伝説の幼刀
「なるほど。話は大体掴めた。つまりこの俺に伝説の幼刀を保護しろと」
その場所、過去に露離魂幕府が拠点とした都『露離魂町』その栄光は幕府が消滅した今もなお、そこに住み着いた町民たちの人口が示していた。
賑わう町の民家の一角、自称剣豪を語る男……紺之助のもとに、刀を持った客人が一人。
「はい。仰る通りでございます。大好木様が所有していたとされていた幼刀はもはや世の宝と言っても過言ではありませぬ。十年前何者かの手によって世に放たれて以降、我々は噂と情報を手繰り寄せ、ずっとその在りかを探っておりました。しかし先日その宝の一刀、幼刀俎板が幼刀児子炉を持つ何者かの手によって破壊されたとの情報が入りました」
俯き加減、客人は浮かぬ様子で話を続ける。
「我々情報部隊はその何者かを危険人物とみなし止めるため立ち向かったのですが幼刀相手に太刀打ちできるはずもなく……」
そこまでを耳に入れた紺之介は、得意げに腕を組むと目を閉じて二度頷いて見せた。
「その男を止めるため剣豪の俺のもとへ参ったということだな」
美麗な刀の収集を趣味とし、並びに剣術の腕にも磨きをかけていた紺之介であったが、幕末以降武術がさほど権力を持たぬようになった今の世では彼は変人たる扱いを受けていた。即ち、誰にもその趣味と剣術を公に認められたことがなかったのである。
そこに国家権力に近しい輩からの依頼となっては、本心舞い上がらずにはいられない。腕を組み、頷くといった側から見ればそれだけで高慢とみなされかねん素ぶりですら、この男からすればまだ平常心を保てているつもりであった。
「して、報酬の話を伺うとするか。まさかこの俺を雇うのであれば銭を重ねるだけでは事足りぬことは承知だろうな」
「はい。一先ずこちらに百両ほど……これらには旅費も含まれております。そしてこちらが幼刀愛栗子でございます」
そう言って客人が刀袋から取り出した碧塗りの鞘に、紺之助はその目を奪われた。
抜刀せずとも分かる“美”の頂……鞘と鍔の間から今にも溢れんとする刀身の輝きをまなこに受け、紺之助はそれを感じとった。
「これが、大好木が生前もっとも愛したとされる少女が封印された刀、愛栗子……この美しき刀を俺に譲渡すると……!」
正座の状態から興奮気味に身体を前に乗り出した紺之介に対し、客人は持っていた愛栗子の鞘を少し後ろに引いた。
「いえ、それはまだ。しかしこれを持って依頼を果たしていただいた暁には、望み通りこの刀の委託と更なる報酬を約束しましょう。我々の目的はあくまで保護。大好木様の意思が安全な状態で保管されるのであれば、都住まいで刀の収集癖があるあなたに預けておけば間違いはないでしょう」
「なんだがっかりさせてくれる。じゃあ何故今この場で出した。所有証明なら結構だ。さっさとしまってくれ……斬りかかってでもあんたから愛栗子を奪おうとしてしまう」
依頼を達成した際の『譲渡』ではなく『委託』という言葉にも不満があった紺之介だが、客人の機嫌を損ねまいとグッと腹に力を入れて堪える。
「我々は奴との交戦の後に悟りました。奴の目的は恐らく児子炉以外の全ての幼刀の破壊。しかしながら皮肉なことに、幼刀をいなす事ができるのもまた幼刀のみ。そして恥ずべきことに、我々はこの唯一保護に成功した愛栗子ですらその真の力を解放するに至らなかった」
剣客において刀を扱えぬとは己の非力が招くもの。しかしあたかも刀に『力』があるとして語る客人に、紺之介は小首を傾げた。
「真の力?」
「柄を握ることで幼刀に込められた魂を刀から解放し、露にする力……露離魂 にございます。『大好木様と共通する志を持つ者』とも。それがもし紺之介殿にもあるのであれば、ぜひこれを振っていただきたい」
(共通する志……?)
紺之介は疑念を抱いた。この客人同じく幼刀情報部隊とやらは元を辿れば幕府の犬の家系。ならば『共通する志』とやらは客人たちにもあるのではないかと。更にそれが客人たちにないだけならまだしも、なぜ幼刀児子炉の所有者が露離魂を持っていたのかと。
(幼刀、そして露離大好木……それに関連される志……)
しばし顎に指を当てていた紺之介が「まさか」と口にしたのを見て、客人は問う。
「何か心当たりが?」
「あんた、少女を愛でる趣味はあるか」
「い、いえ。私には既に妻子が、今さら浮ついた心で女遊びをする気には、とても……」
手を横に振りながら苦笑いを浮かべる客人を見て、紺之介は一人確信する。
『露離魂』とは即ち……
「なるほど。少女を愛でる者のことか」
紺之介はやにわに両手で腿を叩き座布団の上に立つと、若干驚いて見える客人へとおもむろに距離を詰め愛栗子の柄を握り込んだ。
「残念ながら俺に少女を愛でる趣味はないが、俺はこの刀を好いている。 黙ってこの刀を俺に渡せ。さすれば、必ずや児子炉の所有者を斬り伏せ、残りの幼刀も保護してやる」
紺之介は客人を見下ろしながら、彼の持っていた愛栗子をそのまま抜刀した。
瞬間、刀身が眩い光を放ち少女の影をうつしだすと、客人の握る鞘を残して刀は全て少女の一部となった。
「ふぁぁ……んぅ〜? なんじゃおぬしは。おお! なかなかの美男子じゃな」
水色の着崩れた浴衣に、巨大な蝶形を作った白い帯、栗色の髪に黒手ぬぐいを兎の耳のように結んだその少女は、大あくびをしてもまだ尚その『美』を崩さない。
客人が驚愕する手前、愛栗子をとらえた紺之介の瞳は薄気味悪く笑みを浮かべた。
「ククッ……見ろよあんた。どうやら幼刀愛栗子は、この俺を選んだようだぞ」