二千両の壁
しかしながら幼刀と判明したところで一度市場に出てしまったものは金がなければ始まらんというのが世の常なり。
結局三人は刀屋を後にして茶屋へと撤退し、一度相談に入った。
「む、よい塩大福じゃ。程よい塩味があんの甘味を引き立てておる」
「ここは新鮮で質のいい塩を使っていてねぇ……」
「なんで引き返しちゃったのよ。あたしたちがあれを幼刀だって言ってるんだから、手紙でも小切手でも使って依頼主に請求したらよかったじゃない。お偉いさんなんでしょ?」
茶をすすりながら乱怒攻流が提案する。彼女の言ったことは最もらしいものであったが、紺之介が冷静にそうしなかった理由を明かす。
「それも考えたが……通らぬ可能性がある」
「なんでよ」
「鞘がなかったからだ。大金を巻き上げといて半端ものを送ってみろ……例え残りの幼刀全てを差し出したとて、許しを得れるかは紙一重だ」
「それで許してもらえるなら別にいいじゃない」
まだ何処が問題なのかを分かりきっていない乱怒攻流に、紺之介が目を燃やして答えた。
「そうなればお前らの委託……いや譲渡も通らなくなる。それだけは許容できぬ」
「ふふ、それでこそわらわの認めた男じゃ」
「天晴れ」と扇子を広げ陽気に笑う愛栗子と謎の野望を語る紺之介の二人に挟まれ、淀んだ息苦しさに包まれた乱怒攻流であったが、二人が己の思考では測りしれぬ輩だと割り切ると呆れながらにして本題に入った。
「で、どうするのよ」
「どうもこうも、用意するしかないだろう。二千両」
紺之介は決意固くして塩大福を口に入れ、茶で押し込むように流し込んだ。
「はぁ? あんたそんな簡単に言うけどねぇ」
誰がどう見ても根拠の足りない熱意に、不安を隠しきれぬ乱怒攻流。そこに愛栗子が新たな提案を差し出す。
「なんじゃ、刀を担保に両替商に一時的に借り入れでもするのかの?」
「ちょっ……! あたしの刀は貸さないわよ!?」
彼女の発言に乱怒攻流警戒強めてまた己の背嚢を庇うように手を後ろにやる。
「おぬしの鈍じゃと……? あほう。即日二千両借り入れるなら、ぬし自身を刀身にして差し出すくらいでないとの」
だが愛栗子の案は彼女の予想の斜めを行くものであった。その実に過激極まりない発想に、さすがに乱怒攻流も激情す。
「ばーかっ、なーんであたしが担保にならなきゃならないのよ! あんたが担保になりなさいよ! 刀になっても綺麗なんでしょ? あんたなら一万両は引き出せるんじゃないの〜」
ものの数秒で二人の皮肉のつねり合いは激化し、やがてそれが物理的になりて茶屋の他客の視線が紺之介に痛くささり始めた。
一分間の激闘の末、茶屋の老婆の咳払いが二人の動きを静寂へと導いた。
二人の沈静化に伴い、紺之介が話を続ける。
「はぁ、心配するな。そのようなことは元からする気もなければ、幼刀を差し出して幼刀を手にしたところで、それは問題を先延ばしにしたにすぎんだろう。それにこの俺が万が一にでもお前らを手放すと思うか?」
「ふふ、ありえぬの」
愛栗子が嬉々とした表情でそれを否定したところで、紺之介が「安心しろ」とはっきりと口に出す。
「算段ならある」
しかしながらこの男、世に生を受けてやってきたことと言えば剣術と刀弄り以外に何もなし。そうして効率よく稼ぐノウハウなぞあるはずもなく、彼の知る内で、かつ彼に出来る大金稼ぎの方法と言えば……
「護衛業だ」
これしかなし。
まだ顔色が晴れぬ乱怒攻流を見て、紺之介は補足を付け加えた。
「ここは国の扉とも言われている。物を運ぶ者おれば、貴族の姫君すら移動手段としてここを用いることが多い。それが災いしてか海賊供も群がるそうだ。ここを拠点にそんな客層を狙って雇ってもらう。俺の腕が足らんということはないだろう」
「なるほど考えたのぅ!」
愛栗子が賛美の声をあげる。
「そうと決まれば客探しだ。行くぞ」
席を立ち、料金を払って意気揚々と茶屋を後にする紺之介と愛栗子の後ろ姿を見た乱怒攻流だったが……
(一体どれほどこの地に止まるつもりなのかしら……)
その顔から不安の顔色が引くことはなかった。