八月十二日
八月十二日
僕にとっては珍しく、真昼間から毎度毎度むかついている太陽のぎらぎら睨みつけられているかのような日差しに汗だくだくになりながら、とあるラーメン屋前のベンチに座っていた。この暑いのにラーメンを食べるなんて……よく暑い中で食べるラーメンや、カレーライスや、鍋料理は最高だと言われるが僕自身には当然そのような嗜好はない(僕は暑いのが嫌いだからだ)。ではなぜ悪態をつきながらラーメン屋の前にいるのかというと、呼び出しをくらったからである。誰に呼び出されたかというとあの進藤健人だ。それも一対一で。
朝いきなりメールが来た。この気持ちのいい朝に一体誰がメールをしてきたんだ? というか朝っぱらから誰かからメールが来るなんて珍しいなと思い、少しわくわくして携帯電話を開くと昨日の今日で進藤健人で、思わずうわっと声を上げて携帯を手から落としてしまった。まさか進藤健人からメールが来るなんて思いもしなかった。
「高原、今日暇か? 暇だったら昼にラーメン食べに行こうぜ」
なんだなんだ進藤健人はまさかホモなのか? と思ったが、まさか僕と二人っきりでラーメンを食べに行こうなんて言うわけがない(僕が進藤健人だったら絶対に嫌だ)。これはおそらく村沢と、そして何より御木本さんが一緒であるに違いない! 連日御木本さんに会えるなんてそんな素晴らしいことが起こって良いのだろうか? いや実はまだ僕は眠っていてこれは夢なのかもしれない、僕は自分の頬を昨日そうしたようにまたしても漫画みたいにつねってみたが痛いのでどうやらこれは夢ではないらしい。夢と現実の区別が痛みでしかわからないとは、まったく人間という存在は不便な作りになっているものだ。鼻息荒く興奮度が高まってきた最中、またメールが届いた。
「ちなみに俺一人だから。サシで食べようぜ」
とまぁこんな感じのやり取りが今朝方あったわけだ。逆に夢であってほしかったくらいだが、昨日のように、突発的に御木本さんに会える可能性もあるわけだから、あまり乗り気にはなれない中でも、断らずに行くことにした。それにしても進藤健人が僕をわざわざ呼び出す理由が、どんなに考えてもわからない。どう考えても話す話題にまず困るだろう。一体僕と進藤健人が一緒にラーメンをすすりながら何を話せばいいんだろう。天気の話だろうか、経済の話だろうか、進藤健人でなくても男二人で(これがものすごく仲の良い関係であれば別だが)わざわざお昼を二人で食べに行くなんて正気の沙汰ではない。
あいつはホモだったのか……と震えながらも、まてしかし進藤健人がホモであるならば恋敵が自動的にいなくなるわけでそれはそれでいいのかもしれない、待て待てそれならば今日の僕の服装はこんなもので良いのだろうか? 紺色のポロシャツとデニムのショートパンツという組み合わせまでは百歩譲ってまだいいが、ポロシャツとデニムの色合いがほぼ一緒で、デニムオンデニムな感じになってしまっている。ファッションセンスのない僕でも、あぁこれはダサいな、と瞬時にわかってしまう残念な服装だ。
この格好を見て進藤健人もがっかりしてしまうのではないだろうか、せっかく僕を好いているというのに、さすがに服装が適当すぎただろうか。いや、これは適当なのではない、僕はもともと私服をあまり持っていない。昨日までに来た服は現在洗濯中で、残された選択肢がこれしかなかったのだ。どうかそのへんの事情を察してくれ、進藤健人!
僕がくだらない心配をしていると、いつの間にか進藤健人が目の前にいた。進藤健人はカレッジプリントが施してある白い七分丈のTシャツとジーンズ、足元は茶色のサンダルとラフな服装だったが、やはりもともとの見た目が良いのもあって、かなり様になっている。
「お前、なに一人でうなってるんだ? てかその服装ダサくね?」
うわっと思わず自分の着ているポロシャツを両手で隠してしまったが、進藤健人は心底呆れ顔でどうやら僕は恋人候補から外れてしまったらしい。別に正直それでまったく問題ないのだがなんとなく残念な気持ちになっていると「早く入ろうぜ」とせかされたのでおずおずとラーメン屋へ僕たちは入っていった。
入店するなり「おう、健人。いらっしゃい」と進藤健人にきさくに店員が挨拶をしてきた、それに対して進藤健人も「どうも、こんにちは」と慣れた感じで挨拶をした。ここは行きつけのラーメン屋かなにかなのだろうか。店内はあまり広くはなく、カウンター席が七席あるのみで席の後ろはもう壁になっているため、狭い。
狭いながらもあまり汚く感じないのは掃除が行き届いているからなのだろう、赤い床も赤いカウンターテーブルもどれもこれもピカピカだ。赤を基調とした店内なので激辛ラーメンなんかが主力なのかなと感じてしまうがどうやらそうではなくて、ブラックラーメンという真っ黒いラーメンが看板らしい。進藤健人が迷わずその看板ブラックラーメンとライス大盛りを頼んだので、僕も同じものを頼んだ。
「ここ来たことあるか? かなりうまいんだぞ」
「へ、へぇー、そうなんだ」
「やみつきだ、やみつき。あぁ、お前は東部だからわからないかもしれないな、南部の方じゃ結構有名なんだぜ」
進藤健人が自信を持って薦めてきたので、なんだか楽しみになってきて口の中によだれがどくどくと出てきて垂れそうだ。
「南部の方だけで有名みたいな言い方するなよな、田舎っぽくなるだろ」
「この町はどこ行ったって田舎ですよ、変な見栄はるなって!」
そんなやり取りをしながらラーメンを準備している店員……というか一人しかいないのでおそらく店長なのであろう男が「そんなことより今日は純と夏樹はいないのか? 珍しいな」と進藤健人に言った。村沢純と御木本夏樹。普段はどうやら進藤健人含めて三人で来ているようだった。
「いやいや、佐藤さん。俺だって他にラーメン一緒に食いに行ける奴くらいいるよ」
佐藤さん、と言われたラーメン屋の店長はにやりと笑った。まじまじと見るとなかなか男前な人である。見た所、身長は百八十センチ以上はありそうだし、髪型は頭にタオルを巻いているのでわからないが、あごに少し生えたヒゲが男らしさを感じさせる。
「お前ら、大体三人で来るからな。初めてじゃないか? 他の人と来るなんて。ところで君、名前なんて言うんだい」
と、急に僕に話題が振られたものだから、人見知りな僕は、「たたたた高原、かじゅなりです」とどもりまくりの噛みまくりな返答となってしまった。そのあまりにも残念な返答に二人して笑ってきたので、恥ずかしくて顔を伏せてしまう。
「高原君か、俺は佐藤正樹、このラーメン屋の店長なんだ。よろしくな」と、頭に巻いたタオルの暑苦しさとはかけ離れたやはりイケメンらしい爽やかさで微笑んできた。進藤健人といい、この佐藤という男といい、イケメンだらけでこんなラーメン屋の一室ですら僕の容姿は浮いてしまうのだと考えると、じゃあ僕は外食の際は一体何屋に行けばいいんだと叫び出したくなってしまう。
そんな僕の叫び出したい気持ちを抑制するためなのか否か、ベストなタイミングで佐藤店長は僕に先程できあがったばかりと思われるブラックラーメンをライスとともに「へい、お待ちっ」と勢い良く差し出してくるのだった。そのラーメンはブラックという名前にふさわしく、ラーメンの汁が真っ黒でさながらイカ墨ラーメンといった様相だった。
「もしかして、初めて見たかな? 俺の母親の田舎で有名なんだよ、ブラックラーメン。初めてだとちょっときついかもしれないけど」
「こ、これってなんでこんなに黒いんですか?」
「これはね、醤油を普通よりもいっぱい入れているんだ、あとは胡椒も多めにしてる、だから黒いんだ、真っ黒だろ、ははっ」
僕がそれを聞いてうへぇーという顔をしていると、
「高原」進藤健人がちょいちょいと僕の肩をつついて、こう食べるんだよ、とレクチャーをしてきた。ずるずるとラーメンをすすったあとに、その麺をほおばりながらご飯をその口に一口、ぱくりと入れる。といった流れだった。僕も真似してラーメンを普段の調子ですすり上げると、なんとびっくり非常にしょっぱい。
僕がしょっぱさのあまり渋い顔をしているのをにやりと笑いながら「ほら、ご飯を口に入れるんだよ」と進藤健人が言ってくる、僕はしょっぱすぎて少しでも口の中を中和したかったのでその命令に従順にしたがいすぐさまご飯を口の中に入れた。ご飯を口の中に入れると不思議なことにしょっぱさがご飯に対しての丁度良いご飯に対してのトッピングとなり、苦もなくぱくぱくと食べられるのだった。佐藤さんはそんな僕の次々と口に運ぶ姿を見て嬉しそうに笑った。
「おいしいかい? 高原君」
「は、はい、おいしいです」
「そりゃあよかった、健人の言う通り、南部では有名なんだ、高原君は東部なんだよな? 東部にもこの店を広めていってくれよ。東部から来るとちょっと遠いけど駐車場もあるからさ」そんな僕らのやり取りを見て、、進藤健人もうれしそうに笑った。
「な? うまいだろ。すげぇしょっぱいけど、夏にはいいんだぜ、塩分補給になる。ほらお前なんか汗っかきだろ? 昨日も汗ばっかりかいてたもんな」
進藤健人はそう言うと、またラーメンとご飯を食べだした。昨日汗をかいてばかりいたのは御木本さんが近くにいて緊張のあまり汗がでていたんだとは言えずに、はははと笑って僕もまたラーメンを食べた。
「お前さ、夏樹のこと、好きなんだろ?」
進藤健人のあまりにも突然な、そして確信に迫る質問に対して、僕はびくりと反応してしまう自分を誤魔化すようにあまり興味のない素振りで、何を言っているんだお前は? といった様子で首をかしげて見せた。
「はぁ、僕が御木本さんのことを好き?」
「しらばっくれても無駄だぞ、夏樹のこと好きになる男なんてたくさんいる。お前もその一人にすぎないってわけだ。俺はお前みたいな男を何人も見てきた。夏樹はああいう性格だから、寄ってくる男たちを変に無視したりしない。だから色んな男が勘違いするんだな、お前も勘違いしてるんじゃないか?」
急に饒舌に語り始めた進藤健人になんだなんだ、と驚きを隠せなかったがなんだかいきなりここまで言われたことに対して憤りを感じた。
「勘違い? 僕なんかが御木本さんに好かれるわけないじゃないか、それは僕が一番わかっている、だってこの僕だぞ? さっきも君が服装をダサいって言った、そんな僕だ。しかも何の取柄もない、僕が仮に女性だったら間違いなく僕のような男とは付き合いたくないね!」
饒舌に言われたので、饒舌に言い返してやった。自分で言っていて何だか情けなくなってくる、僕が自虐的な発言を連発したことにさすがの進藤健人も少し引いていて、どうすればいいのかわからない、と言った表情だったのでさらに僕は追い討ちをかけるように続けて言った。
「そうさ、きっと君のような人間にはわからないだろうね! だって君は、そう鏡を一体一日に何回見るんだい? その整った生まれながらにして恵まれている自分の他人とは卓越しているその顔を! 楽しいだろうね、毎日が! 鏡を見るだけで毎日毎日とても幸福な気持ちになるのだから! それに比べてどうだい、僕の顔は? ……どうしたんだい?そんな顔をして僕の顔を見るんじゃない! 五秒でも直視することができないだろう、あぁそうさ僕は君とは違って醜い顔をしている。毎朝鏡を見るのも嫌……と言いたいところだが、実はそうでもない、本当はそれほど自分の容姿が他人よりも劣っていると思ったことはないんだ、まぁ優れているとは思ったことはないけれどね! でもね、そんな僕も君みたいなあまりに優れた容姿を見てしまうと……これは駄目だ! 不思議なことに自分の顔が醜悪な怪物のように見えてきてしまうんだ! ついその前、つまり君のような美形の人を見る前まではなんだ意外と僕なんかもそれほど悪い顔ではないのではないか、と思っていたのに、だ! その話で言うとね、あぁ、僕も今自分で言いながらはっと気づいたことなんだけれども、君のような美形は僕のような醜い者に自分自身の価値をわからせてしまうんだ! それは罪だ、罪なんだよ君は!」
しゃべりすぎて頭がクラクラしてくる。気づけば目から涙がこぼれていた。ラーメン屋の店長、佐藤さんは突然自分の店で始まったよくわからない出来事に唖然としているようで、苦笑いするしかないようだった。
「うるせーな、高原。てか、人のことけなしてんのか、褒めてるのかわかんねーんだよ、あほ」
進藤健人の態度は最初の少し引いた態度から一転して余裕を持っていた。そんな態度を見ていると僕自身が何か頭のおかしい人のような気がしてきて「あぁ、ごめん」と僕は思わず言ってしまった。
「お前が夏樹のことを好きなのはわかった、好きどころか、むしろ結構好きみたいだな」
進藤健人のその言葉を聞いて、僕自身何だかわからないが、もやもやしていたものが少し楽になっていくのを感じた。
「好きだよ、どうしてこんなことになったのかわからないけどね!」
進藤健人の表情が次第にほころんでいき、最後には笑い出した。
「やっぱりお前なんだかんだ面白い、夏樹が面白いって言ってただけはあるな」
「僕は自分のことを面白いなんて思わないけど」
「まぁ、面白いっていうか、変だよな」
僕が変と言われてあからさまにむっとした態度を示すと、進藤健人はそれを感じ取ったのか、また笑って「でもその変な感じ、嫌いじゃないぜ」と言った。
「で、高原。お前に忠告しておかなくちゃいけない」
進藤健人はラーメンの器を傾けてスープをすべて飲み干した口で僕にそう言った。
「夏樹のことはあきらめろ」
なんでだよ! と、言おうとしたものの、進藤健人の言うことには一理ある、というか正解だ。僕なんかが御木本さんと付き合う場面なんて、やはり想像できない。僕は黙って進藤健人の話を聞き続けた。
「とにかくな、いつも一緒にいる俺が言うのもなんだけど、夏樹は本当にもてる。その理由はわかるだろ? 単純にだ。あれだけ可愛くて、男がほうっておくわけがない、それに性格も良い、先輩後輩問わず色んな人から現に告られているしな」
僕が何を今更わかりきったことを、と思いながら聞いていると、店主の佐藤さんも、そうそう、と言いながら話に入ってきた。
「夏樹は本当に町で有名なべっぴんさんだからねぇ、なにを隠そう、俺も夏樹の大ファンだからね」
「おいおい、佐藤さん、それは犯罪だって」
進藤健人がつっこむと佐藤さんもうははと笑いながら頭をかいて、だって仕方ないだろ、あんなに可愛かったら、と返す。その光景は僕には何だか不思議に思えた。今まで僕の個人の意識の中で繰り返し繰り返し、言い続けていたようなことを今目の前にいる、僕とはそれまで関係のなかった二人が、まるで僕のように言い続けている。夢と現実がごっちゃになったような光景のように見えた。
「まぁ、ようはかわいいかわいいって言っているうちはいいけど、本気で好きになったら辛いだけってことだ」
「本気で好きっていうのはどの程度の状況なんだ?」
「そうだな、思考がその人中心になったら、終わりだな」
それを聞いて「そっか」と僕は言った。完全に今の僕の状態じゃないか。そして僕に一つの疑問がふっとわいた。
「進藤は、御木本さんのことどう思ってるんだ?」
「そりゃあ、可愛いと思ってる」
「そういう意味ではなくて、恋愛感情はないのか? もっと言うなら、御木本さんのことを考えて、妄想をしたことがあるのか?」
おいおい、こいつすごい事を言うな、と佐藤さんは引きつった笑いをしていたが、進藤健人は相変わらず余裕の顔をしながら「もちろん、ある。何回したかわからないくらいだ」
僕はその意外な回答に驚きを隠せず、どうせ進藤健人のことだから「何言ってんだお前、そんなこと聞くんじゃねー」と言った感じで誤魔化されるだけだと思っていた。むしろ誤魔化すどころか、何回したかわからない、とまで言った!
「ちなみに下衆な話をすると、お前が思っているほど、夏樹のおっぱいは小さくないぞ、結構大きい。お尻だって丁度良い感じだ、安産型ってやつだな」
「進藤お前! 御木本さんの裸を見たことがあるのか!」
「ある、と言いたいところだけど水着だよ、水着。水着姿。海とか、プールとか、やっぱり一緒に行ったりすることあるだろう」
さらっとうらやましいことを言うやつだ、水着姿なんて僕にとっては本当に本当にとんでもないエロチックな姿であり、もしそれを見ることができたら、というよりそれを見ることのできる場面に遭遇したとしたらだ! 携帯電話のカメラを使ってその画像をなんとか手に入れて(海やプールみたいな場所では正面からいきなり写真を撮ったとしてもそれほど不自然ではないだろう、いや、正面だけではなく是非とも後ろ姿も撮りたいところだ! 横から撮った姿でもいい! 様々な角度を集めて楽しみたいところだ! しかし僕のようなさえない男子はこんな風に想像を膨らませて例えばだ、あの足を触りたいとか、お尻を触りたいとか匂いを嗅ぎたいだとか実に様々なことで興奮し、そして同時に焦燥感に駆られるのが通常で、だから女性というのは男性に常にそういう目で見られているということを自覚しなければならない! 話が脱線した、話を戻すと僕は幾重にも幾重にも想像を重ねて重ねて膨らませていく、僕の意識の世界というのはその分だけ非常に豊潤であることは間違いない、ただ現実、この世界には僕の意識と同様のできごとを夢想どころか、実際に体感することができる人間がいるという恐怖! 間違いなく今後御木本さんは結婚し、出産するだろう! その現実が手に入る人間がこの世の中に一人存在するのだ、それが僕にとっては信じがたい現実で、僕はそれを考えるとどうすればいいのかわからなくなる……)
「どうした高原」
視界がぼやける、急に意識の中に取り込まれそうな感覚に陥ると、僕は宙ぶらりんになっている僕の意識を自分の足で立たせるような要領でしっかりと強固なものにし、進藤の聞いてきた言葉の意味をしっかりと租借しながら「なんでもない」となんとか返事をした。
「おいおい、この子大丈夫なのか? 体調悪いならもう帰った方がいいんじゃないのか?」
ラーメン屋の店長があわてた様子で進藤健人に聞くと「たしかにちょっと顔色悪いな、出るか? 高原」と声をかけてきた。なんだ? 僕は今そんなに体調が悪そうな風に見えるのか? 僕自身には体調が悪い自覚はないし、そうなりそうな感じもない。どうやら僕は疲れているらしい。
「心配かけてごめん、別に大丈夫。いつも通りなんだ。佐藤さん、でしたっけ? 心配かけてすみません」
僕にしては随分と礼儀正しく謝罪をした。頭がすごく鮮明にクリアになっている、何かたまらなく空っぽな感覚に陥って、僕らしくない丁寧な謝罪をしてしまった。色々一気に考えすぎて頭の中が自分でも見失うくらい訳のわからないものになってしまって、きっとそれが表情に出てしまったのだろう、心ここにあらず、という状態だ。
「高原、お前ちょっと興奮しすぎだぞ、っていうか俺がちょっと焚き付けちゃった部分もあるけどな……、ちょっと外の空気吸おうぜ、ごめん佐藤さん一瞬外、二人で出るわ。食い逃げとかしないから心配しないで」
僕の分の出されたラーメンとライスをまだ多く残している段階で、進藤健人に引っ張られるように僕は二人で外に出た。佐藤さんという人も進藤健人のことは信用しているようで、「おう、その方がいいよ、残った麺は伸びちゃうから、帰ってきたらまた新しいの出せるよう準備しとくよ」そんな風に言う佐藤さんに対して進藤は「ありがと」と一言お礼をいい、僕もぺこりと一礼をして店の店長の気持ちに応えるのだった。
外に出ると日差しが直に当たって痛い、店内はクーラーではなくて扇風機だったし、そこまで涼しくはなかったのだが、やはり日差しがあるのとないのでは当然の話だが、だいぶ違うみたいだった。
「今日はごめんな、お前にいちゃもんつけるために呼び出したんじゃねぇんだよ」
「じゃあ、一体なのさ」僕は少し悪態をつくような調子で言った。
「なんだろうな、お前が夏樹に気があるのは見てすぐわかった。っていうより、大抵の奴が少なからず気があるんだけどな。いちゃもんをつけるためじゃない、ってさっき言ったけど最初はそれこそいちゃもんをつけてやるつもりだったんだ。俺は昔から夏樹につく変な虫を近くで追い払ってきた」
まぁ、お前は変な虫にすらなってないんだけど、とぼそりと言ったあと続けた。
「でもお前と話しているうちに、なんだろうな、お前は何か俺に似ているんだ、なんとなくな。だからそういうのどうでもよくなってきた」
「僕と進藤が似ている……?」一体何を言っているんだろう、と僕は率直に思った。まず明らかに容姿が違う、性格も違う、言葉遣いも違う、服装だって違う、昨日カラオケに一緒に行ったからわかるが歌の嗜好も違う、おそらく何もかも違う! それはもう残念なくらいに僕の方が格下なわけだ! まさか進藤はその僕と自分との差をまざまざと見せつける為に、嫌味を言うためにこの僕を呼んだに違いないのだ!
「なんだ、まぁこれからちょくちょく遊ぼうぜ、お前面白いやつだし、俺は今日これを言いに来たってことにしとくか」
「ど、どういうことだよ」目の前の進藤健人が僕に対して想像もできないようなことを言ってきたので、頭が追いつかなかった。進藤健人が僕に友情宣言をするなんて一体どういうことなんだ? いくら考えようとしても考えは進まなかった。現実の出来事とは思えなかった。「一体何を言っているんだい? き、君は正気なのか?」
「いや、俺そんなおかしい事、言ってるか?」
目の前の進藤健人は一体何者なんだ? 目の前にいる奴は、これはどう見ても進藤健人だが、どう考えても進藤健人ではない! 僕は進藤健人が呆気に取られている間にその場から走って逃げた。後ろから進藤健人の声が聞こえた。何て言っていたのか聞き取れなかった。僕はそれどころではなく、全速力で走った。
夏祭りに走って行ったことを思い出した。僕はあの時と同じくらい、もしかするとそれよりも速いスピードを持ってラーメン屋を後にし、進藤健人から逃れられたのだった。