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八月十日

 八月十日


 




 祖父の家を出たのは昼過ぎくらいだった。日中でも祖父の家の地域は僕の住んでいる所よりも少し涼しくて過ごしやすい。祖父は別れ際、僕に「がんばれよ」とにやつきながら小声でエールを送ってきた。がんばれよ、か。たしかに頑張らないといけないんだろう、それこそ色々なことを。


でも頑張っているとたまにどうすればいいのかわからなくなるんだ。僕は昨日の夜思ったことを脳裏に浮かべながら、それを表情に出すことなく笑って、おうっと言わんばかりのガッツポーズを見せた。


「じいちゃん、また正月に」


「おう、楽しみに待っているよ」


 そんな僕らのやり取りを見て、あらあら、と母は嬉しそうに笑った。


 タクシーやバスや電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、やっとのことで自宅にたどり着いたのは夜の八時を少し越えたところだった(正確に言うと八時二十六分だった)。家に着くなり、僕は自分の着替えや、まったく使うことのなかったただただ重いだけであった勉強道具一式などが詰まっている祖父の家用お泊りセット入りボストンバッグを自分の部屋に放り投げると、汗でじっとりと腋の下がしめった少し臭いTシャツをそのままに、再び玄関に向かった。


「母さん、ちょっと行ってくる!」


「え、帰って来たばっかりなのに一体どこに行くの?」


「お祭りだよ、お祭り!」


「お祭りって南部地区の? 自転車まだ直してないのに、今から歩いて行くの? 結構な距離じゃない?」


 あぁ、しまったと僕は思った。あの終業式の日、壊れたままで自転車を放置していた。しかし、考えている暇は今の僕にはなかった。


「とにかく行ってきます」


自転車がないからと言って行かないわけにはいかない、僕は磁石のN極とS極の引き合わせであるかのように少しのためらいもなく、一直線にお祭り会場に走っていった(言うまでもないがN極とS極は僕と御木本さんだ!)。まだ走ればお祭りに間に合うはずだ。


 こんなに走ったのは学校のマラソン大会くらいであろう、ぜぇぜぇと息を荒らしながらお祭り会場にたどり着いたのは夜の九時十分くらいだった。


そもそも会場は母がさっき言ったように少し遠く、南部地区の外れの大きな山(大きくて迷子になりやすいため、子供が遊び場所にしないように大人たちは「お化け山」と呼び、子供たちが寄り付かないようにしている。かくいう僕は小さい頃にこのへんまでにたどり着ける体力がなかったので来たことがない)のふもとで行われている。山の神様が町を高い所から見下ろしてみんなを守っている(一応てっぺんに神社がある)、それに対しての感謝の気持ちをこめる、といったお祭りだ。やはり田舎の町なのでこのような神様に対しての姿勢みたいなものは他の地域よりも真摯で、必然的にお祭りも規模が大きくなる、というからくりだ。特に「お化け山」周辺に住んでいる南部地区の人たちの信仰心のようなものは僕らなんかよりもだいぶ温度差があって、同じ町に住んでいる僕でもびっくりするくらい熱がこもっていた。


 ……僕が着いたこの時間ではずらりと並んだちょうちんの明かりもほとんど消えていて、もう大半の出店が店じまいをしていた。当然、人は祭り客もほとんどおらず、一目で御木本さんがいないことがわかった。


「やっぱり、だめだったか」


 僕は走って汗でびしょびしょになったTシャツが今でこそ熱気を持ってはいるものの、あと何分か後にはじんわりと冷えていく雰囲気を感じながら、ぐったりとその場にしゃがみこんだ。しゃがみこんだ地面には焼きそばの麺だとか、あんず飴のあんずを刺していたであろう割り箸だとかのゴミが落ちていた。なにが神様に対しての感謝だ……、僕はちっと舌打ちをした。


神様がどうとかではなく、なんとなく何にぶつけたらいいかわからない気持ちを正義感ぶってゴミを捨てた人間に対しての悪態に転換をしている自分を自覚している。なんとなく恥ずかしい気持ちになりながら、落ちているゴミを近くのゴミ捨て場に持っていって捨てた。良いことをしているような気分にはなるが、結局、全体的に掃除を始めるわけではないので、さして意味はない。無理やりにでも自分の中でここに来た意味を僕はつくりたかったのだと思う、それか神様に対しての卑しい見返りを求めての善行か。


そもそも神様なんかいるのだろうか、僕の存在自体が神様のいない証明をしているようでならない。僕は何かの信仰を持っているわけではないが、昔から漠然とだが、神様の存在に頼ってきた部分がある。それは非常に自分勝手で都合の良い時だけの信仰と言えた。自分の心が何かに屈してしまう時、そんな時だけ、自分を支える為に神様に祈っていた。ただし、その祈りが届いたことは一度もない。それがただの都合の良い信仰のせいだと言われればそれまでだが、僕はきっといないのだと思う。


「なんだかなぁ」


 はぁ、とため息をつく。……そもそも御木本さんがこのお祭りに出現するかどうかというのは確かなものではなかった。僕の勘でしかない(偶然お祭りの看板を見つけて、単に良い風に考えただけである!)。


「なんで御木本さんのことになるとこんなに頑張れるんだろうな」


 額から伝ってくる最後の汗の一滴を地面にたらしながらつぶやいた。


 僕が今すべきことはこんなことではないはずなのに。それでも僕は御木本さんにとにかく会いたいんだ。これは、いったい全体やっかいな病気だな……。


 ぐったりとしながらもせっかくなので、数少ないまだ営業をしている屋台からわたがしを購入し、それをかじりながらとぼとぼと歩いて帰路についた。


振り返るとお化け山がこちらを見ているように感じられた。なんだか余計に惨めな気持ちになりながら、食べきったわたがしの割り箸をそのへんに捨てようとした自分を自制し、手でいじりながら歩き続けた。



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