらいの価値になるだ?」

「約800リック。安いお菓子10個くらいなら買えるかもな」

「おぅふ……」

「ついでに言えば、300年前の人だから『ウイルス抑制ワクチン』も『抗ガン性予防接種』も受けていないぞ」

「え? でもあれって国民の義務だよな?」


 『ウイルス抑制ワクチン』も『抗ガン性予防接種』も受ける事が国民の義務であり、受けていないと主だった公共機関は利用出来ない。そのため、遅くとも3歳までに受けるのが一般的だ。


「そ。だから、ちゃんと病院に連れてってそれらを受けさせる『手助け』をする必要があるって事だな」

「ああ、そういう……ってちょっと待て!」


 確かに受ける事が国民の義務である以上、『手助け』する人は、ちゃんと本田さんに受けさせる必要があるのだろう。しかし……。


「……確かあれって、どっちも受けるのに500リックかかったよな? もうそれだけで赤字じゃねーか……」


 譲られる資産が800リック。ワクチンを受ける費用が500×2で1000リック。この時点で200リックの赤字だ。


「いや、その計算は間違ってるぞ」

「え?」

「500リックなのは、国際共通保険に入っている人だけだ。未加入だと15万リックかかる」

「…………本田って人は――」

「国際共通保健が出来たのが140年前だぞ? もちろん未加入だ」

「ですよねー……」


 俺の中で『本田さんを受け取る』という選択肢が完全にかき消えた。


「ってかお前、詳しいな」

「ん? ああ、まぁ、俺も応募しようとしてたからな」

「――おいっ!!」

「あはは。まぁ、怒るなよ。ほら、このサイト見てみ。他にも色々載ってるから」


 そう言うと、田中君は空中に手をかざし、『光子通信』でまとめサイトのアドレスを送って来た。


「ったく……どれどれ」


 俺は受け取ったアドレスを空気ディスプレイに映しだして読んでみる。


「えっと……『300年前に自ら開発したCSMに入った稀代の天才、本田氏を『手助け』する10のデメリットと2つのメリットについて』……ってひどい言われようだな」

「まぁな。でも読んでいくと納得するぜ」


 そこには、先ほど田中君から聞いたデメリットの他に『300年前の社会常識しかない本田氏には、現在の社会常識が通用しない』や『本田氏は200年前から全ての国で使用されている『統一言語』を全く知らない』、『本田氏は100年前に解明された光子についての知識が無いため、光子システムを一切使えない』等の説得力のあるデメリットや、『300年前の地球は様々な環境問題を抱えていた。そのため、本田氏がどのような病原菌を持っているか分からない』等の信ぴょう性に欠けるデメリットが書かれており、最後に『本田氏が何か問題を起こしたら、それは、『手助け』する人が、責任を負う事になる』という恐ろしいデメリットで締めくくられていた。


 そして2つのメリットについては『50億円(現代の通貨だと約800リック)が手に入る』事と『本田氏を『手助け』した人として有名になれる』という物だったのだが――。


「……『本田氏を『手助け』した人として、一躍有名人になれるだろう。ただし『底なしのお人よし』もしくは『本田氏の資産につられた間抜け』という評価が下る可能性が高い』………って、これ、メリットじゃねーじゃん!!」

「まぁ……それぐらいしかメリットが無かったんだろ」

「おいおい……」


 俺はいたたまれなくなって、空中ディスプレイを閉じた。


「んで? お前、コレ応募すんの?」

「するわけないじゃん! ってかこれ、誰も応募しないんじゃ……」

「まぁ、誰も応募しないからテレビで募集掛けてるんだろうな」

「あぁ、納得。………………で? お前はまだ投了しないのか?」

「るっせぇ! まだまだこれからだ!!」


 そう言って田中君は手に持っていた駒を盤面に置く。


「いい加減諦めろって……」


 なおも宣伝を続けている3D(・・)テレビをわき目に見ながら俺はボードゲームを再開した。

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