ラブソングは俺を許さない
あの子を目で追うようになったのはいつからだろう。
高校入学して早々だったな。あらためて俺チョロすぎるな。
楽だろうと思って適当に決めた図書委員(実際そんなことは一切無かったが)。
図らずも一緒に入ったのは黒髪おさげ、清楚な見た目の文学少女だった。
彼女の名前は小鳥遊 梢。
「ねえ、杠君も本が好きなの?」
最初の会話はそんな一声だったと思う。
図書室で二人並んでカウンターをしている最中。
今までお互い無言、不干渉だったから、それがずっと続くと思ってた。
なので彼女のお声がかかるとは夢にも思わなかった。
「……ライトノベルなら多少…。」
俺は内心しどろもどろになりながら、そんな返事をしてしまった。
「ライトノベルも面白いよね!」
そんな無難な答えでもお気に召したのか、彼女の質問攻めにあわされた。
「どんなジャンルが好きなの?」「今流行の異世界ファンタジー?」「作者は誰が好き?」「私は推理ものが好きなの!推理ものは読んだりする?」
等々…。
いやここ図書室なんだから少し声のトーンを落とそうね。
勢いに押されて、それらの質問に適当に返していくと
「杠君って案外喋るんだね。」
そんな感想が彼女から放たれた。
まあクラスのぼっちの認識なんてそんなもんだ。
因みにここで申し上げるが、俺はぼっちではあるがコミュ障ではない。
断じて。…多分。
「申し訳ない。」
「なんで謝んの~?」
不興を買った可能性があるので素直に謝ると、彼女は微笑みながら応えてくれた。
「小鳥遊さんこそよく喋るね。正直言って意外だったよ。」
「私好きなことがあるとそれに突っ走っちゃうっていうか…。他のことが目に入らなくなっちゃうから。」
と、彼女は少し照れながら答えた。
その答えだと俺のこと好きって言っているみたいで勘違いしそうになるじゃないか、今後は是非やめていただきたい。
「本以外にも何か好きなことが?」
「映画を見ること、ショッピング、太っちゃうけどスイーツを食べるのも好きだよ~。あと意外かもしれないけど走ることも好きなんだ~。」
「ふ~ん。」
「おーい、もっと食いついてよ~。」
笑顔で茶化してそんなことを言う彼女はすごく魅力的だった。
うちのクラスにこんな娘がいるなんて思わなかった。
はっきり言って絶滅危惧種、保護が必要だろう。もっと公的なところから。
「あっ、もうそろそろ時間だね。じゃあ今度は杠君の好きなもの教えてね。じゃあね。」
「ありがとう。」
「なんで感謝されるの~?」
「なんとなく。」
そう言うと、彼女は笑いながら軽く手を振り去っていった。
(俺みたいなぼっちと話してくれてありがとう。)
ごまかしたのはそんな気恥ずかしいセリフを吐きたくなかったから。
こんなやりとりでも、湿気っていた俺の心は幾分か晴れやかになった。
彼女のおかげで、これからの委員会活動がときめきあふれたものになると確信した。
***
「杠君!今日は私のオススメの小説を持ってきたの!」
「あ、そうなんだ。」
「杠君に貸してあげる。」
「…あ、ありがとう?」
「なんで疑問形なの~。」
あれから1ヶ月、委員会の度にこんなかんじのやりとりを続けるようになった。
内容は面白かった本の事、天気の話題、最近食べた美味しかったもの等々。
そうした他愛もない会話を続けるうちに、ぼっちの男子、杠 右京は勘違いしそうになる。
俺、この子に求められてる!この世界にいても良いんだ!って。
そしてもしかしたら彼女は俺のことを……という風に。
***
話の腰を折るようで悪いが、ここで杠 右京の過去の話をしたいと思う。
あれは小学生の頃、
俺は人のマネやアニメのキャラのマネをすることにハマっていた。
モノマネをすればいろんな人が笑ってくれたから。
そうやって調子に乗っていた俺はどうやら知らずに周りの不興を買ったらしい。
「嘘告白」という卑劣な手段で学校のグラウンドのど真ん中に呼び出され、校舎中から笑い者にされる事件が起こった。
あの時は皆を笑顔にすることができてよかったよ~とピエロを演じていたが、家に帰って号泣した。
そんなトラウマ級の思い出が俺を、特に色恋沙汰に関しては、用心深くさせていた。けどそれは今考えると運が良かったのかもしれない。
***
彼女と同じクラスとはいえ、教室で会話する間柄にはならなかった。
普通のボーイミーツガールならば、委員会での交流がきっかけで仲を深め合ったりするがこれは違うらしい。
ぼっちと可愛い女の子との間には、それだけ隔絶された壁があるということなんだろう。
俺がプレイボーイならこれをきっかけに、舌なめずりをして、バンバン彼女に話しかけていけたんだろうが。
同じ図書委員、たったそれだけの繋がりで隠れたように交流を重ね合う二人。
それが特別な関係に思えてしまった。
その先にあるのはさらなるドキドキか、それとも俺が振られてぼっちが加速する展開か。俺振られちゃうのかよ…。
「ここだけの秘密なんだけど…。私…成瀬君のことが気になるんだ…。」
振られたわ。早。
告白するまでもなかった。
ちょっと調子に乗って俺が「好きな人とかいるの?」って訊いたがためにこの仕打ち。調子に乗ると足元をすくわれる、なるほどよくできた世界だ。
「あっ、そうなんだ…。」
「……。」
なるべくショックを受けてない風を装って応えることができて、すこし安堵。
しかし、結局そうなるんだな。いたいけな文学少女がぼっちを選ぶはずがない、むしろ不良とかとデキているイメージ(偏見)だ。
ていうか成瀬って誰だよ。
「成瀬君はね…最近話すようになったの。」
それから彼女は成瀬って野郎との馴れ初めをポツリポツリと話し始める。
どうやら彼女の友達から紹介されたようだ。
彼は非常に優しくて気遣いができて下校デートまで済とのこと。
話しているときの小鳥遊さんは恥ずかしそうに頬を染め、完全に恋を知り始めた乙女のそれだった。
ていうか早いよ。恋にスピードは関係ないってか。
彼女が話していくにつれ、急速に冷めていく自分を感じる。
杠 右京の想いは風穴が空いてパンクしてしまったのだろう。
…そうと決まったら、こんな事には早々に見切りをつけて、さっさとずらかろう。
ぼっちに恋は無謀だった。
俺は勝てない戦いはしないのだ。戦略的撤退。
決して尻尾巻いて泣きながら逃げるわけじゃない。
俺は彼女の話の半ノロケ話に内心すげえどうでもいいと思いつつ、適当に相槌をしていたら、最後に小鳥遊さんは爆弾を落としてきた。
「もしよかったら…成瀬くんとうまくいくよう力を貸してくれないかな…?
成瀬くんにプレゼントとか贈る時に知恵を貸してくれるだけでいいから。」
ばかやろう。
こっちはどんな気持ちで聞いていると思っているんだ。
誰が協力するかと思ったが、そんな上目遣いでおねだりされると男としては非常に断りづらい。
…いや待てよ?ここで断るということは小鳥遊さんに気があると思われてしまうのでは?
俺というぼっちにとって、それは非常に恥ずかしいことだ。
最悪それがバレてクラスの陰口の的にされるだろう。
そこまで考えて
「…いいよ。」
内心悶絶しながら、了承するのだった。
「ありがとう!」
不意に俺の両手をキュッと握り、ぱっと咲く満開の桜のような彼女の笑顔。
やめてください、それは童貞を殺します。
恋する乙女は無敵ってはっきり分かんだね。
まあそこらの童貞と違い、エリートぼっちの俺は苦笑いしかしていなかったが。
「で、結局俺は何をすれば良いんだ?」
「あ、そうだったね。じゃあ連絡先交換しよう。適宜アドバイスがほしいから。」
意図せず交換できた彼女の連絡先に今更って思ったが、普通にすごく嬉しかった。
おや?これはもしかしたらもしかするかも知れませんよ?
そう思い、俺はちょっと仕掛けてみることにした。
「こんなまどろっこしい事しなくても素直に告白してみれば?小鳥遊さんせっかく可愛いんだし。」
「そうかな~?」
もしかしたら不意に可愛いと言われて赤面し、意識してくれるんじゃないかと思ったが駄目だった。彼女は不安そうな表情をしているのみだ。
あ、アカンわ。
そこらのラブコメでこれが一番効くって予習してたのにな~。
目論見が外れて無駄に落ち込む童貞ぼっちなのであった。
家に帰り、スマホに登録された彼女の連絡先をじっと眺めニヤつく。
そして連絡来ないかな~とか連絡きたらなんて返そうか~とかイメージトレーニングする。傍から見ると気持ち悪いと思われるかもしれないが許してほしい。
これが童貞の定めなんだ。
まあ結局その日から1ヶ月くらい連絡は来ないんですけどね。
せっかく相手の連絡先が分かったんだからデートの約束くらいしろよと思われた方もいるかもしれないが、そんなことができていたらぼっちになっていない。
あくまで受け身、それがぼっち。臆病さは全国随一。我ながら情けない。
***
スマホに彼女から連絡が来たのは6月半ばだった。
あれからも図書室で委員会のときだけ喋るだけ。それ以外の交流は一切なかった。
季節は梅雨。
今日も雨でだるいな~ログボ周回やるか~と思いつつ、スマホに目を通したら待望の通知が表示されていた。
内心歓喜し、彼女の連絡内容を確認する。
内容は
『成瀬くんをデートに誘おうと思っているけど自信がでない。どうすればいいかな?』
知らんがな。
服を脱いで私を美味しく頂いて!と言えば一発だと思うよ。
…結構マジでそう送ろうか長考してしまった。
そうしてあれこれ悩んだ末に
『素直になることが一番だよ。好きだから一緒にデートしようと勇気を出して。失敗のことなんか考えなくていい。もし失敗しても次がある頑張れ。』
と、わりかしまともに送ってしまった。
なんで敵に塩を送っているんだろうね。
思いの外、すぐに既読はついたがなかなか返信が来なかった。
返事が来ない時間が長くなるにつれ、先程の返信に自信が無くなってくる。
何か気を悪くしてしまったのではないかとか、間違ったこと言ってしまったのかとか。
結局その日返信は来なかった。
ずっとスマホを睨みつけてた童貞ぼっちさん残念。
これが世に言う既読無視ってやつですね。貴重な初体験ありがとうよ!
どうやら俺の意見は彼女のお眼鏡にかなわなかったようだ。
まあSNS界隈では往々にしてそういうことはありふれているのだろう。多分。
彼女からの返信がきたのはその二日後だった。
ちょうどスマホゲームのガチャで爆死して苛立っていた最中に通知がピロン。
これで返信が「ごめん寝てたー」とかだったらスマホをベッドに投げつけるだろう。
2日も既読無視されたし既読無視しかえしてやると、いきり立ちながら内容を確認する。
『ありがとう。杠くんのおかげで私達付き合えました!』
はい、なんというパワーワード。
絵文字たっぷりで喜びがこちらにも伝わってくるよ。ファッ○ユー。
恋のキューピッドになれた気持ち?最高だよまったく。
しばらく彼女の報告文章を見て、やはり俺はスマホをベッドに叩きつけるのであった。因みにスマホの画面にヒビが入った。ベッドでも割れるんだな~と一つ勉強。
凹みまくった俺は「おめでとう」の返信をする気もおきず、その日は眠りにつくのだった。
***
「なんで返信してくれないの?」
図書室で二人並んでカウンターしていた時、そんな意地悪な質問が彼女から飛んできた。
はっきり言ってイラッときてしまった。だから言うことにした。
「ごめん寝てた。」
「既読ついたのに。」
お、そうだな。ごまかすために笑うことにしよう。
「…フヒヒッ。」
「…なんか気持ち悪い。」
うん、知ってる。何処かの萌キャラを見習って「えへへ」って言うつもりだったが失敗した。
「まあ、いいけど…。言いたかったのは杠くんのアドバイスとっても良かったよってこと。改めてありがとうね。それだけ。」
そう言うと、彼女は図書室の外へ出ていってしまった。少し照れていたみたいだ。
なんだ、やはり良い娘じゃないか。彼氏が誰だか知らないが大切にしてやってほしい。
そうしていろいろな思いを溜め込んだ挙げ句、最後にはぁ…というため息となって空気中にきえていった。
空気を汚してごめんよ、俺用の酸素はまだ残っていますか?
もうすぐ1学期が終わり、委員会も再度振り分けされるだろう。
もう二度と図書委員になんてなりたくない。
おそらくそこで彼女とのちょっとした関係は終わるのだろう。
結局自分は何も変わらず、元いた位置に戻るだけ。人生ってそんなもんだろう?
これが爽やかな鬱ってやつなのか。
案外悪くないと思ってしまった。
とはいえぼっちにとって、最近の出来事はいささか刺激がありすぎた。
そんな自分を慰めるため、趣味の音楽をスピーカーで流しながら期末テストの勉強している。
今ハマっているのは洋楽で、曲調はバラードだが歌詞は思いっきり失恋自殺ソングだ。
自分の心情に合っていて非常に心地いい。
そしてある日、思いもよらぬ侵入者を呼び寄せるのであった。
***
「いい曲聴いてるね~♪」
「うわああッ!!!」
滅茶苦茶ビビった!滅茶苦茶ビビった!
家に自分一人しかいないはずなのに、若い女性の声が聞こえたらそれはビビるだろう!?
慌てて声の方向に振り向くと若い茶髪のギャルがいた。
誰!?なんでこんなところにいるの!?意味がわからない。
俺は恐怖で後ろずさりながら、その見知らぬギャルに声をかける。
「あの~…どちら様でしょうか?」
「はじめまして、君が右京くんだね?」
どうやらコイツは俺のことを知っているらしい。不信感マックスだ。
「そうですが…なんで」
「ボクはあなたの姉なのです!」
彼女は俺の言葉を遮って、いわゆるドヤ顔でそう答えた。
「……はあ~~??」
あまりの意味不明さに、すっごい素っ頓狂な声をだしてしまった。
生き別れた姉弟とかいなければ、俺は一人っ子で間違いない。
え?もしかしてその生き別れた姉弟とかですか?
ぼっちの物語はここでは終わらないようだ。
これはまた一波乱来そうだと嫌な予感をひしひしと感じるのであった。